2014年7月24日木曜日

2014.07.24 堀之内九一郎 『お金持ちほど「捨て方」がうまい!』

書名 お金持ちほど「捨て方」がうまい!
著者 堀之内九一郎
発行所 青春新書
発行年月日 2008.07.15
価格(税別) 730円

● まず,いくつかを転載。
 経済的に豊かな層,世間でお金持ちとされている人たちが住む地域は,リサイクル業者にとって「こいつはおいしい!」という掘り出しものが出る,と思われるかもしれませんが,とんでもない。商売になるようなものはほとんど出ません。だいいち,ごみの全体量が少ないんです。 (中略)捨てるような物は,最初から買わないからです。(p11)
 経済的な中間層,いわゆる一般庶民は高価な物には手が出ないから,適当な値段でみてくれだけいい物を買います。(中略) だけど,いくらみてくれが良くても,付け焼き刃は,所詮,付け焼き刃でしかありません。(中略) 三万円,四万円で買った物を,一万円かけて直すなんてことはしやしません。愛着なんてものもないから,新しい物に買い替えて,ごみ集積所行き。ちょっと直せば使える物が,どんどんごみとして出てくるわけです。その新しい物だって,すぐ買い替えの対象になる。捨て方がムダだらけ。(p12)
 ホンモノ,いい物は満足感を与えてくれます。だから捨てない(乗り換える気にならない)。そういうホンモノ,いい物をほしいと思うこと,手に入れようと頑張ることが大事なんです。(中略)「百円均一でいいや」,「もったいないからカップラーメンにしとこう」というのじゃ,ダメなんです。(p14)
 巷は宝の山。それを,どう拾い,どう活用できるかがポイントなんです。「世の中すべての物が会社の在庫」というのが我が社の発想です。(p75)
 所有者が,まだ使える物でも,いらなくなったから粗大ごみとして出す。これは,誰でも「ごみ」だという。しかし,いらなくなったから「あなたにあげましょう」という場合はどうか。「ごみをあげる」とはいわない。(中略) 物自体がごみなのではなく,置いてある場所が集積所であれば,「ごみ」になる。あるいは“ごみ”としてみれば,「ごみ」になる。 ということは,物の価値観を見出すことができなければ,どんな物も「ごみ」になる。物の価値観を見出せれば,それは,「ごみ」ではない。(p76)
 イギリスにしてもフランスにしてもファッションの本場,イタリーといえばニットの国として歴史が違う,ということもあるにせよ,一番感じたのは,物をムダにして作っている。 そのムダに美しさ,「ムダ」をすることによって価値観の高いものができている。 日本は,ムダをしない。合理化,合理化,合理化でしょう。ムダがないゆえに,できているものに価値観がない。(p120)
 物をみる前に正札やブランドをみるからダメ。自分で,物を見極める力を養おうともしない。だから,日本人は「物を見抜く力」がない。(p172)
 どこと名前はあげませんが,国産品でも,いかにも環境を考えたように装った生活雑貨の店が繁盛しています。色やデザインがシンプルだから,いかにも環境にもよさそうにみえるけれど,実際は,そう装った商品。何十年ももち続けられる使い続けられるような材質,製法じゃないことは,「物を見抜く力」があれば,その場で分かることなんです。(p172)
● ゴミから見る社会論,生き方論。面白い。
 著者の半生も語られる。ぞくに“七転び八起き”というけれども,著者の半生はまさにそれ。その過程で,普通の人ならまず体験しないことを体験し,考えないことを考え,学べないことを学んだに違いない。バイタリティーも尋常ではない。

● その堀之内さんにして,自ら創業した「生活創庫」が倒産に至った。現実に機敏についていく,その先をにらむ,というのは相当な難事であるらしい。
 しかし,この本でも言っているように,原価率はとんでもなく低い商売のはず。倒産の原因は何だったのか。まさかネットオークションが普及して,店舗での実物販売が成りたたなくなったなんてことではないと思うんだけど。

● でも,本人に後悔はないと思いますね。まだ70歳にはなっていないはずだから,次があるのかもしれないけれども,もしないとしても,やるだけはやったという満足感があるんじゃないだろうか。
 そんなこともないのか。もっと貪欲か。

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