2014年7月6日日曜日

2014.07.05 三浦 展 『下流同盟 格差社会とファスト風土』

書名 下流同盟 格差社会とファスト風土
編著者 三浦 展
発行所 朝日新書
発行年月日 2006.12.30
価格(税別) 720円

● “ファスト風土”の定義と問題点。「日本中の地方の郊外農村部のロードサイドに大型商業施設が急増し,その結果,本来固有の歴史と自然を持っていた地方の風土が,まるでファストフードのように均質なものになってしまった」(p13)ということ。
 それをなぜ問題にするのかといえば,次のような価値観のゆえである。
 私は,世界が均質な消費文化によってのっぺらぼうになることを望まない。消費は私たちに豊かな多様性を与えるためにあるべきであり,貧しい均質性をもたらすべきではないのである。(p39)
● そうなる以前の郊外農村の買い物環境はどうだったか。ぼくの記憶にあるのは,あまり愉快な光景ではない。
 ま,大昔の,郊外のつかない純然たる農村の光景なんだけどね。大字(おおあざ)に一つか二つあったよろず屋的な店で,文具や棒アイスを買う。まだ物資が乏しい時代で,売る方が威張っていたな。売ってやるっていう感じ。二度と戻りたくない。

● そうした農村にもスーパーができて,かつてのよろず屋は店じまいをしちゃってる。そうなると,車がないと買い物ができない。
 これはこれで困ったことなんだけど,ここまでの農村になると,巨大商業施設による均質化以前に,人口減少によるコミュニティ崩壊を心配しないといけない。

● 地方のファスト風土化にどう抵抗するか。本書ではフランスの都市計画を紹介している。その中身は規制。専門家の児戯だろう。いつか来た道という感じがした。
 「ロードサイドに大型商業施設が急増」するのも車が交通手段の代表になったからで,原因の大元は車社会になったことだ。ここをそのままにして,規制をかけても実効があるのかどうか。
 規制はするけど,例外がたくさんある法律か条例になりそうだ。要するに,複雑で条文を読んだだけでは何を言っているのかわからない規則ができそうだ。

● 地方の側にまだ都会コンプレックスがあるのかも。都会を代表するのが大型商業施設で,それが自分の町にもできることは,都会に一歩近づくことであって,特に若い人たちには歓迎される。そいういう状況がまだあるんだと思う。
 そんなのはもうダサイんだよっていう気分ができるのが,最も有効な処方箋になるんだと思うんですけどね。
 首都圏に残っている活気ある商店街が,そのための広告塔になるかなぁと思ったりもするんですけど。

● 理想論をいえば,こういうのは青少年のゲームと同じで,さっさと通過してもらうのがいい。やるなと言ったって効果はないんだから,どんどんやらせて早く飽きてもらう。
 大型商業施設が地方に醸す都会的な空気に対しても,ガンガン利用して,さっさと飽きてもらうのが一番。
 そう巧くいくかどうかわからないけど。っていうか,そこしか買い物に行くところがなければ,飽きても行くしかないわけだからな。

● 早い話が,わが家でも宇都宮の北部にあるショッピングモール(ベルモール)にはけっこう行くもんね。もう10年以上になるけど,飽きる気配はない。
 よくできている。アミューズメント施設の趣もあって,映画を見るのも,スポーツ用品を買うのも,ケータイを買うのも,けっこうこちらを利用している。

● もっと郊外にはさらに規模の大きなショッピングモールがある。そちらの方が,本書に登場するだだっ広いモールに近いたたずまいだ。
 日本人の身体感覚からすると,とりとめもないといった感じになるのじゃなかろうか。ショッピングモールであっても適度な狭さがないと快適さを感じられない。
 本書に悪の代表として登場するウォルマートのような大きさは,なかなか日本では定着しないのではないかと思う。それを真似ているらしいイオンの将来は,あまり明るくないだろうと予想しておく。

● 以下にいくつか転載。
 東京のような大都市は,江戸時代から今日に至るまでずっと何百年も巨大な消費都市であり続けた。だから,今さら何ができても,東京に住む人々は大して驚きはしないし,精神的に影響を受けることもない。 それに比べると,それまで何もなかった地方の郊外農村部がファスト風土化する場合は,そこに住む人々に非常に大きな影響を与えるはずだ。それは人間観や倫理観にまで影響するのではないだろうか。(p25)
 製造業が減少し大型商業施設が増加し,そして非正規雇用者の増加した地域が,学力の低下,体力の低下,犯罪の増加などが見られる地域でもある可能性があるのではないかと見ている。(p47)
 コミュニティが崩壊するということは,人々が匿名化してしまうということです。それでは良き市民意識は育ちません。(p67)
 安いからといって,要らない物まで買って,金がなくなってサラ金に駆け込み,それで首がまわらなくなった人間は無数にいる。労働で搾取されるのではなく,消費することで搾取される。それが現代だ。(p237)

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