2014年12月31日水曜日

2014.12.31 『世界の美しい図書館』

書名 世界の美しい図書館
編者 関田理恵
発行所 パイ インターナショナル
発行年月日 2014.12.11
価格(税別) 1,800円

● 修道院がヨーロッパの図書館の発祥。それらのいくつか(かなりの数になるのだろうか)は現存している。まず,それらが紹介される。メインは写真。
 本がたいへんに高価で,1冊の本と1軒の家が交換できた時代。当時,貴重だった本は,今でも貴重なわけだ。

● 日本の図書館で紹介されているのは,次の10館。うち,旧弘前市立図書館は現在は図書館としては使われていない。
 中嶋記念図書館(国際教養大学図書館)
 武蔵野美術大学図書館
 多摩美術大学八王子図書館
 成蹊大学図書館
 せんだいメディアパーク
 金沢梅みらい図書館
 北九州市国際友好記念図書館
 旧弘前市立図書館
 国際子ども図書館
 大阪府立中之島図書館

● 「美しい」を基準にして選んでいるわけだから,豪華絢爛だったり未来的なデザインだったりするのが登場する。建物じたいが文化財的なっていうか。重厚や荘重と形容したくなるような。
 つまり,使いやすいかどうかはわからない。

● 日本でいうと,市町村立の多くの図書館は,「無料の貸本屋」以上の機能は果たしていないのではないか。
 したがって,図書館に集うのは,知への支出を惜しむ,知的吝嗇の傾向をおびる人たちに限られるというパラドックスが生じてしまっている(ように思われる)。

● さらに,行くところのない年寄りが毎日通ってくる。新聞を読み,雑誌を読んで過ごす。冬は暖かいし,夏は涼しい。そうするのに好適な場所に違いない。
 特に,人づきあいが苦手な年寄りにはありがたい施設ではないか。ぼくもその一員になる日が遠からず来るかもしれない。

● それだけではない。図書館って,本を借りるところではあっても,そこで本を読むには適さない場所だ。なぜかいえば,うるさいからだ。なぜうるさいのかといえば,子どもが走り回っているからだ。
 絵本の読み聞かせなんてのも行われているわけで,図書館側は子どもを集めようとしているように思われる。
 それが悪いかと言われれば,ぜんぜん悪くないんだけれど,動線や部屋の配置など,工夫の余地はあるなと思うことは多い。

● 以上により,図書館の雰囲気は,知的なるものからはだいぶ遠い。
 「無料の貸本屋」はありがたいものだけれども,こういうものが市町村に最低一つはあるという必要があるかどうか。いくつかの市町村の共同運営による図書館があってもいいように思う。

2014.12.31 舛岡はなゑ 『仕事も人間関係もうまくいく魔法の法則』

書名 仕事も人間関係もうまくいく魔法の法則
著者 舛岡はなゑ
発行所 PHP
発行年月日 2014.11.28
価格(税別) 850円

● 斎藤一人さんの教えをお弟子さんがまとめたもの。総まとめだ。その分,新味はない。

● しかし,出せば一定部数は捌けるのだと思う。出版社にしてみると,鉄板のひとつなのではないだろうか。

2014.12.31 長谷川慶太郎 『大局を読むための世界の近現代史』

書名 大局を読むための世界の近現代史
著者 長谷川慶太郎
発行所 SB新書
発行年月日 2014.11.25
価格(税別) 760円

● すでにいくつかの著書で公開している内容を,新たな視点からまとめ直したもの。が,読み始めると,途中でやめることができない。
 これだけ具体性のある細かい情報を入手できるのもすごいし,それを積み重ねて,ストーリーを構築する手腕もすごい。

● 日本が無謀な太平洋戦争に突っこんでいった理由を作ったのは,第一次大戦でイギリスからの派兵要請に応じなかったことにある。これも別の著書で述べられていることだけれども,あらためてなるほどと思った。
 なぜ応じなかったのかといえば,山県有朋と寺内正毅らが強硬に反対したから。では,彼らがなぜ反対したのか。「当時のヨーロッパがすでに男女平等のシステムで動いており,こうした考えが日本に入ってくるのを恐れたから」(p38)だという。
 このとき,日本陸軍が西部戦線に兵を送っていれば,近代戦のすさまじさを体感し,「現状の体制のままでは,日本はいつか敗れる」という危機感を抱くチャンスを得たことでしょう。(p39)
● 大政奉還がなって,明治が始まったとき,日本は4つの「資産」を有していた。「行政機構」と「外交」と「識字率」と「インフラ整備」。
 ここはひょっとすると,本書が初めて指摘することかもしれない。具体的に例証を挙げてあるので,これまた頷きながら読むことができる。

● 最後は,北朝鮮と中国の消滅が近い将来に迫っていることを指摘。すでに何度も述べられているところ。
 併せて,韓国政府の対日姿勢が変化の兆しを見せていることも指摘し,韓国首脳が自分たちの危機的状況を認識できるようになったのではないかという。

2014.12.30 森 博嗣 『素直に生きる100の講義』

書名 素直に生きる100の講義
著者 森 博嗣
発行所 大和書房
発行年月日 2014.08.20
価格(税別) 1,300円

● 本書も人生訓として読んだ。いかにして上手に生きるかという参考書。

● 今のぼくに引っかかってきたのは,次のようなことがらだ。
 「ぶれない」なんて嬉しくもない。どちらかといえば,大いに「ぶれたい」のだが,残念ながら能力不足で,なかなかぶれられないのが現実ではないだろうか。(p2)
 時間がないからやれない,のではなく,やれないから時間がないという,ということに気づくべきだ。こういうひねくれた大人は,逆の言い訳をしているうちに,それが本当だと思い込んでしまう。(中略)そうでないと,できない理由がなくなってしまうからである。(p29)
 ここで書きたいことは,「一息」は,本当に一息だけにしておけ,「一服」もたったの一服だけにしておけ,ということである。(中略) 差は累積する。成功する人に注目してみると良い。本当に休む時間が短いのだ。なにかを成し遂げたら,すぐに次のことを始めている。(p33)
 まったく知らない人のブログを読んだりするのが僕の趣味の一つだ。そこで,見つけた法則だが,日頃から次々と面白いことをしている人は,年末に一年の総まとめとかをしない。(p40)
 学びというのは,情報を受け取ることである。(中略)これは,ものを食べるのと同じであって,書物は食べ物であり,そこから得られる知識は栄養のようなものだ。 しかし,考えることは,そのような「得る」行為ではない。むしろその逆で,自分から発する行為なのだ。これは,運動に似ている。頭脳を使って,エネルギィを消費する。(中略) 考えずに知識ばかりを吸収していると,知識の肥満になる,と僕には見える。そういう人がけっこう多い。頭脳が太り過ぎると,思ったように頭脳を働かすことができなくなって,自由に考えられなくなる。(p68)
 この「もったいない」という精神が,実は大きな無駄を生み出すことがある(p108)
 本当の「上」を知らないから,上からものを言いたくなるのである。本当に「上」にいる人間は,そんな物言いをしない。 「偉そうな」態度とは「偉くない」ことと同値なのである。威張りたい気持ちは,威張れない人間にしかない。(p117)
 今のツイッタも,毎日何百と読んでいるけれど,そのうち九十五パーセントは,最初の五文字で内容がわかる。最後まで読む必要がない。もっと言えば,五パーセントの読む価値があるツイートを探すときの雑音でしかない。 世の中というのは,大半がこんな雑音でできているといって良い。いかに効率よく,自分に価値のあるものを取り出すことができるかが,つまりはその人の能力になるだろう。(p135)
 人間として一番良いのは,敏感だけれど,表向きは鈍感に見える,という形である。頭の良い人間,能力のある人,本当のセレブは,みんなこうしている,というのが僕の観測だ。(p151)

2014.12.28 斎藤一人 『神様に上手に助けてもらう方法』

書名 神様に上手に助けてもらう方法
著者 斎藤一人
発行所 KKロングセラーズ
発行年月日 2015.01.05
価格(税別) 1,200円

● 本書で述べられていることは,ひとつ。
 天之御中主さま お助けいただきまして ありがとうございます
 この言葉を,折にふれて何度も唱えなさいということ。

● そうすると,どうなるか。不安や心配が消える。「とても信じられないような話だとおもいますけれど」と断っているから,実際にやる人はそんなにいないとわかっているんだろうね。
 やっても損は何もないわけなんだけどね。

2014.12.28 森 博嗣 『「思考」を育てる100の講義』

書名 「思考」を育てる100の講義
著者 森 博嗣
発行所 大和書房
発行年月日 2013.08.20
価格(税別) 1,300円

● 森博嗣さんのエッセイは,ぼくは人生訓として読んでいる。今回もまた,なるほどと思わされる記述が満載だった。
 問題は,それを知ったからといって,その分賢くなれるかということだ。たぶん,それほど単純じゃないよな。第一,忘れちゃうもん。

● まず,嫌々ながれでもやってみろ,ということ。
 嫌々でも,その作業をスタートすると,けっこう集中してやれることを学んだし,やっている最中に,いろいろほかのことを思いついたりするのも,自分としては面白かった。つまり,頭が回っていると,その副産物が生まれるらしい。(p20)
 やり始めるまえが,最も道が険しく見えるのだ。(p21)
● 学ぶと考えるは別のことで,読書をしても賢くはならない。
 小説やエッセィで書けるようなネタを探そうとするような場合,TVを見ているよりも,犬を見ている方が,面白い発想に出会う。同様に,本を読むよりも,自然を観察する方が知識が増える。(中略)僕が価値を見出すのは「新しさ」であり,ようするに,オリジナリティに価値のほとんどがあると考えているからである。(p70)
 ネタを探すようなことも,知識を得るために取材をするようなことも,僕の場合はない。身の回りのネタと知識だけで書ける。そういうものしか書かない。(p71)
● 「はっきりしている」ことへの懐疑。
 僕は,はっきりしている人間というのは,つまりそれだけ「浅い」のだろう,と想像してしまう。はっきり言えば,「はっきりしている奴は馬鹿だ」と思う。(p75)
 現実も,いったいどこに本質があるのかはっきりとは見えないものである。物事を簡単に断定しない慎重さこそ「深さ」であって,意見を絶対に変えない頑固さが「浅さ」になる。(p75)
● ツイッターやブログで面白いものはあまりない。
 なんでも,大勢でリンクすれば良いと考えているようだが,その方向性がもうかなり古いと僕は感じる。むしろ,リンクを制限することが,今後のトレンドになるだろう。(p136)
 そもそも,ものを書くというのは,恰好の悪い行為なのである。自分の思っていることをだらだら書くのは,本当に賢い人間のすることではない,と僕は考えている。(p136)
 たいては,書きたい人が書いたものというのは,みんなは読みたくないものである。はっきりいって面白くないからだ。(中略)言いたい人が書くものは,どうも深みがない。プロの作家は,これをよくよく注意して避けているのであって,素人が書くと残念ながら,面白くもなんともない。(p171)
● その他,いくつか転載。
 芸術家でも,一流と呼ばれる人は,仕事を期限までにこなすし,例外なく多作である。(p31)
 そういう「正統なもの」に拘っているから,凝り固まった古いやり方でしか教育ができないわけであり,したがって,つまらないし人気もでないのではないのか。(p43)
 面白いものに理由があると考えていることが,そもそも面白くないものしか作れない理由だ。面白いものは,面白いものを発想すれば良い。面白いものを作る手法に則って理由を設定して作ろうとするから面白くなくなる。(p53)
 注意深い人間は,小さな失敗をしないが,取り返しのつかない大きな失敗をするように見受けられる。(p60)
 プロジェクトを遂行する過程というのは,ようするに,突発的に起こったトラブルに対処する,その連続である。次から次へ発生する問題に対して,そのつど手を打って,なんとか元の軌道へ戻す。そういうのを「予定どおり順調に進んでいる」と表現するのである。(p60)
 数学ではないのだから,答が必ず正解だという保証なんて,現実には得られないことくらい知っているだろう。だから,「確率」というものがある。それなのに,「はっきりしてほしい」とだだを捏ねている人がとても多い。(p75)
 「感じの悪い人」というのは,えてして「感じ方の悪い人」の前に現れるものだ。逆にいえば,「感じ方の良い人」の周囲には,「感じの良い人」が集まってくる。どうして自分の周りには,こんな嫌な奴ばかりいるんだ,と感じたら,自分のことをもう一度振り返ってみると良い。(p113)
 社会というのは,そういうもので,一度現実の悪夢を見なければ動かない。(p187)

