2014年11月26日水曜日

2014.11.25 網野善彦 『日本社会の歴史・下』

書名 日本社会の歴史・下
著者 網野善彦
発行所 岩波新書
発行年月日 1997.12.22
価格(税別) 640円

● 江戸末期まで。明治以降はほんとの駆け足。
 あとがきを読むと,本書は相当な難産のすえに生まれたもので,その分,著者としても思い入れの強い著作になったのではないかと思われる。

● いくつか転載。
 この時期に出現し,のちに「東山文化」として結実したいわゆる伝統的芸能は,ほとんどがこれらの被差別民と何らかのかかわりをもっていたということができる。ここにこの時期の文化を考える上での大きな問題の一つがあるといえよう。(p50)
 この時期(16世紀)には,商工業にプラス価値をおき,「農人」の営む農業を苦しみの多い生業として低く見る見方も,社会の一部にかなりの力をもつようになってきた。これは,従来の,日本国の統治者の支配を支えてきた「農本主義」的な思想とは明らかに異質であるが,真宗,日蓮宗,さらにキリスト教はこうした「重商主義」的な思想に対して肯定的で,それを支える役割を果たしていた。(p85)
 このころのポルトガル人は戦争による物の掠奪とも関連して,日本人奴隷の売買を行っており,秀吉は国内の戦争での人の掠奪・売買を禁ずるとともに,ポルトガル人による日本人売買を禁じたのである。(p106)
 禁じて,それを実効あらしめることができたのだから,当時の日本の軍事力は世界屈指のものであったはずだ。そうでなければ,ポルトガルの宣教師がおとなしく引っこむはずがない。

● 明治以降のいうなら国家の歴史観について,著者は相当な批判,不満を持っている。このあたりが網野史観の真骨頂になるのかもしれない。
 日本列島はアジア大陸の北と南を結ぶ懸橋であり,こうした列島の社会を「孤立した島国」などと見るのは,その実態を誤認させる,事実に反し,大きな偏りをもった見方であるが,明治国家のつくり出したこの虚像は,最近にいたるまで研究者をふくむ圧倒的に多くの日本人をとらえつづけ,いまもなおかなりの力を持つほどの影響力を及ぼしつづけているのである。(p153)
 海,川,山における生業や小規模な商工業はすべて切り落とされ,いちじるしく農業に偏った社会の「虚像」がつくり出されていくことになった(p154)
 日本人は,すでに北海道のアイヌの世界や「ウタキ」を信仰する沖縄に対してもそうしてきたように,水田を開拓するとともに,そこに必ず鳥居を持つ「神社」を建て,その地域の人びとにその信仰を強要したのである。 これはさきの「大和民族」の優越意識と結びついて,長い歴史と独自な文化をもつアイヌや琉球,さらに植民地とした台湾,南樺太,朝鮮半島等の人びとの固有の言語を否定して,日本語の使用を強制し,日本風の姓名を名のらせて戸籍にのせた上で,天皇への忠誠(皇民化),崇拝を強要して恬然たる驚くべき無神経な姿勢とまったく共通しており,それが第二次世界大戦-太平洋戦争を通じてはかり知れない苦痛をアジアの多くの人びとに与えた(p155)

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