2014年4月11日金曜日

2014.04.10 村松友視 『帝国ホテルの不思議』

書名 帝国ホテルの不思議
著者 村松友視
発行所 日本経済新聞出版社
発行年月日 2010.11.09
価格(税別) 2,400円

● ホテルにはときどきお世話になる。手っ取り早く快適さを味わいたかったら,ホテルに行くのがいい。観光地のリゾートホテルではなく,都会のシティホテル。
 余計なものがなく,スッキリ片づいている部屋。至れり尽くせりのサービス。美味しい食事。プールもサウナもいつでも使える。
 オープンスペースに置かれている椅子に腰をおろして,持参した本を読む。世の中にこれほどの贅沢があるだろうか。
 これで明日が来なけりゃ最高だ。明日は敵だ。とか思うわけですよね。必要なのはお金だけ。ホテルは天国だ。

● 「銀座療法」という言葉がある。いや,ないけど,ぼくが作った。
 平日に銀座を歩くと,エネルギーをチャージできる。休日はお上りさんで埋まるわけだから,あくまで平日。 背筋を伸ばしてくれる街だと思う。シャキッとした人が多いしね。もし仕事で大きく自信を損なうような出来事に見舞われたときには,銀座療法がいい。銀座を無目的に歩く。その日は帝国ホテルに泊まる。これでだいぶ回復できる。
 ただし。懺悔するけど,帝国ホテルには泊まったことがないんですよ。敷居が高すぎる。

● 宿泊費はペニンシュラとかパークハイアットとかマンダリンオリエンタルの方が高いのかもしれないけど,帝国ホテルは別格というイメージがある。
 年季の入り方と客質が違うでしょ,的な。小金持ちの若いカップルとか,あぶく銭を掴んだ中年オヤジは似合わないでしょ,的な。あんた,ここに来る前に,もうちょっと頭と品性を磨きなさいよ,的な。
 実際には気安いところもあるのかもしれない。だけど,そういうイメージがあって,なかなか帝国ホテルには近づけない。

● その帝国ホテルの実力を従業員への取材を通してあぶりだそうとしたのが本書。読みごたえがある。多くのセクションにプロがいる。明日は敵だなんて言ってるふぬけたやつに読ませてやりたい。
 プロが育つ風土があるんでしょうね。それについていけない人は辞めていくんだろう。
 ホテルって従業員の勤続年数が短い,人材は使い捨て,いろんなホテルを渡り歩きながらボロボロになっていく,っていう負のイメージもぼくの中にはあるんだけれども,それだけで見てしまうのはあまりに幼稚なんでしょうね。

● 村松さんの文章だから,文章そのものも味わえる。たとえば「そんな各セクションの縫い目に生じる,見えにくい小波に眼差しと神経を向けようという意志が,ロビーマネジャーの発足には込められていたはずだ」(p77)なんてのを読むとゾクッとする。
 以下にいくつか引用。
 苦情を言う人もプライドをかけているだろうから,いったん苦情を口にしてしまうと,あとへは引けないことになりかねない。(p89)
 多用なカテゴリーのお客が存在し,団体客,バスで到着する人などさまざまだ。それらの人々が,それぞれのレベルの期待をもって帝国ホテルをおとずれている。その全員に同じサービスをすることよりも,それぞれの人の期待値を,まず見抜いて対処するべきだ,と菅野さんは言う。 「それで,それに紙一枚を乗せたサービスをしなさいと」 紙一枚乗せなさい・・・・・・これは見事な言葉だと感服した。(p93)
● ホテル内の会員制バー「ゴールデンライオン」でピアノを弾く矢野康子さん。
 お客さまの中には作曲家だとか,いろんな本物がいらっしゃいますよね。(p155)
● ベーカリーの金林達郎さん。
 パンというのは焼き上がって,小さいパンですと小一時間したところが,たぶんいちばんおいしいんだと思うんですね。それもちょっと冷めごろですね。(中略)ただ,温かいパンとうのはおいしくはないんですけど,うれしいのはたしかだろうと思うんですね。だから,そういう意味でのよろこびがお客さまにあるんだとしたら,温かいパンを切り捨てちゃうのもいかがなものかと」(p199)
 恥ずかしながら,知りませんでしたね。焼きたてが一番旨いんだと思ってましたよ。市中のパン屋に行くと,ただいま○○が焼きたてですとアピールしているしね。
 魚だって鮮度が旨さの基準じゃない。寝かせた方がいいという話を聞く。パンも同じだったのか。

● シューシャインのキンチャン。
 (このお仕事の醍醐味は)靴が栄養をもらってよみがえると言うんでしょうか。愛情をもってシューシャインしたら,靴はかならずそれに応えてくれるんです。靴がそのよろこびを表現している手応えを感じているときの,磨く側のよろこびというのは,ちょっとたとえがたいものがあるんですよ。(p273)
 この境地に至るまでに,どれほどの時間と汗(ひょっとしたら涙も)がこめられていることか。襟を正させるに充分すぎる。

● オペレーターの野尻三沙子さん。
 お客さまってほとんど,第一声にキーワードをおっしゃるんです。その最初のキーワードを絶対に聞き逃さないようにしないと。お客さまとの誤解があったりして,何かのミスにつながるのが,最初のキーワードを聞き逃していたことにはじまっているっていうケースが多いんです。しかもそれ,録音が全部残るんですね。だから私たちオペレーターの通話は,まったくごまかしがきかないんです。(p298)
 過酷だ。言いわけが効かない世界だ。裸の自分を見せつけられる。急速に人を育てるだろうなと思う。しかし,この環境に自分が耐えられる自信はない。たぶん,つまらないプライドを捨てられないだろうと思う。
 そうしたつまらないプライドって,子供の頃に勉強ができたとか,そこそこの大学を出ちゃったよとか,雑な言い方をすると教育が作ってしまっているかなぁ。

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