2014年4月17日木曜日

2014.04.17 テリー伊藤 『テリー伊藤のテレビ馬鹿一代』

書名 テリー伊藤のテレビ馬鹿一代
著者 テリー伊藤
発行所 毎日新聞社
発行年月日 2011.02.15
価格(税別) 1,200円

● SMAPと明石家さんまが好きなので,テレビは次の3つだけずっと見ていた。
  「SMAP×SMAP」(フジ)
  「踊る! さんま御殿」(日テレ)
  「ホンマでっか!? TV」(フジ)
 ほかに単発で見たりするのもあったけど,今月からテレビは一切見ないことにした。今のところ,特に支障も禁断症状も出ていない。このまま見ないことになりそうな予感。
 スポーツ中継とかニュースとか天気予報は,かなり前から見ないようになっていた。オリンピックもワールドカップも1秒も見ない。
 ちなみに,新聞をとるのも数年前にやめている。

● ネットがあるからテレビや新聞はなくてもいいというんじゃなく,たぶん,ネットもやめてしまって大丈夫だと思う。そんなことをしなくても,情報はけっこう入ってくる。
 昼休みに大衆食堂に行けばテレビはついている。それをボーッと聞いてるだけで,何がニュースになっているのかくらいはわかる。
 書店にはけっこう行く。が,雑誌の立ち読みはあまりしない。表紙をみるだけで充分だ。それで何となく世相はわかる。世相なんぞ「何となく」以上にわかったって仕方がない。
 もっといえば,街に出て人を眺めていればいい。電車に乗って人のお喋りを聞いていればいい。家庭を持っている人ならば,奥さんやお子さんの話を聞いてれば,それで充分じゃないか。

● そんなことではすまない人も大勢いるだろう。商品開発だの,企画だの,接待だのってのがあると,テレビや新聞に背を向けてちゃ話にならないだろう。お疲れさまです,と心から思う。

● けれども,こういう本は読む。
 テレビ業界の内側にいるからこそ見えるものは当然あるはず。しかし,それを外側の人間にもわかるように書くのは難しい場合もあるだろう。
 テレビの功罪の罪の方にもきちんと目配りが届いている。もっとも,それをしなければ本にならない。

● 「テレビの習性」のひとつは,「さんざん落ち上げて,今度は叩く」ということ。ボクシングの亀田兄弟がその犠牲者。亀田兄弟のボクシングに対するピュアで真摯な態度を紹介して,擁護する。
 あるいは,沢尻エリカ。さんざんテレビでバッシングされたけれども,彼女はその態度によって誰かに迷惑をかけたのか。何も被害を受けていないのに,彼女を叩いて恥じない視聴者大衆を諫めるようでもある。

● 以下にいくつか転載。
 橋田壽賀子さんに最近のテレビについて話を聞かせてもらったとき,私がもっとも驚いたのは,こんなひと言だった。 「他のドラマは全部,敵よ」 (中略)橋田さんの言葉を聞いて,私はテレビマンとしての自分の甘さを恥じた。テレビの現場にいるかぎり,どんなに歳をとろうがキャリアを積もうが,「みんな仲間じゃないか」とか「他人は他人。ライバルは自分自身」などと言っているようではヌルいのだ。(p107)
 「最近のテレビはつまらない」とよく言われるが,テレビがつまらなくなったのではなくて「この番組はおもしろい」とキャッチする感性が乏しくなっているのだ。 テレビだけではない。音楽も映画もファッションも,「つまらない」というのは,そのものに興味を示したり感動できなくなったりした自分がそこにいるのである。(p169)
 よくあるヒーローインタビューのシーンを思い起こしてみてほしい。ほとんどすべての選手がマイクを向けられて開口一番,「そうですね」と言うはずだ。(中略)あれじゃあ,野球選手がみんなバカに見えてしまう。 つまり,ヒーローインタビューをつまらなくしているのは,せっかくのヒーローに「そうですね」と言わせてしまう側の問題だ。(p175)
 その日のために,あなたがやっておくべきこと。それは,いろんなことに熱中して,笑い,泣き,怒り,仲間と肩を抱き合って喜べるような体験をたくさんすることだ。 それは野球選手にとっての「素振り」のようなものであり,相撲取りにとっての「ぶつかり稽古」のようなものだ。(p219)

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