2014年7月31日木曜日

2014.07.31 斎藤 純 『ペダリスト宣言! 40歳からの自転車快楽主義』

書名 ペダリスト宣言! 40歳からの自転車快楽主義
著者 斎藤 純
発行所 NHK生活人新書
発行年月日 2007.12.10
価格(税別) 700円

● この本も八重洲ブックセンター宇都宮店のアウトレットコーナーにあったもので,320円で購入。

● 前半は面白く,後半はさほどでもない。なぜかというに,後半は話が大きくなってしまうからだ。天下国家を論じる趣になる。温暖化を防ぐだの,二酸化炭素を出さないだの,地球を救うだのっていう。
 自転車は個人的な動機で乗り始める。楽しいから,ダイエットしたいから,交通費を安くすませたいから,車では通れない道を走ってみたいから・・・・・・。
 その結果,ひょっとして温暖化防止にひと役買うことがあるのかもしれないけれども,地球環境の改善に寄与したいから自分は自転車に乗っていますっていうヤツがもしいれば,そういう人を指す言葉は“偽善者”だろうね。

● 身近な小さな動機から始めるのがまっとうで,大きなところから入ってしまうのは,そもそもが違うような気がする。それじゃ絶対間違えるでしょ的な。
 始めたあとも,できれば,大きな話のところには行かない方がいいように思う。小さな動機にとどまっているべきじゃないかなぁ。

● 以下にいくつか転載。
 古書店で石井柏亭の『我が水彩』(日本美術學院 大正二年)を手に入れたら,〈富裕でもない癖に道具立てを力める様な人に善い画の描けた例は殆ど無いと曰ってもいい〉とあって反省させられた。 石井柏亭の苦言は絵に限らず,自転車や楽器などあらゆることに当てはまるような気がする。(p77)
 将棋なんかでは,いい駒と盤を揃えると香車一枚強くなる,と言われたりするね。自転車でもたいていの入門書には,初心者でもある程度のものを買えと勧めるのが定跡のようだけどね。どうなんだろうかなぁ。
 岩手大学ママチャリ同好会の部員たちは,ママチャリで九州や北海道にさりげなく行ってしまう。本当にさりげないのだ。大冒険なのに,全然そんな気負いがない。そこが偉いと思う。(p130)
 ママチャリ同好会なんてのがあるんですねぇ。いろんなのがあるんだなぁ。しかもママチャリで岩手から九州まで行くってねぇ(サドルは上げているんだろうね)。こういう事実を知ると,ロードバイクだのランドナーだのと言ってるのが小さく見えてしまうなぁ。
 かっこよさとは無縁のママチャリ。そのママチャリの能力を最大限に引きだしてみせると,その行為がかっこよさの極に達するっていうね。その行為って力業だよね。
 自転車に乗ることは,高級車に乗ってふんぞりかえるのとは逆の体験を強いる。自分がいかにちっぽけな存在であるかを知らされるのだ。それは別の言い方をすると,たとえちっぽけであろうと僕は僕自身でしかないという自覚を与える。(p206)
 “自転車は美しくて,かっこいい”“自転車は大人の乗り物であり,自転車に乗っている大人こそかっこいいのだ”という言い方も本書に出てくる。自転車がかっこいいと思えるかどうかは,その人の感性にかかるんだろう。高級車にふんぞり返っていることのかっこ悪さも,また同じ。

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