2014年12月27日土曜日

2014.12.25 和田秀樹 『決断の心理学』

書名 決断の心理学
著者 和田秀樹
発行所 小学館
発行年月日 2014.01.19
価格(税別) 1,400円

● 歴史上の英雄たち,メインは戦国武将や明治維新に活躍した人たち,の決断について,その心理的背景を含めて解説。
 参考にするというよりも,読みものとして楽しめばいいものだと思う。

● 本筋とは関係のないところから,ふたつほど転載。
 ケアレスミスは,ケアが足りないからミスするのではなく,失敗のパターンに無自覚だからミスをするのです。(p128)
 下足番を命じられたら,日本一の下足番になってみろ。そうしたら,誰も君を下足番にしておかぬ(小林一三 p181)

2014.12.24 和田秀樹 『世界一騙されやすい日本人』

書名 世界一騙されやすい日本人
著者 和田秀樹
発行所 ブックマン社
発行年月日 2014.12.11
価格(税別) 1,100円

● 副題は「演技性パーソナリティ時代の到来」。それに日本人は慣れていないと指摘。佐村河内守さんや小保方晴子さんが具体例として登場するけれども,主にはマスコミが批判の対象。
 実際,ぼくらはマスコミを通してしか社会を見ていないという気がする。一番いいのは新聞を読まない,テレビを見ないということだと思うんだけど,GoogleやYahooのニュースも提供元は新聞社が多いから,マスコミが発信するものを一切遮断するのは,ほぼ不可能。
 メディアリテラシーを上げていくしかないんだろうね。その肝は,(マスコミを)バカにしつつサラッと見る,ということですか。

● 「一億総カモ化」という言葉も印象に残った。

● 以下にいくつか転載。
 私自身も現在,教授の肩書きを持っているが,「教授」という肩書きほど,世間の印象と実態の違うものはあまり存在しない。(p94)
 現役の研究者が賞を取ると,資金が集まりやすくなり,より研究を進めることができる。(中略)一線を引いてからノーベル賞を取った人は,暇な分,何かと余計なことをするように思う。その背景にはノーベル賞受賞者というのは,その専門外の分野でもすごい能力を発揮するはずだ,と考える日本人の単細胞ぶりが影響している。(p99)
 詐欺師にひっかかるのは馬鹿な人というよりも,心配性の人なのだと思う。(p103)
 詐欺師にとって一番騙しやすいのは,「白か黒かをすぐにはっきりとつけたがる人」である。(p106)
 一見すると頑固者に見える人間ほど,一度信じると暴走しやすい。(p109)
 「あらゆる情報は,発信者にとって都合の良いものに加工されている」という認識を持つことが必要だ。(中略)基本,政府の流す情報はみな〈大本営発表〉だと思っていたほうがいい。(p114)

2014年12月24日水曜日

2014.12.23 斎藤一人・舛岡はなゑ 『21世紀は男も女も“見た目”が100%』

書名 21世紀は男も女も“見た目”が100%
著者 斎藤一人
    舛岡はなゑ
発行所 マキノ出版
発行年月日 2014.12.11
価格(税別) 1,500円

● みっちゃん先生『誰でも成功できる押し出しの法則』に続く,斎藤一人さんによる“押し出し”の勧め。
 押し出しとは「自分の外見を整えて自分をより高く,魅力的に見せること」(p16)。

● 外見を磨く,着飾る,顔を磨く,の3部構成。華やかで高そうに見える恰好をして,顔にツヤを出すこと。
 なぜそうしなければいけないか。それは本書に縷々書いてある。

● 大事なのは次の点。
 ある人が「じゃあ,私は仕事がうまくいったら,ヴィトンのバッグを買います」って言ったんです。「ヴィトンのバッグを買います」まではよかったんだけど,その人は,「清水の舞台から飛び降りるつもりで」と,余計なひと言を加えたんだよね。 そうじゃないんです。(中略) 最初は,本物は高くて買えないんだとしたら,よく似たデザインのものでいいから買って,楽しく持ちながら,「次の目標は中古のヴィトンだ!」「中古のシャネルを持つんだ」とかって,自分に言ってればいいんです。 それも,相も変わらず「清水の舞台から飛び降りるつもりで」なんていう豊かでない発想をしていると,豊かさを引き寄せることはちょっと難しいかもわからない。(p34)
 値段が高いとか,本物かどうかということより,「見てくれ-外見,または他人の目につくような言動・服装という意味-が大事だよ」って言いたいの。(中略) せっかく,高価なアクセサリーを着けていても,周りの人がわからなかったら,意味がないんです。(p88)
● ちなみに,自分のロレックスについて,次のように書いている。
 私がふだんしている時計はロレックスとかなんだけど,時間が合ってたことがない。なぜかというと,ネジを回したことなんか,1回もないの。時間を見るためにロレックスをしているわけじゃない。見栄でもなきゃ,いい時計をしていばりたいわけでもない。自分の趣味でもないの。(p32)
● ロレックスはさすがにおいそれとは手が出ない。では中古を買うかと思って,ヤフオクを覗いてみたんだけど,ヤフオクにも真正のロレックスはあまり出ていませんね。たまにあっても,やはりそれ相当の価格。
 でも,イミテーションがいくらでもありますよね。イミテーションでいいわけだ。法律上の問題は別として。よくできたイミテーションでなければならないけどさ。

● この点でいえば,モレスキンとダイスキンの関係はまさにそうでしょうね。よほどのマニア(?)でない限り,両者の区別はつかないだろう。
 ダイスキンを使っていてもモレスキンに見られるユーザーでありたいと思いますね。

2014.12.23 小山龍介 『図解 ライフハッカー式整理のアイデア122』

書名 図解 ライフハッカー式整理のアイデア122
著者 小山龍介
発行所 東洋経済新報社
発行年月日 2015.01.01
価格(税別) 926円

● これもセブンイレブンで購入。立ち読みできないようにビニールで巻いてあった。本屋では見かけないので,コンビニ限定販売なんだろうと思う。

● 「アロマグッズや観葉植物で気持ちを落ち着ける」という項目がある。USBタイプのアロマディフューザーがあるんだねぇ。知りませんでしたよ。
 職場に小さな観葉植物を持ちこむのもありだなと思った。手入れの手間がかからないものがあるようだしね。

● 「類語によって,停滞した思考が動き出す」というのも,なるほどと思った。オンライン辞書で「Weblio」というのがあることも教えてもらった。
 ちょっと触ってみた。Webにあるんだから,当然,無料。ほんと,Webには何でもあるなぁ。電子辞書を売る商売も大変だろうな。

● これは心から賛成だと思ったのが,資格試験を突破するための「アウトプット勉強法」というやつ。「テキストを読む前に,まず問題集をやり,自分の実力と弱点を知ります。次に解答の解説を読む。解説が充実しているいい問題集を選べば,テキストを読まなくても合格点には到達します」というもの。
 ぼくも,とある資格試験をこの方法で乗りきった。その問題集が過去問であれば,なおよい。
 分厚い10数巻のテキストを読むのは時間の無駄だ。逆に分厚かろうが何だろうが,テキストを読むだけではなかなか受からないとしたものだ。


(2014.12.28 追記)

 書店にもありましたね。コンビニ限定販売ではありませんでした。

2014.12.22 糸井重里 『ボールのようなことば。』

書名 ボールのようなことば。
著者 糸井重里
発行所 ほぼ日文庫
発行年月日 2012.04.17
価格(税別) 740円

● 9月7日に渋谷ロフトで“ほぼ日手帳2015-「LIFE is...」展”が開催された。久米宏-糸井重里対談が生で聞けるというので,ぼくも出かけていった。
 そのイベント会場で本書が売られていた。

● 栞がわりのスピンが付いているのは,新潮文庫だけになったと思うんだけど(昔は福武文庫なんてのもあって,それもスピン付きだった),本書も文庫本だけどスピンが付いている。
 総じて,贅沢な作りの文庫だ。

● 内容は糸井版箴言集(のようなもの)。そういうものから転載するのも何なんだけど,最も印象に残ったところをひとつだけ。

 断言してみたい。
 じぶんとは,子どものじぶんである。
 大人のじぶんは,じぶんがつくったじぶんである。
 つくったじぶんよりも,
 じぶんのほうが,よっぽどじぶんのはずで。
 押し入れに閉じこめられても,
 わるぐつわをかまされて黙らされても,
 そいつは生きて足をばたばたさせている。

 よし,言おう。
 言ってしまおう。
 人間とは,子どものことである。

2014.12.21 さいとうひとり 『ハルと魔法の湖』

書名 ハルと魔法の湖
著者 さいとうひとり
発行所 サンマーク出版
発行年月日 2014.12.20
価格(税別) 1,200円

● 言葉が心を作り,こころが現実を作る。そのことを童話仕立てにしたもの。心を湖に擬した。湖に降り注ぐ雨が自分が発する言葉。

● 佐藤玲奈さんの絵が(上手いのか下手なのかは,ぼくにはわからないのだけど),効いている。この本を持ってコンビニに行って,湖の絵をカラーコピーしてきた。手帳にはさんでいる。

2014年12月22日月曜日

2014.12.20 上阪 徹 『職業,ブックライター。』

書名 職業,ブックライター。
著者 上阪 徹
発行所 講談社
発行年月日 2013.11.11
価格(税別) 1,500円

● 副題は「毎月1冊10万文字書く私の方法」。本を作るということがどういうことなのか,平明な文章で説かれている。
 著者自身の総括的な意味合いもあるように思われる。

● が,ここに説かれていることをそのまま実行できる人は,そんなにいないだろう。著者自身はどういう性向の人なのか。次の一文が参考になる。
 もともと“カオス”状態から何かを整理していくことは,個人的にはまったく嫌いではなかったことに後になって気づきました。 学生時代は飲食店でアルバイトをしていましたが,パニックになるほど忙しくなると,燃えてくるのです。 どうすれば最も効率よく注文がさばけるか。オーダー品を出していけるか。瞬時に考えて判断していく。(p134)
 そういう人じゃないと,ブックライター(かつてはゴーストライターと言われていた)の仕事は務まらないほどに,いろんな要素が入りこんでくるわけだ。
 私は,ただただ流されて今に至っているだけなのです。目の前にある仕事,いただいた仕事にとにかく向き合ってきた。ただ,それだけ。ところが結果的に,それが良かったのだと私は思っています。(p27)
 その一事がどれほど困難かは,並みの大人ならわかるはずのものだろう。

● ブックライターにとって,最も大切なのは文章力ではない。これはそうだろうなと思う。
 読者にとって注目に値する素材があるのであれば,それだけで十分,本になりうる。逆にいえば,本を書くのだから文章力が必要だ,などと考える必要はないと思っています。それより大事なのは,素材であり,素材を見つけてくる力です。(p95)
● その素材を見つけるために,著者に取材する。著者がすでに公にしている文章を,紙,ネットを問わず,目を通す。
 取材力をつけるには場数も必要ですが,私は基本的には好奇心の強さが何より重要だと思っています。読者の代わり,くらいのつもりで,強い好奇心を持って取材に向かえるか。(p200)
 私が心がけているのは,いっそのこと仕事を離れて取材を楽しんでしまうことです。自分自身の興味関心として,聞いてしまう。身を乗り出さんばかりに聞いてしまう。(中略) もうひとつは,読者の代わりに聞く,という姿勢を持つことです。「私」が聞こうとすると,なかなか質問が出てこないときも,「読者」を思い浮かべて,読者のつもりになってみると,するすると質問が出てきたりします。 だからこそ,読者の想定はきわめて重要なのです。(p105)
● 読者想定は,徹底して具体的であること。
 ぼんやりと「世間一般」というターゲットでは,誰にも刺さらない,なんてことになりかねません。逆に,メインターゲットを絞り込んだほうが,その周辺にいる人たちも興味をもってくれたりする。中途半端な読者像の設定が,一番危険だと私は思っています。(p84)
● これから本を作りたいと考えている人に,かなり有益ではないかと思われるアドバイスもある。編集者の習性について語っているところだ。
 彼ら(編集者)はネタを探してはいるものの,それを自分で探したいのです。ネタを求めているだろうと,横から「実はこんなネタがあるんですよ」と声をかけても,反応は鈍いことが少なくないのです。(p64)
 「意外に出版のハードルは低かった」という声が著者から聞こえてくることがあります。その理由はシンプルだと思っています。編集者に「見つけられた」からです。もし,その著者が自ら売り込みに行ったり,あるいは誰かに企画を持ち込まれていたとしたら,出版のハードルはかなり高くなったと思います。(p64)
● その他,いくつか転載。
 最近では,電子書籍も話題になっていて,中には「出版社や編集者を介さずに原稿をそのまま電子書籍にできる」などとうたっているものがあったりしますが,ブックライターとしてこれまで五〇冊以上の本を作ってきた私からすれば,「ありえない」の一言です。(p57)
 たくさんの人に取材をして教わったことですが,「人にお金を使ってもらうということが,いかに大変なことか」,認識をしなければいけないと私は思っています。ビジネスに成功した多くの人が,それを語っていました。(p59)
 面白いとは,すなわち独自性があり,その著者である必然性があるということだと私は思っています。(中略) そして独自性,必然性とは,経験や事実で語れるかどうか,ということだと思っています。だから,経験や事実をベースにした本にしなければいけない。(p87)
 書店に行くと,どういうわけか目に留まる本があります。(中略)本が自ら「買ってくれ」と叫んでいるかのような本。そういう本には,私も手を伸ばすことにしています。なぜなら,作り手の思いが間違いなくこもっているはずだから。(p91)
 文章などに関して法則性のようなものに関心を持つ人も少なくないようですが,私自身はまったく関心がありません。法則性から,びっくりするようなものが生まれてくることはまずない,と思っているから。そして,法則性に引っ張られることで,本来の感性が生きてこなくなる可能性があるからです。(p155)

