2014年11月1日土曜日

2014.11.01 内藤在正 『ThinkPadはこうして生まれた』

書名 ThinkPadはこうして生まれた
著者 内藤在正
発行所 幻冬舎
発行年月日 2011.10.27
価格(税別) 1,500円

● ぼくはThinkPadユーザーだ。何台か続けて使っているし,これいいから使ってみなよと,知人に1台あげたこともある。
 もちろん,たいした使い方はしていない。ごく平凡だと思う。ネットを見るのと文字を書くことくらい。時々,音楽も聴く。
 だから,パソコンは何だっていいんだと思う。にもかかわらず,ThinkPadを使っているのは,キータッチが気に入っていることと,デザインに惹かれていることが理由ですかね。デザインっていうか,黒一色にトラックポイントの赤の組み合わせですね。
 おそらく,パソコンに関しては,これから先もThinkPadしか使わないんじゃないかと思う。

● 最初の4台はThinkPadじゃないのを使っていた。ThinkPadって個人ユーザーではなく,法人需要を想定して生産されたようだから,わりとショップでも見かけることは少なかった。
 でも,ずっと憧れていましたよ。MacintoshのPowerBookとIBMのThinkPadには。
 それに,ThinkPadって高かったからね。フラッグシップモデルは100万を超えていたんじゃなかったか。ちょっと手が出ませんでしたよね。

● 著者によると,最初は白を考えていたらしい。「そんなとき,IBMのデザイン顧問を務めていたリチャード・サッパー氏と,コーポレートIDチームが私のもとへやってきて,「色は黒」だと言いました。色だけならまだしも,現在の角張ったデザインへの変更も求められました」(p33)ということ。
 それで良かったんでしょうね。黒と角張ったデザイン。そうじゃないThinkPadなんて,今じゃ想像できないもんね。

● パソコンの諸々の解説書や啓蒙書はだいぶ読んだ。100冊になるか,200冊になるか。その大半は処分してしまったけれども,『All about ThinkPad 1991-1998』(ソフトバンク 1998年)は手元に残してある。
 この本を見て,ThinkPadへの憧れをかきたてたんでした。あるいは,かきたてられたんでした。

● 本書は,ThinkPadの生みと育ての親とでもいうべき著者が,ThinkPadと大和研究所の舞台裏を語る的なものだけれども,外部の読者にではなく,研究所のメンバーに語っているような趣がある。これだけは言っておきたいぞ,と。

● 著者が強調しているのは2点ある。ひとつは,働いた時間の長さではなく,生産性(プロダクティビティ)を重視せよということ。ThinkPadはそのために作っているんだよ,と。
 もうひとつは,したがって,パソコンの命はあくまでスピードにあること。
 このあたりの発言を以下に転載。
 確かに日本人はよく働きます。勉強もします。夜遅くまで頑張る国民です。優秀であることも間違いありません。しかし,世界にはもっと頑張っている人たちがたくさんいて,しかももっと上手に頑張っている人たちもたくさんいます。私の心配は,いつの間にか,日本人が世界を舞台とした競争の中から脱落し始めてしまっているのではないかということです。(p5)
 たしかにそう思えましたよね。民主党政権の時代。今は,アベノミクスが功を奏してかどうか,円安株高で再び,日本人が活気づいてきた気がする。行けるんじゃないかって。
 ノートPCにはさまざまな機能が求められます。私たちがThinkPadで重視する機能も,たくさんあります。その中で,最も大切な機能は,常に「スピード」だと思っています。処理スピードはもちろん,通信のスピードも含めてのスピードです。 私がThinkPadの開発に携わってきた18年以上の歳月の間にも,何度となく「スピードはもう十分だ」という声を聞きました。私はそのたびに,こう思ってきました。「そんなわけはない」(p58)
 コモディティなパソコンによって行える仕事や作業は,やはりコモディティなレベルになってしまうということではないでしょうか。仕事がコモディティだから,パソコンに求める機能も少ないし,スピードや容量もそれほど必要ないということです。(p60)
 これは,正直,耳が痛い。ぼくの場合は,まったくそのとおり。最新型のパソコンは要らないなと思っているんだけど,自分がパソコンでやっている作業がコモディティなレベルだからだと言われれば,反論の余地はないな。
 長く働くことが偉ければ,人はプロダクティビティを気にしなくなります。これでは,国際競争に負けてしまいます。プロダクティビティを重視する人間は,早く帰りたいから,パソコンに対してもさらにスピードを要求します。(中略)ウェブのブラウズで10秒も15秒も待たされるマシンでは困ってしまうわけです。(p82)
 ある日,乗ったタクシーが別のタクシーにぶつかりそうになったのです。間一髪で避けることができて事なきを得た,その時です。二人が異口同音に同じことを呟いてしまったのです。「どうせなら,ぶつかればよかったのに。そうすれば病院で寝られた」(中略) その時は本当に疲れていたので,つかの間の世迷言だったとはいえ,それは本音だったのです。 そんな働き方は全く自慢にもならないし,よくない話です。そんな時代があったことも,自分がいわゆるワーカホリックと呼ばれる企業戦士の一人だったことも否定はしませんが,そうした働き方をもはや是認することはできません。それでは日本は決して再生などできるわけがないと思います。(p193)
 しかし。たとえばThinkPadというブランドの製品を立ちあげ,それを市場に認知させようとすれば,ITがいかに発達していようと,ぶつかれば病院で寝られたのにと呟くような,過激な(密度の濃い)長時間労働が否応なく求められる過程は避けられないんじゃないかとも思うんですけどね。

● ほかにもひとつ。
 実は私は,長年にわたって一つの間違いをしてきました。自分の後継者をつくるということは,自分をたくさんつくることだと考えていたのです。(p133)
● ところで。この本,前から読みたいと思っていて,東京に出向いた折りに,いくつかの書店を覗いて探したんだけど,全然見つからなかった。
 灯台もと暗し。宇都宮の喜久屋書店にありましたよ。

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