2014年9月19日金曜日

2014.09.18 森 博嗣 『つぼやきのテリーヌ』

書名 つぼやきのテリーヌ
著者 森 博嗣
発行所 講談社文庫
発行年月日 2013.12.13
価格(税別) 490円

● 頭の中が耐震構造になっているような感じの人ですね,森さん。自分の流儀を揺さぶられても,倒壊することはない。
 頑なというのではない。頑なだけじゃこういうエッセイは書けるはずもないし。つまるところ,頭がいい人だなぁと思う。

● 解説は嗣永桃子さん。「踊るさんま御殿」に登場しているのを何度か見ている。あの世界はタフで利発じゃないと渡っていけないと思うんだけど,その利発さに満ちている解説。彼女にしか書けない解説で,読む価値あり。
 著者に対する立ち位置をどこに置くか。って,その位置決めは自ずと限られるんだけど,限られたなかでピタッと照準が合っている感じ。

● ITに関する意見に限って,以下に転載。
 個人の呟きでは,酷い差別用語も使いたい放題だし,嘘も中傷も好き勝手にできる。よほどのことがないかぎり炎上しない。これは,誰もその呟きを見ていないし,何を言おうが社会に影響がない,と認識されているからだ。ようするに,それくらい個人の発言は,今や「没して」しまったということである。(p95)
 実際には,誰も聞いていないが,聞いているように錯覚させるのがネットワークの機能である。まあ,ときどきなにかの弾みで,レスポンスがある。それで舞い上がってしまう。(p116)
 ツイッタが無料で利用できるのは,メリットがある側が存在するからである。逆にいえば,一般の大勢の利用者が平均的に損をしていることになる。(p127)
 現代では,大金を少数から巻き上げる方式は犯罪になる。合法的な商売は,相手がもっと多数で,少しずつ,あるときは気づかれないうちに搾取をする。その大勢を相手にするツールとして,ネットは好都合だったわけである。(p208)
 ツールというのは,広まってきたときには既に終わっている。その増幅率を手に入れた人で溢れかえっていて,ツールに対する需要も消えている。 それより大事なことは,自分のコンテンツを見つけ,そのオリジナリティを研くことだ。それさえあれば,増幅させる作業は人に任せることだってできる。(p209)
 十年くらいまえまであった「なにか新しい世界があるのではないか」という夢は,完全に消えてしまった。 何故消えたのかというと,いくら大勢が参加しても,結局は,金を稼ぎたいとか,友達を作りたいとか,そういった「普通」の目的にしか使われなかったからだ。使う人間が新しくなっていないのに、ネットが新しさを生み出すことはできない。(p212)
● タダだからという理由で,「支配」を感じないで使う鈍感さが,本書では批判の対象になっている。リアルの世界でも無料のポイントカードなど著者は作ることがない。個人情報の漏洩と引換では高すぎるだろうということ。
 以上はブログやツイッター,フェイスブックを念頭に置いたものだろう。それ以外のネット通販やメールなどは,著者も普通に(あるいは積極的に)利用しているようだ。便利なものだとも言っているしね。

● ぼくはどうかというと,無料サービス使いまくり。主にはGoogle。Androidアプリで有料のものは2つしか使っていない。
 ツイッターやフェイスブックはやっていないし,やるつもりもないけれども,これは「支配」に敏感だからではなく,たんに面倒そうだから。

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