2014.12.20 成毛 眞 『本棚にもルールがある』

書名 本棚にもルールがある
著者 成毛 眞
発行所 ダイヤモンド社
発行年月日 2014.12.04
価格(税別) 1,400円

● 最初の方に次の文章が登場する。
 サイエンスなどの分野は,「最新の情報が変わり続けるもの」である。だから,常に情報はアップデートしなくてはならない。アップデートのためには,自分が今,どんな古い本を持っているかを可視化することが欠かせないので,アップデートが必要な分野の本は本棚に入れておくべきなのだ。(中略) 一方で,小説やマンガのようなフィクションはアップデートの必要はない。(中略)私はフィクションは電子書籍で読むことにしている。(p18)
 本書の肝はこれに尽きているかもしれない。あとは具体的な方法論が展開される。

● 優秀な経営者は読書家だという。しかし,読書家が例外なく優秀な経営者になれるかといえば,当然にして答えはノーということになるだろう。
 私がかつて一緒に仕事をしていたビル・ゲイツや,彼に限らず,優秀な経営者はみな例外なく大変な量の本を読んでいる。 彼らのポイントは「良い本」を「大量に」読んでいることである。そのために「退屈だな」と思った本を無理して読むという時間の無駄などしてはならない。(p144)
 仕事に関する本は必要最低限しか読まない。それは,仕事の本しか読まない人は出世できないし,つまらない人生しか送れないと考えているからだ。(p34)
● 書評の書き方についての指南もある。最も大切なのは,読んだ本のすべてについて書評してはいけないということ。
 書評の文章には書き手の個性は必要ないということだ。では,どこで個性を表現するかというと,それはどんな本を選ぶかである。面白い書評になるかどうかは,本を選んだ時点で決まるのだ。(p27)
 面白い本だけを紹介するという原則は,何があっても曲げてはならない。つまらない本をあげつらったり,間違いを嘲笑するようなことを書いていては,いい読み手と距離ができてしまう。(p210)
● 「SNSと連動していないブログは意味がない」(p208)とのこと。
 ぼくはSNSには手を染めていないので,このブログには意味がないのかと思うわけだけど,自分のための備忘録だからと言い訳しておこう。
 実際のところは,備忘録としても役に立っていないっていうか,そもそも備忘録など要らないようだとも思われるのだけど。

2014年12月18日木曜日

2014.12.18 芳原 信 『幸せ“ふせん”生活』

書名 幸せ“ふせん”生活
著者 芳原 信
発行所 リクルートコミュニケーションズ
発行年月日 2014.11.06
価格(税別) 630円

● ここでいう付箋は,当然,ポストイットに代表される貼ってはがせる付箋のこと。

● ぼくはメモはすべて小型の綴じノート(ダイスキン)に書いているので,付箋に何かを書くことはまずないけれども,この種の商品が売れているのはよくわかる。伝言メモにはぴったりだし,細い付箋にToDoを書いている人も多いだろう。

● ぼくなんかが発想するのは,上に書いたような仕事周りでの使い方にとどまるんだけど,本書には,こんな使い方もあったのかと蒙を啓かれるところが多々あった。付箋で遊ぼうよ,と誘う本。
 たとえば,「ふせんで9つのマス目を使ったマンダラート発想法を行う」とか,「お店にちょっとしたリクエストのメッセージを残してみよう」とか。

● 「場所と時間から見たふせんのポジション」(p118)の話も,言われてみればなるほどと思わせてくれる。会話,手紙,メール,電話,ふせん,の5つのコミュニケーション方法を比較して,「ふせんは,同じ場所にいる人に異なる時間にメッセージを伝えることのできる唯一の道具」だと説く。

● 実際のところ,本書で例示されているような使い方を自分がするかというと,おそらくしないと思う。それは著者が紹介している例示がつまらないからではなく,ぼくがコミュニケーションに熱心ではないからだ。

2014年12月17日水曜日

2014.12.17 ミシマ社編 『1日1分! 仕事のお守り』

書名 1日1分! 仕事のお守り
編者 ミシマ社
発行所 リクルートコミュニケーションズ
発行年月日 2014.11.06
価格(税別) 630円

● セブンイレブンで購入したんだけど,これ,コンビニ限定販売なんですか。18禁雑誌と同様にビニールの帯で巻かれていて,立ち読みはできないようになっていた。
 値段が値段なんだからタイトルと装丁で判断してね,というわけだろうか。

● 安っぽくならないように工夫しながら安い値段に収めて,売れる本を作りたいという試み。面白いかなと思った。
 もちろん,それ以前に内容が問われるわけだけれども,かなり良くできているお悩み相談本だ。再読に耐えると思う。

2014.12.14 番外:THE DAY No.8

編者 喜多 茂
発行所 三栄書房
発売行年月日 2014.11.22
価格(税別) 741円

● 「海外クリエイターのお部屋拝見」という見出しに惹かれて購入。作家の書斎とか,クリエイターのアトリエとかが紹介されていると,なんか買ってしまうね。
 そういうのに弱い。自分にない才能を持った人の住まい。憧れがあるんだろうな。

● で,見てみると,いかにものカントリーログハウス風だったり,暖炉や薪ストーブを使っていたりっていうのが並んでいた。みんな独身なのか女っ気がない。
 日本だと北海道や信州のイメージっていうか。あまり参考にはならないかなぁ。

● この雑誌を買った理由のひとつは,自分の物欲を刺激したかったから。こんな部屋にオレも住みたいぞと思えたらいいなぁ,と。
 が,その目論見は失敗に終わった。

2014.12.12 佐々木正悟 『先送りせずにすぐやる人に変わる方法』

書名 先送りせずにすぐやる人に変わる方法
著者 佐々木正悟
発行所 中経文庫
発行年月日 2011.12.01(単行本:2010.02)
価格(税別) 533円

● 最初に,次の文章が出てくる。
 結果を出せる人は誰よりもすぐに行動しています。 ある人がビジネス書を読んでいる間に,行動できる人はすでに取引先のところに行っています。 ある人がダイエット本を読んで知識をつけてい間に,行動できる人は外に出てジョギングをしています。 人生を変えられる人は,すぐやることのできる人です。(p4)
 それはそうだ。だから,どうしたらすぐやる人になれるのかと知りたくて,本書を読むわけだ。そういう人はたくさんいるようで,本書も2011年12月に文庫化されてから,2013年8月で18刷を数える。

● いろいろなヒントを与えてくれる。たとえば,つぎのようなこと。
 優先度を比較する「前」に動き始めてしまう
 すぐやる人はモノが少ない
 感情を介さない。悪いことが起きそう,という予測は行動をとめてしまう
 
● しかし,グズは生来のもので治らないと考えた方が良さそうだ。それこそ,結果を出せる人は,グズが本書を読んでいる間に,すでに行動しているだろう。
 そう言ってしまうと身も蓋もない。けれど,身も蓋もないところに真実はあるのかもよ。
 と,他人事のように書いているけれども,自分もまたグズだから本書を手に取ったわけですね。

● いくつか転載。
 悩みというのは,現状を明らかにしたくないというところから生まれます。「体の調子が悪い,もしかしたら深刻な状態かもしれない・・・・・・」。それならば病院にすぐに行けばいい。でも人は現実を見たがりませんから,いつまでも葛藤が続きます。これでは解決しません。(p37)
 教会の建設現場でレンガを積んでいる2人の男に「あなたは何をしているのか」と聞いた。 Aさんは「レンガを積んでいる」と答えた。 Bさんは「教会をつくっている」と答えた。 一般的には,この話のオチは「Bさんのほうが目的を持って仕事をしているので偉い」ということになります。 しかし私は,Bさんは手が止まってしまう危険性が高いと思っています。(p46)
 「何だか面倒そう」というのは錯覚であることが多いのです。いったんその仕事を小分けにしてみれば,すぐに終わる仕事だとわかるかもしれません。(p134)
 思い込みというのは怖いもので「自分はダメな人間だ」「すぐやれない人間だ」と思い込むと本当にその通りになっていきます。 さらに,自分がそう思うと同時に,他人もそういう意識を持つようになり,それによってさらにイメージが強化されていくのです。(p154)

2014年12月13日土曜日

2014.12.11 日本能率協会マネジメントセンター編 『NOLTY BOOK』

書名 NOLTY BOOK
編者 日本能率協会マネジメントセンター
発行所 日本能率協会マネジメントセンター
発行年月日 2014.11.20
価格(税別) 700円

● 副題は「手帳を愛するすべての人へ」。NOLTYの広報ムック。したがって,価格も700円とかなり安い。発行元が編者になっているけれども,取材や構成は外部に委託したっぽい。

● ユーザーインタビューから手帳の製造過程,能率手帳が生まれた1949年以降のNOLTYの歴史を紹介。社員も何人か紹介されている。
 面白く読んだ。というのも,ぼくも能率手帳のユーザーなので。

● ぼく一個の手帳歴を辿ると,学生時代は憶えていない。
 社会人になって最初に使ったのは,新潮社の手帳だった。今は作っていないと思う。ごく薄いやつだったけど,予定を書くだけなら充分すぎた。

● 次は,プレイボーイ手帳というのを何年間か使った。月刊プレイボーイを買うと購入申込書が印刷されていた。
 読者プレゼントといいながら,もちろん有償。最初に革製のカバーを買わないといけないんだけど,以後は本体だけを買えばよかった。本体は800円だったかな。
 判型といい,厚さといい,けっこういい手帳だった記憶があるけど,プレイボーイっていうのに惹かれる自分ってどうなのよと思ったのかなぁ。あるいは,集英社が製造をやめたのだったか。

● そのあとに能率手帳を使いだした。最初は小型版。次の年から通常の大きさのやつ。以後は,ずっと能率手帳ひと筋。
 そのうち,システム手帳がブームになり,ぼくの周囲でも使うヤツが出始めて,ぼくもシステム手帳に替えた。が,能率手帳のフォーマットを変えるつもりはなかったので,最初からBindex。
 A5をしばらく使っていたんだけど,バイブルサイズも使うようになり,ときには綴じ手帳に戻ったりしながら,能率手帳ワールドの中で遊泳していた感じ。

● ここ数年はバイブルサイズで安定している。中身はBindexの11番。これが能率手帳フォーマットで,ここを動かすことは考えたことがない。
 “ほぼ日手帳”をはじめ,気になる手帳はある。ぼくなんかはダイソーの百円手帳で充分だとも思う。
 が,年金暮らしになっても,たぶん,これを使い続けそうな気がする。

● どこがいいのか。外形的なことをいえば,まず紙の強度。
 バインダーに挟んだ状態でいくらページを繰っても,穴から紙にひび割れが起こることはない。右のメモページには新聞の切り抜きを縮小コピーしたものとか,食べたお菓子の包装紙とかを,何重にも貼りつけることがあって,穴にはけっこうな重量がかかっていると思うんだけど,まずもって問題が出ない。

