2014年4月27日日曜日

2014.04.25 小林秀雄 『学生との対話』

書名 学生との対話
著者 小林秀雄
編者 国民文化研究会・新潮社
発行所 新潮社
発行年月日 2014.03.30
価格(税別) 1,300円

● 小林秀雄といえば,高名な評論家。もちろん,名前は知っていた。新潮文庫の『モオツァルト・無常という事』は高校生のときに読んだ。受験問題によく出るらしいという,じつに情けない理由で読んだものだ。
 で,さっぱり理解できなかった。以後,敬して遠ざけたまま今日に至っている。評論そのものからも遠ざかってきた。

● が,今回たまたまこの本を読んだところが,面白かった。少しは自分もモノがわかるようになったのかもしれない。高校生のときの自分は,高校生としても愚鈍だったのだろうけど。
 遅ればせながら(ひじょうに遅ればせながらだけれども),これからは小林秀雄さんが書いたものも,少しずつ読んでいこうかと思った。

● 以下に転載。
 今の歴史というのは,正しく調べることになってしまった。いけないことです。そうではないのです。歴史は上手に「思い出す」ことなのです。歴史を知るというのは,古えの手ぶり口ぶりが,見えたり聞こえたりするような,想像上の経験をいうのです。(p24)
 元は物質のほうにある。だから,物質を調べれば人間の精神もわかる。なぜかというと人間のほうは随伴している現象に過ぎないからだとマテリアリスム(唯物論)は言う。どうして,この自然にそんなふうな無駄があるんだ。たった一つでいいじゃないか。随伴した現象がどうして要るのですか。(中略)自然はそんな無駄,そんな贅沢を許さないですよ。 精神現象と物的現象は違うんです。関係はあるけれど違うんです。違うものなら自然は許します。(p57)
 偉い人の仕事を見ると,まず初めに仕事を好むことが土台になっている。その仕事に没頭できるか,できないかが,最初の問題です。(p87)
 喜びといっても,苦しくない喜びなんてありませんよ。学問をする人はそれを知っています。嬉しい嬉しいで,学問をしている人などいません。困難があるから,面白いのです。やさしいことはすぐつまらなくなります。そういうふうに人間の精神はできているんです。(p89)
 本当にいい音楽とか,いい絵とかには,何か非常にやさしい,当たり前なものがあります。真理というものも,ほんとうは大変やさしく,単純なものではないでしょうか。現代の絵や音楽には,その単純なものが抜け落ちています。そしてそれは現代人の知恵にも抜けていることを,私は強く感じます。たとえばデカルトには,何か近代人の及びもつかない単純性がある。明るくて,建設的なものがあり,陰気なものは影も形もないのです。けれども,現代の思想には,憂鬱なもの,皮肉なもの,裏に廻って見るような態度,いわば女々しいものがあります。(p92)
 「法師ながら」と言ったのは,坊主はだいたいにおいて悟っていないと宣長さんは見ているからです。日本人として生まれて,ごく当たり前に生活すれば悟ることができる。ところが,坊主はわざわざお経をあげて悟ろうとしている。これは〈やまとだましひ〉ではない。宣長さんはそこまで達した人です。(p105)
 批評というのは,僕の経験では,創作につながります。僕は,悪口を書いたことはありません。(中略)悪口というものは,決して創作につながらない。人を褒めることは,必ず創作につながります。褒めることも批評でしょう? 僕はだんだんと,褒めることばかり書くようになりましたね。(p111)
 僕らは天才じゃないから,天才のものを読みますと,自分がたいへん情けなく思えるのです。それは誰にでもあることで,そんなことを僕ら凡人はあまり気にしてはいけません。「僕は感受性を持っていないのではあるまいか」などと考えてはいけない。そうではないのです。そんな考えは感受性を隠します。わざわざよけいなことを諸君は考える必要はないのです。(p131)

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