2014年5月30日金曜日

2014.05.29 小沢昭一 『雑談にっぽん色里誌 仕掛人編』

書名 雑談にっぽん色里誌 仕掛人編
著者 小沢昭一
発行所 ちくま文庫
発行年月日 2004.03.10(単行本:1978.03)
価格(税別) 840円

● 小沢さんが,遊里で口を糊している人に寄り添い,「放浪芸」の発掘に力を注いだのは,自分もまた漂白民だとの思いがあったからだろう。
 売色は漂白民のなりわいであった。漂白民は土地を持たない人々である。わがニッポンは農耕社会であったから,支配者は,土地をはなれず農耕に励む定住者中心に社会のしくみを作りあげ,政治から道徳まで定住者の側の規範が確立した。だから,必然的にその規範から逸脱せざるをえない漂白民は,定着民より蔑視をうけることになる。その蔑視は今もって続き,はやいはなし,住所不定といえば,「社会的信用」はゼロなのである。(p11)
● 本書も4つの対談(座談)からなる。ひとつめは「銘酒屋」と呼ばれた私娼宿を経営していた人が登場。
 「籠の鳥」というのは実は公娼(吉原)をいうんで,私娼は籠の鳥じゃなかった。だから,面と向かって折衝するために女も新しい服装をし,うけこたえもうまかったんです。(p60)
 この分野でも官民が競えば,民の方がより良いサービスを客にも働き手にも提供するらしい。
 話の中に一見直吉という人が登場する。浅草でこの業界を仕切って,秩序を保った人。こういう人の名をとどめたのも,本書の功績のひとつだろう。史料としての価値だ。

● 戦争中,中支で従軍慰安所を営んでいた人。
 それからだんだん,中国人経営者とか朝鮮人経営者がふえてきまして,経営者がね。(p117)
 あの時分でね,日本人,朝鮮人,中国人のなかでね,まあ朝鮮のコがいちばん強かったと思いますね。体力的にも強かったし,それから金銭的にもね,非常に・・・・・・よし,どうしてもこのさい,儲けてやろうという・・・・・・。(p160)
 というような話を聞くと,朝鮮人女性を慰安婦として強制連行したという話は,にわかには信じがたい。

● 「世界の人類がね,消滅すれば別ですけれども,生きてる間はね,どうしても性のハケ口は,なんらかの形でもっているわけなんですよ」(p165)っていうのは,そのとおりだと思うんだけれども,吉原や玉ノ井が殷賑を極めていた頃に比べると,このへんの事情もだいぶ変わってきているように思う。
 カタギの女性たちの性規律がだいぶ緩くなっているのじゃないか。対して,男衆は大人しくなっている。ゆえに,こうした「ショーバイニン」に対する需要はかなり減っているのではないかと想像する。

● 昔だったら売色で喰えた女性たちの,食べていくためのフィールドが狭まりつつあるような気がしていてね。むしろこちらの方が問題ではないかと思ってるんだけど。
 もっとも,そうした女性たちもまた減りつつあるのかもしれなくて,そうであるならぼくなんかが心配する必要もないわけだ。

● ほかにいくつか転載。
 ショーバイ女が〈慰め職〉につくのは,「慰め」から見はなされた定めを背負っているからこそ,「慰め」が売れるのであろう。どうすれば慰めることができるかを,身にしみて知っているのだ。幸せうすき人が,幸せを売る側にまわる(p99)
 手練のショーバイニンならば,「身の上ばなし」の何通りかを用意し,客の好みを見抜いてから,それに応じて「身の上ばなし」を使い分けたりする。女たちが「身の上」を開陳しないのは,真実を語ったところで一文の得にもならないからであるが,さらにいえば,ショーバイニンの「身の上」が,所詮カタギとは,元来無縁であることを知っているからでもあろう。(p172)

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