 クリーム色で目が疲れない。
 この手帳にはハイテックCコレトに4色(黒,赤,緑,青:0.3㎜)のリフィルを入れて使っているんだけど,筆記具のせいなのか紙のせいなのか,じつに書きやすい。

● ちなみに,筆記具にはけっこう変遷があって,っていうか,手元にあるものを何でもかまわずに使っていた。粗悪なゲルボールペンだろうと,万年筆だろうと,裏写りを味わったことはない。
 今はハイテックCコレトで落ちついた。もっといいものがあるのかもしれないけれども,これでいいやと思っている。

● というわけで,能率協会さんには日頃からお世話になっているんだけど,手帳っていうのは,たぶん,あまたある生活用品の中でも最も保守性が発揮されるアイテムではあるまいか。いったん気に入れば,よほどのことがあっても変えることがない,っていう意味で。
 であればこそ,“ほぼ日手帳”の成功が際立って見えるわけだ。ダイソーの百円手帳も普及,定着すればたいした快挙だといえると思う。

● いくつか転載。
 マッキンゼー時代に思いましたが,グローバルに活躍している人ほど,手で書く行為を大切にしていました。(戸塚隆将 p43)
 現場でも何かあればすぐにメモしてましたね。とにかくメモ魔なんですね,私は。そして何でもかんでも記録されていると周囲の人々にも知られたこのメモの存在が,自分の身を守る盾になってくれたこともあるし,あとから文章を書く時も大変役に立ちました。(佐々淳行 p83)
 手書き派には嬉しいコメントだけれども,「手で書く行為を大切にしてい」れば,「グローバルに活躍」できるようになるかといえば,当然ながらそうではない。

2014.12.11 マーシャ・ブロンソン 『スティング』

書名 スティング
著者 マーシャ・ブロンソン
訳者 松村佐知子
発行所 偕成社
発行年月日 1999.03.01
価格(税別) 2,000円

● 今まで読んだ偕成社の伝記シリーズの中では,最も優等生的なミュージシャン。ルックスに恵まれ,「レコード,映画,テレビ,ラジオ,ステージと,その活躍の場所も,あらゆる領域におよ」ぶ。
 ブラジル先住民の生活を守るためのチャリティーに注力し,世界を飛び回る。

● 日本でいうと,福山雅治さんのような感じなんだろうか。何人もの女優と共演もしてるしね。

● いくつか転載。
 もしも,「さらば青春の光」が舞台だったら,ぼくにはできなかっただろう。長い間,役になりきっていられないんだ。そういう意味では,カメラの前で演技するのはやさしい。ほんの数秒で,もとの自分にもどれるからね。(p51)
 有名になることの報いのひとつは,他人を観察することがゆるされないことだ。一方で,自分はつねに人に見られている。だから,自分を守るための壁が必要なんだ。(p81)

2014.12.10 ジョン・オマホニー 『エルトン・ジョン』

書名 エルトン・ジョン
著者 ジョン・オマホニー
訳者 橘高弓枝
発行所 偕成社
発行年月日 1999.04.01
価格(税別) 2,000円

● 「エルトンは一九七〇年代前半に大きなセンセーションをまきおこし,ポップ・ミュージック界の頂点にまで一気にかけあがった・しかし,その反動もまた大きかった。緊張の日々に心をむしばまれ,アルコール依存症や過食症におちいった。スーパースターとしての成功と引きかえに失ったものも少なくなかった」(p101)とある。ドラッグにも溺れていた。
 これは免れられないものなのだろう。

● が,彼は長年かけて集めたコレクションを売り払い,エイズに感染した少年との出会いから,チャリティーに大きく足を踏みだし,ギリギリのところでバランスを取ることができたようだ。

● 「ジナルド・ドゥワイト(エルトンの本名)は,アイドル歌手となって,もてはやされるようなタイプではなかった。すんぐりした体型をしているうえに,頭のてっぺんがすでにうすくなりかかっていた。引っこみ思案の性格でもあった」(p9)らしい。
 バレエの世界で,もともと体が柔らかい人より,固い人が努力して獲得した動きの方が美しいといわれることがある(と思う)けれども,そういうことなんだろうか。

● しかし,音楽の才能はあった。あとは,時代の波と人との出逢いをうまく掴み(が,それはあとからわかること),上昇気流に乗る。
 で,上にあがれば乱気流に錐もみにされることもある。

● 彼のような人生を送りたいかと問われれば,迷わずノーだ。そういう人には,そうした人生をやれるだけの才能は最初から与えられていないとしたものだ。
 そのことに感謝したくなった。

2014年12月10日水曜日

2014.12.09 マーシャ・ブロンソン 『ボブ・マーリー』

書名 ボブ・マーリー
著者 マーシャ・ブロンソン
訳者 五味悦子
発行所 偕成社
発行年月日 1999.04.01
価格(税別) 2,000円

● 副題は「レゲエを世界に広めた伝説のミュージシャン」。レゲエについて知るところはゼロだったのが,1か2にはなった。ジャマイカの国の成り立ちについても,多少は知ることができた。
 ラスタファリ教についても。ジャマイカの黒人にはこれが必要だったのだろう。この宗教では,女性は縁の下に置かれるらしいのだが,それでも拠り所が必要だった。

● ボブ・マーリー,享年36。激しく短く生きた。このあたりも“伝説”を作る所以のひとつなのだろう。長く生きた人は“伝説”にならない。

● いくつか転載。
 複雑な生い立ちがあったからこそ,彼は神秘的な雰囲気をもつようになったのだろう。神秘性というものは,世間に対していくつもの顔をもつ人間にとって,何より大切なものである。(p23)
 マーリーは演奏中,ときどき高揚した気分になることがあった。妻のリタは,のちにこう打ち明けている。 「ボブは,コンサートに気持ちのすべてをこめるの。目をとじて,現実の世界を完全に心からしめだして,別のレベルに立ってコミュニケーションするのよ。ステージにあがるたび,ボブにはそんな心の変化が自然に起きたわ。ボブは霊的な感覚に没頭するの。とりつかれるのよ。」(p76)
 自分の夫がどんな人間か語る中で,「あの人は,みんなの人なの」と,リタはいっている。 「あの人には夜がないの。休息ってものがないの。ボブといっしょにいたいって,いつでもみんながとりまいていたわ。」(p88)
 いつまで,同じことに抵抗しなくちゃいけないんだ。おれがずっと『ゲット・アップ,スタンド・アップ』と歌っても,みんなは立ちあがらない。それでもまだ『ゲット・アップ,スタンド・アップ』と,やらなくちゃいけないのかい? おれは,同じ歌をくりかえして歌うつもりはない・・・・・・囚われ人にはなりたくないんだ。(p144)

2014.12.07 マイケル・ホワイト 『ジョン・レノン』

書名 ジョン・レノン
著者 マイケル・ホワイト
訳者 乾 侑美子
発行所 偕成社
発行年月日 1999.04.01
価格(税別) 2,000円

● 偕成社の世界の作曲家伝記シリーズ。ここまではクラシック音楽の作曲家だったけれど,ここから先はそれ以外のきら星のごときスターを取りあげている。
 ぼくにはまったく無知な分野なので,小学生向けの伝記といえども,読むのに少々手こずるところがあった。

● これを読んで感じたのは,ビートルズが活躍した期間は意外に短かったこと。ビートルズの4人が他に比べて傑出していたわけではなかったらしいということ。
 自分たちだけで成し遂げたんじゃなくて,いくつかの出会いがあって,彼らの助けがあって,結果的に音楽史に残るグループになったんだということ。
 天の時,という言葉を思いだした。

● いくつか転載。
 ジョンは,ビートルマニアの熱狂ぶりに,だんだんうんざりしてきた。ビートルズは,自分たち自身の成功の犠牲になっている,本当の自分というものを持たない,ただの「かわいい四人のモップ頭たち」なのだった。(p93)
 ジョン・レノンは,休むということができない性格だった。いつも,次の目標,より上の栄光を求めていた。ゆっくりすわって過去の栄光を楽しむ,などというのはがまんできない。このとき(映画『ヘルプ!』の撮影時)ジョンがぶつかっていた問題は,単純なものだった。ジョンの見るかぎり,自分は成功し,すべてをやってのけ,挑戦しようにも次の目標がないのだ。(p103)

2014.12.07 三浦 展 『大人のための東京散歩案内 増補改訂版』

書名 大人のための東京散歩案内 増補改訂版
著者 三浦 展
発行所 洋泉社新書
発行年月日 2011.05.21
価格(税別) 1,000円

● 本書の序文に「(旧版と)写真を並べてみて思うのは,街を壊すのは簡単だが,造るのは大変だということである」と書かれている。
 ところが,人間は壊すのが好きなのだろうな。自分で壊さなくても,東日本大震災のような災害があれば,いやでも壊されてしまう。街ははかないものっていう諦観が日本人のどこかにあるようにも思う。

● 著者の街歩きでは,同潤会のアパートや賃貸住宅がランドマーク(?)になっているようだ。何か思い入れがあるんだろうか。

● 著者は勉強もできたんだろうけど,高校生の頃から勉強だけの人ではなかった。「私は新潟県,越後高田の出身だが,音楽好きの私の好奇心を満たすには地元のレコード屋だけでは不足だった。だから私は高校時代,毎年春休みになると,東京までレコードを買い出しに行っていたのだ」(p124)という。
 ぼくはこういう人にコンプレックスを感じてしまう。レコードだろうと本だろうとスポーツだろうと楽器だろうと,勉強以外に入れこんでいたものを持っていた人には。
 文章であれ映像であれ音楽であれ,いうところのクリエイティブな業績を残した人は,そうしたそれぞれの余裕というか余力を,何かに注いでいた人じゃないかと思っていてね。
 ま,自分がそうじゃなかったからなんだけど。

● いくつか転載。
 下町情緒がどうだこうだといっても,人にとって魅力的な街というのはつまるところ色気のある街ということであり,色気というのは結局芸者さんやカフェの女給,お妾さんといった,そうしたわけありの女たちの気配が感じられる街ということなのかもしれない。(p105)
 ニュータウンというものは街にまったく色気がない。これは本当に不思議なくらいない。そこはあまりにも「健全」で,「正しく」て,父と母と子どもからなる典型的な家族ばかりがいて,芸者さんもお妾さんも母子家庭もいない。(p109)
 あまりに街に闇も日陰もないから,心の中のどんな小さな闇ですらなんだかひどい病気に見えてしまい--つまり闇は「病み」なのだ--それがどんどん沈殿して,真っ黒などろどろの固まりになってしまいそうだ。 本当の街には,人の心を汚す泥も,その汚れを流す水の流れも,同時に必要なのだ。(p111)

2014.12.06 松井忠三 『無印良品の,人の育て方』

書名 無印良品の,人の育て方
著者 松井忠三
発行所 KADOKAWA
発行年月日 2014.07.10
価格(税別) 1,300円

● 『無印良品は,仕組みが9割』に続いて本書も読んでみた。無印が持っているマニュアルについて,その効用を説いたもの。
 本書は,無印の人事について紹介しつつ,著者の意見を述べたもの。

● 入社3年目の社員に店長をやらせる。海外には何もないところに一人で行かせる,しかも,いきなり行かせる。社員とすれば,語学をはじめ,事前の準備をする時間はない。
 つまり,修羅場を体験させる。
 無印良品では,入社して三年前後の社員が店長になっていきます。 (中略)自分より年上で,自分より経験年数の多いスタッフもいます。ところが自分自身は,すべての仕事ができるようになったとは言えない状態です。 そのようななかで,どのようにリーダーシップを発揮し,現場を回していくか。 これが新入社員にとっての最大の修羅場体験になります。(p93)
 自分が務まるかといえば,今の自分では100パーセント無理。若い頃の自分だったら? やはり無理だったろうな。

