2014年2月3日月曜日

2014.02.01 和佐大輔 『テトラポッドに札束を』

書名 テトラポッドに札束を
著者 和佐大輔
発行所 幻冬舎
発行年月日 2013.10.10
価格(税別) 952円

● 著者,25歳。12歳のときに頸椎損傷。首から下の機能を失う。車いすで自走することもできなくなる。インターネットが天佑になった。
 ともあれ。人には言えない(したがって,本書にも書けない)無力感や屈辱を味わったに違いない。それは,徹底したリアリストに著者を仕立てあげた。
 国には「社会保障」という制度があるので,僕のような第一級障害者も,あるいは植物状態の人も,社会の一員として守られているように見えますが,実際のところは「道徳」という暗黙の了解に守られているだけで,社会は積極的に弱者を守ろうとはしません。 社会には「守る」という機能が,そもそも備わっていないのです。(p4)
 「社会に必要とされない人間が存在する」 こんなことを言うと決まって「非道徳的だ」とか,「けしからん」というリアクションを貰いますが,あなたはもうわかっているはずです。 身体障害者や病人,あるいは老人が,この社会にとってどれだけの「負担」になっているのか?(p64)
 現在の高度化された世界においては,人口が半分に減ったとしても十分に世界は回ってしまうのです。 僕らが当たり前のように行っている「仕事」は,実は「仕事を増やすための仕事」だったりします。(p179)
● けれども,著者は開拓者になることができた。25歳の若者の言葉とは思えない。透徹したオプティミストの境地に,わずかの期間に登りつめた。
 人間の脳は不思議なもので,「他人に見られている通りに思考が変化する」という特性を持っています。子どもの教育の現場では誰もが知っていることですが,役割を与えられた子供は,その役割に適応します。(中略) 「他人からどう見られているか?」が,僕らの思考や行動に大きく影響しています。(p37)
 インターネットにおいて,最も影響力があるものが何かはわかります。それは,「言葉」です。インターネットは情報の集合体です。そして,その情報のほとんどは「文字」なのです。(p43)
 誰の言葉かもわからないような一般論を語ってみたり,受け売りを語るのではなく,自分の言葉を語らなければならないのです。コピペは最悪です。僕が語れること,僕にしか語れないことは,僕の言葉だけです。(p45)

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