2014年11月17日月曜日

2014.11.16 網野善彦 『日本社会の歴史・上』

書名 日本社会の歴史・上
著者 網野善彦
発行所 岩波新書
発行年月日 1997.04.21
価格(税別) 630円

● 刊行されてすぐに買ったものの,読まないままで17年。やっと読むことができた。こういうツンドク本が呆れるほどにある。

● 「はじめに」に著者の問題意識が述べられている。
 これまでの「日本史」は,日本列島に生活をしてきた人類を最初から日本人の祖先ととらえ,ある場合にはこれを「原日本人」と表現していたこともあり,そこから「日本」の歴史を説きおこすのが普通だったと思う。いわば「はじめに日本人ありき」とでもいうべき思い込みがあり,それがわれわれ現代日本人の歴史像を大変あいまいなものにし,われわれ自身の自己認識を,非常に不鮮明なものにしてきたと考えられる。
 事実に即してみれば,「日本」や「日本人」が問題になりうるのは,列島西部,現在の近畿から北九州を基盤に確立されつつあった本格的な国家が,国号を「日本」と定めた七世紀以降のことである。それ以後,日本ははじめて歴史的な実在になるのであり,それ以前には「日本」も「日本人」も,存在していないのである。
● 本書は3巻で構成されているが,近現代史は含まれない。1巻目は武士の胎動が表面化するちょっと前までを扱う。
 日本列島の外との関連に目が配られている。歴史を扱った書物で面白いと感じるのは,まず宮崎市定さんの一連の中国物だけれども,これまた中国と他との関係に目配りが利いているところから独特の説得力が生じている(ように思う)。『アジア史概説』など,宮崎さんにしか書けなかったものだろう。
 同様に,これだけ面白い日本通史を読むのは,今まであったかどうか。古代史に関しては野放図ともいえるほどに想像力を駆使したものはいくつか読んだことがあるけれど(たとえば,聖徳太子はモンゴルから来た人だと主張しているのを読んだことがある)。

● 大宝律令に関して詳しく記述している。大宝律令って,日本の国情を考えずに中国の制度を真似たもので,作ったはいいけれどもすぐに骨抜きになってしまったものだと思っていた。
 それはそうなんだけれども,しかし,大宝律令が後の日本に与えた影響は相当なものだったようだ。
 この制度(大宝律令)は,それまで口頭でおこなわれてきた命令や報告を,すべて文書によって行うことを原則とする徹底した文書主義を採用した。そのため,国家の官人になるためには,後宮に組織された女性官人の場合を含めて,文字(漢字)・文章を学び,それを駆使できなければならなかったのである。しかし,各地域の人びとの律令を学ぼうとする意欲がいかに強かったかは,この国家の周縁部である秋田城から出土した,熱心に文字の学習をしたことを示す木簡によってよく知ることができる。(中略)このように統一的な文字・文書によって運営される,硬質な文明ともいうべき律令制が列島社会を広くおおったことが,この後ながく社会に大きな影響を与えていったことは間違いない。(p115)
 文書行政がさらに徹底した結果,天皇の立場にも変化があらわれてきた。天皇自身が政治を領導するのではなく,一個の権威として朝廷に臨むようになってきたのである。(p182)
 この国家は(中略)都や畿内の貴族・官人と各地域の首長とのあいだに著しい差別を設けた畿内中心の国家だったのであり,それは地域社会そのものの否応ない反発を内在させていた。(p133)
● 日本は古来から差別が少ない国で,特に女性の発言権を認めてきたと何ヶ所かで説かれている。あわせて,壬申の乱の意義について。
 「壬申の乱」はこのように,「東国」までを広く巻き込みつつ,大海人側の完勝に終わった。そしてこのとき「東国」ははじめて自発的に大王の支配下に入ったのであり,畿内の政権の「東国」に対する支配はここにようやく安定的になったということができよう。(p104)
 大陸の国家と違って,この社会が牧畜を欠き,去勢の技術がなかったことと関連して,この宮廷には大陸や半島の国家に見られた宦官は存在せず,後宮は女性自身によって統括されたのである。(p118)

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