● そうした修羅場体験をさせるのも,人を成長させるためだ。座学や人の話を聞く形の研修ではダメだ。
 自分を成長させるためには,どうすればいいのか。 資格をとったり,ビジネススクールなどに通う人もいますが,そういった場で身につけられる知識やスキルでは,それほど成長できません。実体験を伴っていないからです。 自動車の免許を取るとき,教習所でさまざまな理論を学び,運転の基本も学びますが,実際に上達するのは,免許を取って一人で道路に出るようになってからでしょう。(p20)
● そうした修羅場体験で何が得られるのか。つまるところ,生き抜く力,何とかする力。これさえあればどうにかなるという究極を支えるもの。それを練るには,そうした修羅場を実地に体験するしかないというわけだろう。
 どんな時代でも生き抜く力を養うには,何とかする力を磨くしかないのです。(p124)
 むしろ失敗してから生き方や働き方を変えた人のほうが,底力のある社会人に成長します。(中略)負け知らずの人より,負けを知っている人のほうが,ビジネスの世界では圧倒的に強いと断言できます。(p113)
● 無印では,全員を社長が務まる人材に育てようとしているのだろうか。新人に対してマネジメント研修も行う。
 浅く広く知識やスキルを持っている程度のゼネラリストでは通用しません。自分が本筋としてやれる仕事を二つぐらい持ち,それに関しては専門度を高めるのが理想的なゼネラリストです。 一つの分野の知識やスキルを深めるスペシャリストは,一見強いように感じますが,ともすれば自分の部署のことしか考えられない,部分最適の社員になってしまうのです。(p34)
 マネジメント,つまり経営の基礎は,普通は入社してから一〇年以上経った中堅以上の社員が教わるものでしょう。それを私たちは,入社一年半の新入社員に教えています。 なぜなら,リーダーシップはいつでも誰にでも身につけられるものだと考えているからです。(p89)
● 「リーダーシップはいつでも誰にでも身につけられるものだと」しても,リーダーはかくあるべしと固定的に考える必要はない。時と場によって,好ましいリーダーのキャラクターは違ってくる。
 とはいえ,リーダーが心がけなければならないことがらは,もちろんある。
 私はリーダーに理想像というものはないと考えます。(中略)だからこそ,自分なりのリーダーシップを見つけることが求められるのです。 リーダーに求められるタイプは,時代やその時の文化,会社の組織や性質と,あらゆる変数の中で変わっていきます。(p160)
 リーダー論やマネジメント論を求める人は多く,書籍も多く出ています。しかし,一番大切なのは「仕事にかける思い」です。(p162)
 「自分は完璧だ」と思い込んでいる人は,視野が狭くて人を受け入れられません。そして,人を受け入れない人は,人に受け入れてもらえるはずはないでしょう。そういう人がリーダーに向いていないのは,言うまでもありません。(p183)
 自分の考えを相手に伝えるより,相手の考えを受け止めるほうが重要なのです。(p118)
 リーダーと,先生などの人の上に立つ人は,似て非なるものです。先生や師匠の立場の人は,能力的にも人間的にも勝っていないと生徒から信頼されないでしょう。けれども,リーダーは完璧でなくても部下や後輩はついてきてくれます。(p184)
 上司に対して部下が進言するのは,それなりの理由がなければなかなかできないでしょう。部下の反論は聞いてみれば正しい場合が多く,もしそれが“強めの反論”であれば,相手が正しい場合が八割以上だと私は思っています。(p196)
 大事なのは小さな正論ではなく,大局観をもって物事を見るということです。「目上の人を敬うべきだ」「自分のほうが経験年数は長いからよく知っている」 そんな小さな正論をふりかざしても,部下は不満を持ち,上司について行く意欲をなくすだけでしょう。(p198)
 最近は飲み会などを苦手とし,仕事でだけ付き合えばいいというドライな考えの若者も増えています。それは最近の若者がコミュニケーションを取るのが苦手だからという理由もあるかもしれませんが,コミュニケーションの楽しさを知らないからかもしれません。 飲み会に行っても上司や先輩が仕事のグチをこぼしたり,自慢話をするようでは,聞いている側は面白くないでしょう。それで敬遠する若者も多いのではないでしょうか。 それなら,上司や先輩が面白い話をすれば喜んで参加するということです。飲み会の参加者が集まらないリーダーは,自分自身に人徳がないのかもしれません。(p211)

2014年12月8日月曜日

2014.12.06 ちきりん 『「自分メディア」はこう作る!』

書名 「自分メディア」はこう作る!
著者 ちきりん
発行所 文藝春秋
発行年月日 2014.11.25
価格(税別) 1,000円

● ブログを書けば,できるだけ多くの人に読んでほしいと思う。その極致を体現しているのが「chikirinの日記」だろう。
 できれば,あやかりたいものだ。というわけで,ぼくも本書を読んでみた。

● 以下に転載するけれども,かなり手の内を明かしてくれている。が,このようにすれば誰でも1日に万を超えるPVが付くようなブログを書けるのか。
 当然,否でありましょうね。本書には“ちきりん”さんの代表的なエントリーがいくつか併載されているんだけれども,それを読めば,問題を見つけ,それを自分なりに掘りさげ,読みやすい文章に翻案するという,技巧や戦略の前にまず要求される基本的なところをクリアしていなければならないことが,すぐにもわかる。

● メッセージを伝えるという表現が何度か出てくる。伝えるべきメッセージがあるからブログを書いている。
 ブログの起点は,「これについて書く」とか「この本を紹介する」ではなく,「このことを伝えたい!」というメッセージの発生なのです。(p46)
 “自分メディア”という以上は,この伝えたいと思うメッセージがあることが前提になる。これがなくてはメディアにならない。

● ところが,ぼくのブログが典型的にそうなんだけれども,世にあるブログの大半は,伝えるに値するメッセージを伴っていない。
 個人のログをブログという形で残しているだけだと思える。それが悪いとはまったく思わない。なにせ,自分がそうしているんだから。
 ただし,個人のログに興味を持つ人はまずいないことも知っておくべきだろう。大物政治家や人気タレントでもない限り,その人がどんな本を読んでいようが,どんな音楽を聴いていようが,ましてどんな食べものを食べていようが,自分以外の人間にとっては,徹頭徹尾,どうでもいいことに属する。

● ところどころで自身を女性に見立てた文章が出てくるんだけど,“ちきりん”さんの文章は典型的に男性のもの。

● 「小さな頃は読書家でしたが,今は月に2冊も読めば良いほうで,とても読書家とは言えません。勉強するより働くほうが好きな私は,文章に関しても「インプットよりアウトプットの方がよほど好き」なのです」(p21)と書いている。
 その2冊で1ヶ月分のエントリーができる。アウトプットに見合っただけは読んでいるよということだ。

● ブログを始める前の前史がある。小学5年のときから紙に日記を書いていた。しかも,それは行動の記録ではなく,思考の記録だったという。
 梅棹忠夫さんの『知的生産の技術』には思考じゃなくて,外形的な行動を記録しておけってことが書いてあったと思うけど,“ちきりん”さんは最初からそこに行かなかった。
 私の場合,「日記を書くためにネタを探す」という発想はありません。今日,考えたことを文字にして書き留める。それは私にとって,ご飯を食べるとか,お風呂に入るといったこととほぼ同じくらい自然な,日常の行為なのです。(p22)
 昔から私にとって日記とは「今日はこんなことを考えた」という思考の記録であって,「今日は何を食べた。今日はどこに行った。今日は誰と会った」という行動の記録ではありませんでした。(p24)
● 実名を出すべきか。“ちきりん”さんの答えは明快だ。
 ネット上で発信する人について,「実名か匿名か」がよく話題になります。ですが,実名開示にはそれなりのリスクがあるのに,当時も今も私には,実名を開示するメリットが何もありません。(p35)
 学歴や職歴,年齢や立場など,書き手個人に関する情報は,「私が考えたこと(=メッセージ)を伝えるために役立たないばかりか,むしろ邪魔になります。なんらかのメッセージを聞いた時,「それは誰が言ったのか」を気にする人は,まったく同じ発言でも,大企業の社長が言った場合と,アルバイトで生計を立てる若者が言った場合では,その解釈を変える人だからです。(p36)
● 文章についての指南。
 イメージしているのは,「飲み会で,友達に伝えたいことを一生懸命に話している私の声を書き起こした文章」なので,口語文の文章化であり,教科書的な意味での正しい日本語で書くことには,こだわりさえ持っていません。(中略) もうひとつ気にしているのは,なめらかに発音(発声)できる文章を書くことです。書籍もブログも,最後には必ず音読し,スラスラ読めるよう「てにおは」や語彙を整えます。(p48)
● 基本的な姿勢。
 結局のところコンテンツ制作者にできることは,そんなもの(ソーシャルネットワーキングサービスとのマッチングなど)に振り回されることなく,自分の書きたいことを書き続ける,ということしかないのです。(p54)
 私が目指したいと考えたのも,やたらと読者が多いブログというよりは,雑誌やCSの専門チャンネルのような「想定読者のプロフィールが,絞り込まれているブログ」でした。(p66)
 初めての読者がどの日にブログを見に来ても,「こここそ自分が読むべきサイトだ!」と感じてもらうためには,「chikirinの日記」にはいつ見ても,社会的な事象について興味深い論考が載っている。そういう状態にしておく必要がありました。そこで,それ以外の内容を「ちきりんパーソナル」に移すことにしたのです。(p74)
 「あそこに載せてもらえたら光栄!」と多くの方が感じてくださる場所を育てることこそが,私の目指すところなのです。 私が,「書籍を出すのもブログへの集客の手段」と考えている理由も,ここから来ています。著作がある,単著があるということは,リアルなビジネスの世界で信用を得るためには大変役に立ちます。 けれども本は「コンテンツの塊」であって,「発信できる場所」ではありません。ほとんどの本は出版後1年もたてば,書店では探すのも難しくなります。そんな著作を何冊も持っていることより,毎日何万人もが訪れてくれるサイトを持っているほうが,圧倒的に発信力は高いのです。(p85)
● 注意しなければいけないこと。
 ネット上での活動期間が長くなると,「ネットで話題になっていることが,世の中でも話題になっているはず」と思いがちですが,まだまだそんなことはありません。今後,新たに私のブログの読者になってくれる人,つまり,今でも新聞や雑誌,テレビなど既存のメディアのほうが,より身近であるという人たちに疎外感を与えないためには,私自身が「ネットの中の人」に染まってしまわないことが,とても重要なのです。(p95)
 盛り上がっているから,今日はこのテーマについて書くという行為は,流行っているからミニスカートをはくのと同じで,まったく主体性が感じられません。流行りモノの後追いをして短期的なアクセスを増やすより,自分が最初におもしろいトピックを発信し,他の人が自分を追いかけてくれるほうが,サイトの価値も上がります。(p97)
 反応を返してくれる人たちは熱心でコアな読者であり,強い主張を持っているので,それだけに反応していると,どんどんと狭く深く,枝葉末節に入り込むことになります。そしてそれらにひとつひとつ対応していたら,大半の読者であるサイレントマジョリティにとっては,不思議な(興味を持てない)方向に進んで行ってしまうのです。(p113)
 こうした時代に重要になるのが「オンラインでもオフラインでも,同じように言動をする」という一貫性です。(中略)私の場合は,初期の頃のいくつかの失敗から学び,本人が目の前にいたら言わないだろうことは書かない,呟かないと決め,「その人がもし目の前にいたら,きっとこういう言い方をするだろう」と思える方法で表現することにしてきました。(p124)

2014年12月6日土曜日

2014.12.04 デイビッド・ウィルキンズ 『バーンスタイン』

書名 バーンスタイン
著者 デイビッド・ウィルキンズ
訳者 大沢満里子
発行所 偕成社
発行年月日 1999.03.01
価格(税別) 2,000円

● バーンスタインになると,現代の人というイメージになる。彼の薫陶を受けた小澤征爾や佐渡裕など,日本人の現役の指揮者もいるわけだし。
 運と情熱の人だなぁ。もちろん,才能が前提にあっての運だけど。

● 絶対,ルックスもあるね。ここまでの人気をさらった理由のひとつはルックスだと思いますよ。こればっかりは,努力の及ばないところだな。

● 生命力の強さもね。このあたりが不思議でねぇ。なんでこういう人が出るんだろうか。DNAは一片たりともぼくと変わらないんだと思うんだけど(いや,一片や二片は違っているか)。
 秘訣があったら教えてほしいよなぁ。

● 彼の指揮は今でもDVDで見ることはできる。が,本書を読むにつけ,一度生で見たかったねぇ。もっとも,彼が指揮者を務めるコンサートはチケットも高額で,ぼくには手が出なかった可能性が高いけれども。
 彼が指揮する演奏を収録したCDは,マーラーの交響曲をはじめ,何枚かぼくの手元にもある。けれども,CDから得られる情報ってそんなに多くないでしょ。聴き手のレベルが低いからかもしれないけどさ。
 CDを聴いて指揮ぶりを想像できる人は,たぶんいないと思うんだよなぁ。

● あと,本書に啓発されたことは,現代音楽についての知識が得られたこと。といっても,細かいところまで触れられているわけでは当然ない。が,知識なんて少しでいい。
 バーンスタインが好んでいたというコープランドの楽曲も聴いてみよう。

● 本書は次の文章で終わる。
 ニューヨーク市は,バーンスタインの死をいたんで,コンサートをひらいた。(中略)コンサートの冒頭,オーケストラが舞台にせいぞろいすると,舞台袖のドアがひらいた。だが,はいってくるものはいない。オーケストラは指揮者がいないまま,『キャンディード』の序曲を演奏しはじめた。まるで,その場に,亡くなったバーンスタインがいて,彼の指揮にしたがっているかのようだった。(p179)

2014年12月4日木曜日

2014.12.04 番外:GOETHE 2015年1月号-愛されるオトコになる基礎講座

編者 舘野晴彦
発行所 幻冬舎
発行年月日 2015.01.01
価格(税別) 741円

● これも昔からの鉄板のテーマ。特に,最近は(というか,相当以上に前から),仕事でも女性が元気だし,文化や教養面でも女性が優位だ。女性にソッポを向かれたら,男はかなり辛い。
 それでなくても,女性は男の生き甲斐だし。っていうか,女性にモテるって,男の最大のステータスじゃないか。

● というわけで,こういう特集だと売れるだろうな。で,買って読む。読んでも何も変わらないわけだけどね。
 読み捨て。それでいいんだろうけどね。

● 特集の始めに登場するのは木梨憲武。
 長い間この世界で生きてきましたから,現場で自分が何を求められているかは何となくわかります。あとは,それを「やりすぎかな」というところまでやってみる。使われないということはわかっていても。でもそこまでやるのが自分の役割。(p54)
● 滝藤賢一も登場。「凝り固まるより,常に影響を受けることが大事」(p65)と語っている。
 そうだよなぁ。いくつになっても,影響を受けられるようでありたいね。

● 特集外の記事から転載。見城徹さんの発言。
 もしそれで結果が出ないなら,自分がラクな努力しかしていないということだと思う。自分が苦しい努力をしないと。そこまで自分を追いこめるかどうか。(p83)
 やりすぎて初めてブレーキをかけるような人でないと。僕はとにかく難しいことがやりたい。簡単なことはやりたくない。(p83)

2014.12.03 番外:mono 2014.12.16号-プレミアム文具が欲しい

編者 中山 基
発行所 ワールドフォトプレス
発行年月日 2014.12.02
価格(税別) 590円

● 100円のダイスキンと200円のPreppyで大いに満足してて,プレミアム文具がほしいとはまったく思わないぼく。
 なんだけど,こういう特集だとつい目をとめてしまいますな。

● フローティングペンが流行なんですか。そうなんですか。遊び心満載っていうか,遊び心だけでできているような製品だと思うんだけど,この雑誌の読者って20代,30代の若者なんですかね。
 フリクションも取りあげられている。これはぼくの周りにもけっこうな数のユーザーがいる。評判いいですよね。

● あと,文具店でわりと目立つのが,A4三つ折りホルダー。キングジムのオレッタですね。A4の書類なりコピー用紙なりを,三つ折りにして持ち歩くためのホルダー。こういうのが欲しかったんだよという人,けっこういそうだ。実際に製品にして見せられると,うまいなぁと思う。
 バインダーノートでもスリムサイズが売れているらしい。これには正直,食指が動かない。バインダーだと,(いちいち取りはずして書くのではない限り)筆記可能面積が小さくなる。それがスリムになったんじゃ,いよいよ書けるところが少なくなる。

● いわゆる金運カレンダーも紹介されていた。1999年に登場したんですな。その頃って,ドクターコパの“西に黄色で金運アップ”ってのが流行っていたんだったけな。
 累計販売部数が100万部に達したそうだから,それなりに売れているといっていいんですかね。今じゃ百均でも売ってるけどね。

● 文化服装学院・文化学園大学の購買部「GAKUEN SHOP」も紹介されている。オキナのプロジェクトペーパーA4・5㎜方眼に製図用のシャープペン,ホルダー型の消しゴムなど。
 書くんじゃなく描く系の人は,なるほどこういうものを使うのか。

● というわけで,15分ほど楽しむことができた。

2014.12.03 ウエンディ・トンプソン 『グリーグ』

書名 グリーグ
著者 ウエンディ・トンプソン
訳者 新井朋子
発行所 偕成社
発行年月日 1999.03.01
価格(税別) 2,000円

● ぼくには比較的なじみの薄い作曲家。一番聴いたのは「ピアノ協奏曲イ短調」。組曲「ペール・ギュント」は恥ずかしながら,全部を聴いたことはなかったと思う。

● ドヴォルザークと同様に,グリーグもまた平穏な一生を送れた人のようだ。時代が下ってくるにしたがって,作曲家もそうなるんですかねぇ。
 グリーグの場合は,いい奥さんを娶ったことでしょうね。
 グリーグ夫妻に会ったことがありますか? あの小柄なふたりほど,誇らしげな人はいるでしょうか? とても幸せそうな夫婦で,どちらも愛らしく,優しい人です。(パーシー・グレーンジャー p141)
 ひとり娘を1歳で亡くしたし(そのあとは子どもに恵まれなかった),グリーグに2,3度の浮気があったりはして,まったく波風がなかったわけではないけれども(実際,そんな夫婦は実在しないだろうしね)。

● 人を集めて楽しむことが好きだったようだ。お金には無頓着だったらしい。皇帝とか国王とかに対してもあまり畏まることのない性格だった。
 自分には音楽があって,それを恃めるからというのでもなく,天然にそういう性格だったんだろう。

● この偕成社の子ども向け伝記シリーズには大いに蒙を啓いてもらっている。本書を読んで,グリーグをきちんと聴かなきゃなと思いましたよ。そう思わせてもらえるだけでも,大いなる功徳というべきだ。
 「ペール・ギュント」は最低全部聴かなきゃな。抒情小曲集も全曲聴いてみたい。

2014.12.02 ロデリック・ダネット 『ドボルザーク』

書名 ドボルザーク
著者 ロデリック・ダネット
訳者 橘高弓枝
発行所 偕成社
発行年月日 1999.04.01
価格(税別) 2,000円

● 作曲家でドヴォルザークほど穏やかな人生を送れた人がいるんだろうか。先人のスメタナに比べても,家庭も社会的な立ち位置もずっと安定していた。
 こういうのはつまるところ運かもしれないんだけど,あまり早くから圧倒的な注目を浴びなかったからだと言ってしまうと,当を失することになりますか。
 早熟じゃなかった,才能の開花が速すぎなかったのがよかったような気がするんですけど。

● ブラームスの知遇を得たのは運。が,その運を引き寄せることができたのは,実力。

● 破滅型ではなかったのもよかった。早寝早起きの規則的な生活を続けたようだ。遊びは芸の肥やしだなどといって,遊びに淫して芸もダメにする例は,たぶん枚挙にいとまがないほどあるはずで,肥やしになったのは百にひとつか千にひとつだろう。
 つまり,そうした例は少ない。少ないからあると目立つ。そういうことなのだろう。

● 子どもの頃から蒸気機関車が好きで,アメリカに住んでいたときは蒸気船を眺めるのが好きだったらしい。そうした稚気を保持した人でもある。

● 芸術家というと,お金や地位には恬淡しているというイメージがあるけれど,それはおそらく事実に反している。第一,お金がなければ生活できないわけだから,モーツァルトもベートーヴェンもお金にはかなり執着したようだ。
 ドヴォルザークもそれは同じであったろうけど,ギラギラした感じではなかったように描かれている。そういうことも,安定感につながったかもしれない。因果が逆かもしれないけど。

2014年12月1日月曜日

2014.12.01 マイケル・ポラード 『チャイコフスキー』

書名 チャイコフスキー
著者 マイケル・ポラード
訳者 五味悦子
発行所 偕成社
発行年月日 1998.04.01
価格(税別) 2,000円

● 本書では,チャイコフスキーが人並みはずれた悲観的な性格の持ち主であったことが,しばしば指摘される。成功したあとも,「自分の才能を疑う気持ちが,頭のすみからどうしてもはなれなかった」(p141)とか,「なにかにつけて,破滅がせまっていると考えがち」(p148)であるとか。
 同性愛者であったことも与っているのかもしれない。

● 著者はかなりの諧謔家あるいは皮肉屋であるのかもしれない。その代わり,チャイコフスキーの生涯と作品を平明に俯瞰してみせてくれる。
 平明ではあるんだけど,このシリーズは小学生向けと思われるところ,これを読める小学生がいると思うと,小学生はすなわち大人だ。侮ってはいけない。

● 以下にいくつか転載。
 キュンディンゲルは,音楽を職業とするべきかどうかというチャイコフスキーの父親からの質問に,こんな意見を書き送った。「あなたの息子さんには,才能のかけらもない。音楽家の道を歩むことは,とてもおすすめできません」と反対したのである。(p20)
 チャイコフスキーの音楽が,多くの庶民的な聴衆に訴えたのは,まさにその《きまりをふみはずした》点である。アメリカでもヨーロッパでも,コンサート会場をうめるのは貴族たちではなく,ごくふつうの人たちになってきていた。(p78)
 自分と結婚したことで妻がどんな苦痛を受けることになったか,チャイコフスキーが本当に理解した様子はない。チャイコフスキーをはじめ,創造的な,才能のある人たちは,世界が自分のまわりをまわっていると考えがちだ。(p104)
 アントニーナは,チャイコフスキーと別居したのち,一八八一年に父親のはっきりしない子どもを生む。一度再婚を試みたこともあったが,これも失敗に終わる。その後,死をむかえるまでの二十一年間を精神病院の中ですごした。ロシア革命が達成される一九一七年,病院の中で,アントニーナはむなしい一生をとじる。(p113)

2014年11月30日日曜日

2014.11.28 ロデリック・ダネット 『ドビュッシー』

書名 ドビュッシー
著者 ロデリック・ダネット
訳者 橘高弓枝
発行所 偕成社
発行年月日 1998.04.01
価格(税別) 2,000円

● 昔,吉行淳之介さんの小説やエッセイや対談が好きで,読みあさった時期がある。その吉行さんのエッセイにドビュッシーは何度か登場する(ほかに,絵画のパウル・クレーも)。
 戦時中の空襲で逃げまどっているときに,どれかひとつを持ちだそうとして,それがドビュッシーのレコードだった。エボナイトのずっしりとした重さが・・・・・・,と書かれていたのを記憶している。

● 吉行さんがそうならと思って,ぼくが初めて買ったクラシック音楽のCDはドビュッシーだった。牧神の午後への前奏曲と,ほかにいくつかが収録されていたと思う。
 が,ぼくにはまるでピンと来なかった。どこがいいのかわからない,という。で,1枚のCDを最後まで聴きとおすことができなかった。

● 今でも,ドビュッシーは難解だと思っている。なぜそうなのか。本書を読むとその理由がスルスルとわかってきたような気がする。理由がわかれば対処の仕方もある。
 本当は,対処なしでスッと身体に入ってくるような感性が最初から自分にあってほしかったけど。
 何ていうのか,規則性とか体系とか整いとか,そういうものを好み,そこからはみ出たものを受け付けない,法律家的な体質があるんだろうなと自己分析。

● 巻末に,20世紀の作曲家でドビュッシーの影響を受けなかった人は一人もいないはずだとある。必ず,ドビュッシーを勉強している。
 学術的にはシェーンベルクの無調音楽なんかが注目を集めているんだろうけど,実作者に与えた影響という点では,ひとつの画期を作った人なんですかね。

2014年11月29日土曜日

2014.11.28 パム・ブラウン 『ショパン』

書名 ショパン
著者 パム・ブラウン
訳者 秋山いつき
発行所 偕成社
発行年月日 1998.04.01
価格(税別) 2,000円

● 「ショパンの曲『ポロネーズ(第十一番)ト短調』がはじめて出版されたのはまだ七歳のときだった」(p18)。
 天才はかくのごとし。モーツァルトだけじゃない。

● かといって。
 3歳や4歳でピアノを相当なレベルで弾きこなしたり,就学前に微積分の問題をスラスラ解いたりする少年が,ときどき現れる。テレビが取りあげて,話題になったりする。すげえなー,天才現るだな,と思うんだけど,こういう子が大成したという話はあまり聞かない。
 早熟ならばいいというわけでもないようだ。

● この偕成社の子ども向けの「伝記 世界の作曲家」シリーズ。ぼくにはとても手頃な読みものだ。作曲家たちの生涯や転機となったできごとがおお掴みにわかるのでありがたい。
 作品解説としても読めるのではないかと思う。

2014.11.27 石 寒太編 『宮沢賢治のことば 雨ニモマケズ風ニモマケズ』

書名 宮沢賢治のことば 雨ニモマケズ風ニモマケズ
編者 石 寒太
発行所 求龍堂
発行年月日 2011.09.01
価格(税別) 1,200円

● 宮沢賢治のアンソロジーをもう1冊。昨日読んだ『かなしみはちからに 心にしみる宮沢賢治のことば』と重複しているものがけっこうある。人口に膾炙しているものっていうか,これははずせないよなっていう決定版的なものがあるんでしょうね。

● いずれはアンソロジーではなくて,まとまった1冊を読むことになると思う。
 が,宮沢賢治ってわりと難解じゃないですか。旧仮名づかいだからとかじゃなくて。
 印象派的というか,あんまり文字の直接的意味にとらわれていてはいけないような。

2014年11月26日水曜日

2014.11.26 齋藤 孝監修 『かなしみはちからに 心にしみる宮沢賢治のことば』

書名 かなしみはちからに 心にしみる宮沢賢治のことば
監修者 齋藤 孝
写真 奥山淳志
発行所 朝日新聞出版
発行年月日 2011.06.30
価格(税別) 1,000円

● 東日本大震災が現在進行形だった時期の出版。ともあれ。名前はよく知っているのに作品を読んだことがないという作家,詩人は何人もいるけれど,宮沢賢治もその一人。っていうか,典型的な一人。
 全集が文庫にもなっているのに,手が出ない。

● 高校の現代国語の教科書に「永訣の朝」が載っていたけれども,それが唯一,ぼくが読んだ宮沢賢治の作品だ。
 そういうことではいけないとまでは思わない。縁があって読むときがくれば読むだろう。

● 今回,手に取ったのはアンソロジーであって,彼の作品ではない。が,次のような詩を読むと,圧倒されて呆然とする。宮沢賢治,享年37。
  そこらは青くしんしんとして
  どうも間もなく死にそうです
  けれどもなんといゝ風でせう

● 「監修者あとがき」によると,「賢治は大股でぐんぐんと風を切るように歩」く人だったらしい。腺病質なところがあったのかと思いがちだが,そうではなかった。

2014.11.25 網野善彦 『日本社会の歴史・下』

書名 日本社会の歴史・下
著者 網野善彦
発行所 岩波新書
発行年月日 1997.12.22
価格(税別) 640円

● 江戸末期まで。明治以降はほんとの駆け足。
 あとがきを読むと,本書は相当な難産のすえに生まれたもので,その分,著者としても思い入れの強い著作になったのではないかと思われる。

● いくつか転載。
 この時期に出現し,のちに「東山文化」として結実したいわゆる伝統的芸能は,ほとんどがこれらの被差別民と何らかのかかわりをもっていたということができる。ここにこの時期の文化を考える上での大きな問題の一つがあるといえよう。(p50)
 この時期(16世紀)には,商工業にプラス価値をおき,「農人」の営む農業を苦しみの多い生業として低く見る見方も,社会の一部にかなりの力をもつようになってきた。これは,従来の,日本国の統治者の支配を支えてきた「農本主義」的な思想とは明らかに異質であるが,真宗,日蓮宗,さらにキリスト教はこうした「重商主義」的な思想に対して肯定的で,それを支える役割を果たしていた。(p85)
 このころのポルトガル人は戦争による物の掠奪とも関連して,日本人奴隷の売買を行っており,秀吉は国内の戦争での人の掠奪・売買を禁ずるとともに,ポルトガル人による日本人売買を禁じたのである。(p106)
 禁じて,それを実効あらしめることができたのだから,当時の日本の軍事力は世界屈指のものであったはずだ。そうでなければ,ポルトガルの宣教師がおとなしく引っこむはずがない。

● 明治以降のいうなら国家の歴史観について,著者は相当な批判,不満を持っている。このあたりが網野史観の真骨頂になるのかもしれない。
 日本列島はアジア大陸の北と南を結ぶ懸橋であり,こうした列島の社会を「孤立した島国」などと見るのは,その実態を誤認させる,事実に反し,大きな偏りをもった見方であるが,明治国家のつくり出したこの虚像は,最近にいたるまで研究者をふくむ圧倒的に多くの日本人をとらえつづけ,いまもなおかなりの力を持つほどの影響力を及ぼしつづけているのである。(p153)
 海,川,山における生業や小規模な商工業はすべて切り落とされ,いちじるしく農業に偏った社会の「虚像」がつくり出されていくことになった(p154)
 日本人は,すでに北海道のアイヌの世界や「ウタキ」を信仰する沖縄に対してもそうしてきたように,水田を開拓するとともに,そこに必ず鳥居を持つ「神社」を建て,その地域の人びとにその信仰を強要したのである。 これはさきの「大和民族」の優越意識と結びついて,長い歴史と独自な文化をもつアイヌや琉球,さらに植民地とした台湾,南樺太,朝鮮半島等の人びとの固有の言語を否定して,日本語の使用を強制し,日本風の姓名を名のらせて戸籍にのせた上で,天皇への忠誠(皇民化),崇拝を強要して恬然たる驚くべき無神経な姿勢とまったく共通しており,それが第二次世界大戦-太平洋戦争を通じてはかり知れない苦痛をアジアの多くの人びとに与えた(p155)

2014.11.24 土屋賢二・森 博嗣 『人間は考えるFになる』

書名 人間は考えるFになる
著者 土屋賢二
    森 博嗣
発行所 講談社文庫
発行年月日 2007.03.15(単行本:2004.09)
価格(税別) 495円

● 男どおしの雑談。気楽で真面目な。
 電車の中で読んだ。本は家の中より外の方が読める。っていうか,家ではほとんど読む気にならない。

● 以下にいくつか転載。すべて森博嗣さんのもの。
 なにかにふれると自分でやってみたくなるという傾向があって,音楽もそうだと思うのですが,たくさん集めるよりも自分で描きたくなる。だから小説もそんなに読書家だったわけではなくて,ちょっと読んだら,書きたくなって(p24)
 サークルが必要なのは,初心者のときだけで,方向性が決まってくると不要ですね。(p117)
 他人から嫌われるのも平気ですし,あの人は僕のことを悪く思っているんじゃないかなと感じても,特に感想はない。それを正そうという気にはならない。そう思うなら離れてくれればいいやと思ってしまいます。(p129)
 人類が死滅してしまって街に自分一人になっても何十年も生きていけます。あちこちのスーパとか本屋さんに品物が残っててほしいですけれどね。そういう状況に憧れませんか?(p131)
 自分が好きになるのは良いのですけれど,好かれたいと思うのは非常に弱いとか醜いというイメージがありますね。(p140)
 学校って,片方では協調しなさいと教えて,もう片方では個性を出しなさいと無茶なことを言いますよね。その二つは反するところがある。しかし,世の中は,矛盾した両面を持っていないと成功できないようにも思います。(p145)
 日本もこれから個人的になってくるでしょう。基本的にそれは豊かだからできることだと思います。みんなが同じことをしなきゃいけないというのは,やっぱり社会が貧しくて,そうしないと不経済だったからです。(p146)
 みんなで力を合わせなきゃいけない場面になれば,人間は力を合わせますよ。(中略)明確な目的さえあれば,協力するように人間はできている。なにも目的がないときから,みんなで一致団結して声を揃えようという,今までのやり方の方がおかしかった。(p150)
 期待どおりの方が嬉しいですね。赤ちゃんにイナイイナイバァするみたいなもので,イナイイナイって言ってそのまま帰っていったら赤ちゃんは困る。イナイイナイだけでは終われないですよね。バァってあるからゲラゲラッと笑うわけです。(p157)

2014年11月25日火曜日

2014.11.23 番外:AERA '14.11.24号-整理こそ人生だ!

編者 浜田敬子
発行所 朝日新聞出版
発行年月日 2014.11.24
価格(税別) 361円

● 特集の巻頭を飾るのは佐藤可士和さんが率いる「サムライ」。この種の特集では,「サムライ」は第一ヒーローでしょうね。写真ばえするたたずまいなのがいい。
 整理をすることがまさに仕事なんです。忙しいから整理は後回し,ではない。仕事の効率を上げるために整理をするんです。(p12)
 佐藤さんは「打ち合わせ中にはほとんどメモをとらないという。その場で要不要を判断してしまうからだ」。
 記憶するのではなく,どう感じるかを大事にしています。真剣に話を聞き,観察する。強く感じたものが,プライオリティーが高いことのはずなんです。(p13)
● 成毛眞さんのインタビュー記事から。
 あらゆることのエンジンは好奇心だ。「いまやること」はひとつに絞り,おもしろいと思ったこと以外には手を出さない。飽きたらおしまいだ。(p20)
● 鈴木敏文氏の秘書,藤本圭子さんは「できない」とは絶対に言わないことを自分に課している。
 できないことをできるように知恵を出すのが仕事だと考えている鈴木に対して,口が裂けても「できない」とは言えません。(p22)
 いい秘書を持ってますよね。鈴木さんにとっても宝のはずだな。

2014.11.22 寺山修司 『両手いっぱいの言葉』

書名 両手いっぱいの言葉
著者 寺山修司
発行所 新潮文庫
発行年月日 1997.10.01(単行本:1982.12)
価格(税別) 514円

● 先日読んだ『ポケットに名言を』は著者が集めた言葉を編んだものなのに対して,この本は著者の言葉を抜粋して編んだもの。
 「413のアフォリズム」が副題。前世紀末,こういうのが流行ったことがあったのを思いだした。遠藤周作とか吉行淳之介の抜粋集を好んで読んだことも。

● こういうものからさらに抜き書きするのはいかがなものか。といいながら,いくつか転載。
 すべてのインテリは,東芝扇風機のプロペラのようなものだ。まわっているけど,前進しない(p27)
 ダ・ダ・ダ・ダーン。「このように運命は戸を叩く」とベートーベンはシントラーに語っている。だが,運命はノックしたりせずに入ってくるのではないか。と,私は思っているのだ。大仰な予告や前ぶれ,ダ・ダ・ダ・ダーンとやってくる運命のひびきは,運命そのものをつかまえた!と思いこむ傲岸さであって,ほんものの運命は正体をあらわすことなく,いつのまにか歴史を記述している。(p76)
 幸福は,デパートで売っている品物ではないから,かるがるしく大小を論じることができない。つまり,それは,「幸福の大小ではなくて,幸福について考える人間の大小」なのである。(p109)
 幸福と肉体との関係について考えることは,きわめて重要なことである。なぜなら,一冊の「幸福論」を読むときでさえ,問題になるのは,読者の肉体のコンディションということだからである。(p109)
 私は,現代人が失いかけているのは「話しあい」などではなくて,むしろ「黙りあい」だと思っている。(p117)
 私は化粧する女が好きです。そこには,虚構によって現実を乗り切ろうとするエネルギーが感じられます。(p140)
 老人にも体躯はあるが,それは肉体とよぶほどまばゆいものではない(p172)
 書物はしばしば「偉大な小人物」を作るが,人生の方はしばしばもっと素晴らしい「俗悪な大人物」を作ってくれるのだ!(p197)
 読書家というのは結局,安静状態の長い人という意味ととれないこともない(p198)

2014年11月23日日曜日

2014.11.22 網野善彦 『日本社会の歴史・中』

書名 日本社会の歴史・中
著者 網野善彦
発行所 岩波新書
発行年月日 1997.07.22
価格(税別) 630円

● 10世紀から鎌倉幕府滅亡までを扱う。中学や高校で日本史を習ったときも,この頃になると動きがめまぐるしくなってきて,面白いと思った記憶がある。
 鎌倉幕府を東の王朝として,西の天皇家を中心とする朝廷と対比する。ここまで明解に言ってもらうと,それまでモヤモヤとしていたものが氷解していくような快感を覚えた。そうだったのか,そういうことだったのか。

● 列島の内発的な変化とアジア大陸から及んでくる外発的な動きの綾もわかりやすい。読み手であるぼくの錯覚かもしれないけれど。
 視座が広い。それが著者の史観の特徴。面白いから引きこまれる。グイグイ読んでいける。

● 信西(藤原道憲)は「宋人と中国語で話ができたといわれるほどの驚くべき博識と学才をもつ人物」(p83)で,保元の乱を後白河の勝利に導いた立役者であったらしい。
 こういうことも教えてもらえる。

● いくつか転載。
 列島の東西におこったこの反乱(天慶の乱)のなかで,短期間ではあれ,京都の天皇による日本国に対する支配が分断されて麻痺し,とくに東国に独自な国家がごく短期間ではあれ誕生した意義はきわめて大きかった。新皇将門,白馬に乗る英雄将門の記憶は長く東国人のなかに生き続け,東国が自立に向かって歩もうとするときにこの記憶は甦り,それを支える役割を果たすことになったのである。(p20)
 このこと(紫式部や清少納言らが輩出されたこと)は,宮廷という狭い世界ではあれ,自らの自由な目を失わず,人間の関係を批判的に見通し,それを女性独自の文字,平仮名によって文学として形象化する力量をこれらの女性たちがもっていたことを物語っており,おそらくこれは,人類社会の歴史のなかでもまれにみる現象といえるであろう。(p30)
 太政官の事務局-官務を小槻氏,外記局の実務-局務を中原氏が世襲独占したように,官司を特定の家が世襲的に請け負う体制も,鳥羽院政期にはほぼ固定化するようになった。おのずと官職の昇進コースは家格によって定まることになったので,貴族たちはそれぞれその家格に応じて官職を請け負い,それに応じた実務を行うことをいわば「芸能」とするようになったのである。(p61)

2014年11月21日金曜日

2014.11.20 矢野直美 『ダイヤに輝く鉄おとめ』

書名 ダイヤに輝く鉄おとめ
著者 矢野直美
発行所 JTBパブリッシング
発行年月日 2010.02.15
価格(税別) 1,580円

● 今でこそJR東日本でも“グリーンスタッフ”の採用もあって,女子社員があたりまえになっているし,女性の車掌さんも増えているけれども,本書の元になった連載が始まった2006年にはまだ珍しかったのでしょうね。
 著者はカメラマンで,メインは写真。颯爽とした女性の運転士や車掌や駅員が次々に登場する。
 本書の中にも,「ちっちゃな女の子が鉄道で働いている女性を見て,かっこいいな,私もなりたいな,そう憧れてくれるようになったらいいなと思います」(p103)という発言が出てくるけど。

● 大半は文字どおり“おとめ”の年齢の女性たち。つらつらおもんみるに,女性は一生の大半をオバサンとして過ごさなければならない。その後も,長い長いオバアサンの時代が待っている。
 “おとめ”とか娘と呼ばれる期間はほんとに短いのだ。その短い時期の目一杯の輝きが溢れているという印象。

● が,すでに“おとめ”期を脱した女性も数人登場する。花の命はけっこう以上に長いのだということもわかる。

2014.11.19 パム・ブラウン 『ベートーベン』

書名 ベートーベン
著者 パム・ブラウン
訳者 橘高弓枝
発行所 偕成社
発行年月日 1998.04.01
価格(税別) 2,000円

● ベートーヴェンがモーツァルトやバッハと大きく違ったのは,彼の葬儀だ。「葬式には2万人もの人びとが集まり、死者をいたんだ。人の列が教会までのわずかな距離をすすむのに,1時間半もかかったといわれる。ウィーンはじまっていらいの大がかりな葬式となった」というのだから,モーツァルトとは対照的だ。
 時代のわずかな違いが理由かもしれない。あるいは,彼の奇行奇癖が天才のそれと認められ,愛されていたのかもしれない。

● こんな男に身近にいられたらとてももたないと思うんだけど,それでも彼は生前から協力者が切れなかった。たくまざる愛嬌があったのは間違いないんだと思う。
 実力を認められていたというだけでは説明がつかない,ベートーヴェンの不思議さだ。

● モーツァルトとの共通点は引っ越し魔だったこと。ただし,半分は家主から追いだされての引っ越しだったらしい。
 水を使えば床中水浸しにする。その水が階下にまで落ちていく。これじゃ追いだされるな。
 整理整頓がまったくできなかった。今の言葉でいえば,アスペルガー症候群を抱えていたのではないかと思えるほど。

● ふたつほど転載。
 わずか十四歳で,ルートビヒの子ども時代は確実に終わりを告げた。家族をささえるという重圧が,彼の今後の人生にずっしりとのしかかってきた。(p37)
 テレーゼはこう書いている。 「指は曲げたまま鍵盤においておくこと--この指使いを,ベートーベンからくどいくらい教わりました。ほかの教師には,指をあげてまっすぐのばしておくように,と教えられていたのですが。」 ベートーベンが生徒たちに伝授したこの技法は,ピアノ演奏に,それまでは思いもよらなかったほどの,幅広さと奥深さをあたえることになった。(p82)

2014年11月20日木曜日

2014.11.18 マイケル・ホワイト 『モーツァルト』

書名 モーツァルト
著者 マイケル・ホワイト
訳者 松村佐知子
発行所 偕成社
発行年月日 1998.04.01
価格(税別) 2,000円

● モーツァルトもまた苦難の人生。自らの性癖をもてあましていたのかもしれない。一方で,茶目っ気があって人に愛される性格でもあったらしい。ベートーヴェンはなお顕著であったのかもしれないのだが。

● いかんせん生活力がない。稼ぐんだけど,稼ぎに合わせることができない。世俗的な欲望も旺盛で,足を知るということがない。
 けれども,もしモーツァルトがそうしたことができる人だったら,果たして今に残る作品群があったかどうか。

● 天才とは危ういバランスのうえに成りたつもので,わずかでも何かが欠けていたり過剰だったり満ちていたりすると,そっくり瓦解してしまうものなのかもしれないと思った。

● 多くの作品群の中で,ぼくが最も多く聴くのはクラリネット協奏曲だ。最晩年の作品。あくまで透明で,突き抜けた明るさがあり,曲のどこを切っても高貴なるものに満たされている。
 陽気ということではなくて,明るさを突き抜けた明るさっていうか。明るさだけをどれほど煮つめたところで,突き抜けることはできないのではないかと思う。突き抜けるためには,悲しみや諦めをブレンドして,相当な葛藤を経ないとたどり着けない境地なのではないかと思うのだけれども,モーツァルトがそうした葛藤を経たのかどうかはわからない。
 それなしでポンとそこに行けてしまうのが天才の天才たる所以かもしれないんだけど,たぶんそうではなくて,苦さをタップリと味わって呻吟する時期があったのだと思いたい。

● いくつか転載。
 モーツァルトの右に出る作曲家はいない。ベートーベンは,音楽を「生み出し」た。それに対して,モーツァルトの音楽はただそれが「見出され」たのかと思うほど,清らかで美しい。あたかも,天地万物の内部に眠っていた美の一部を,モーツァルトがはじめて明らかにしたように感じられる。(アインシュタイン p12)
 生まれてはじめて深い感動を覚えた音楽が,「ドン・ジョバンニ」だった。この,我を忘れるような体験は,のちに大きな実を結ぶことになる。この音楽との出会いにより,わたしは偉大な天才のみが住む芸術的美の世界へ一歩踏みいれた。一生を音楽にささげることになったのは,モーツァルトがいたからにほかならない。(チャイコフスキー p126)
 ボルフガングが生きている間に,モーツァルトの作品の真価を認めたのは,同じ音楽家で天才のヨゼフ・ハイドンや2,3人の人たちだけだった。(イアン・マクリーン p157)

2014.11.18 シャーロット・グレイ 『バッハ』

書名 バッハ
著者 シャーロット・グレイ
訳者 秋山いつき
発行所 偕成社
発行年月日 1998.04.01
価格(税別) 2,000円

● バッハもまた生きることに苦労した。何度も職を求めて引っ越している。子だくさんだったしね。
 同時に,上役と何度も衝突している。世俗的な意味で幸せな人生だったかといえば,疑問符がつくだろう。
 が,作曲家の中でそうした幸せな人生を送れた人がいるんだろうか。

● このあたりの見方については,現在の日本人の眼にかけられている色眼鏡のゆえかもしれない。こういう人生は作曲家に限らず,あるいはあたりまえに存在したのかもしれない。

● 天才の常として,仕事ぶりは凄まじい。安楽椅子に座って,スイスイと曲ができてしまうわけではない。

● 以下に2つほど転載。
 カルル・フィリップ・エマヌエルによれば,バッハが息子たちにまず教えたことは,「鍵盤に触れる特別な方法」だった。指の動きをなめらかにし,明瞭な音を出すことができるようになるまで,数か月が費やされる。(p90)
 バッハの死語、ライプチヒでは,彼の音楽はほとんどかえりみられることがなかった。死の直後に,カンタータの楽譜の束が二束三文で売り払われ,あるソロ・ソナタの手稿にいたっては,商店の包み紙としてつかわれたという。(p158)
 これは,いつの時代でもあるんだろうね。聴衆や評論家はいつだってそうなんでしょ。その弊はぼくらも免れていないと思っていた方がいいよね。

2014年11月17日月曜日

2014.11.16 網野善彦 『日本社会の歴史・上』

書名 日本社会の歴史・上
著者 網野善彦
発行所 岩波新書
発行年月日 1997.04.21
価格(税別) 630円

● 刊行されてすぐに買ったものの,読まないままで17年。やっと読むことができた。こういうツンドク本が呆れるほどにある。

● 「はじめに」に著者の問題意識が述べられている。
 これまでの「日本史」は,日本列島に生活をしてきた人類を最初から日本人の祖先ととらえ,ある場合にはこれを「原日本人」と表現していたこともあり,そこから「日本」の歴史を説きおこすのが普通だったと思う。いわば「はじめに日本人ありき」とでもいうべき思い込みがあり,それがわれわれ現代日本人の歴史像を大変あいまいなものにし,われわれ自身の自己認識を,非常に不鮮明なものにしてきたと考えられる。
 事実に即してみれば,「日本」や「日本人」が問題になりうるのは,列島西部,現在の近畿から北九州を基盤に確立されつつあった本格的な国家が,国号を「日本」と定めた七世紀以降のことである。それ以後,日本ははじめて歴史的な実在になるのであり,それ以前には「日本」も「日本人」も,存在していないのである。
● 本書は3巻で構成されているが,近現代史は含まれない。1巻目は武士の胎動が表面化するちょっと前までを扱う。
 日本列島の外との関連に目が配られている。歴史を扱った書物で面白いと感じるのは,まず宮崎市定さんの一連の中国物だけれども,これまた中国と他との関係に目配りが利いているところから独特の説得力が生じている(ように思う)。『アジア史概説』など,宮崎さんにしか書けなかったものだろう。
 同様に,これだけ面白い日本通史を読むのは,今まであったかどうか。古代史に関しては野放図ともいえるほどに想像力を駆使したものはいくつか読んだことがあるけれど(たとえば,聖徳太子はモンゴルから来た人だと主張しているのを読んだことがある)。

● 大宝律令に関して詳しく記述している。大宝律令って,日本の国情を考えずに中国の制度を真似たもので,作ったはいいけれどもすぐに骨抜きになってしまったものだと思っていた。
 それはそうなんだけれども,しかし,大宝律令が後の日本に与えた影響は相当なものだったようだ。
 この制度(大宝律令)は,それまで口頭でおこなわれてきた命令や報告を,すべて文書によって行うことを原則とする徹底した文書主義を採用した。そのため,国家の官人になるためには,後宮に組織された女性官人の場合を含めて,文字(漢字)・文章を学び,それを駆使できなければならなかったのである。しかし,各地域の人びとの律令を学ぼうとする意欲がいかに強かったかは,この国家の周縁部である秋田城から出土した,熱心に文字の学習をしたことを示す木簡によってよく知ることができる。(中略)このように統一的な文字・文書によって運営される,硬質な文明ともいうべき律令制が列島社会を広くおおったことが,この後ながく社会に大きな影響を与えていったことは間違いない。(p115)
 文書行政がさらに徹底した結果,天皇の立場にも変化があらわれてきた。天皇自身が政治を領導するのではなく,一個の権威として朝廷に臨むようになってきたのである。(p182)
 この国家は(中略)都や畿内の貴族・官人と各地域の首長とのあいだに著しい差別を設けた畿内中心の国家だったのであり,それは地域社会そのものの否応ない反発を内在させていた。(p133)
● 日本は古来から差別が少ない国で,特に女性の発言権を認めてきたと何ヶ所かで説かれている。あわせて,壬申の乱の意義について。
 「壬申の乱」はこのように,「東国」までを広く巻き込みつつ,大海人側の完勝に終わった。そしてこのとき「東国」ははじめて自発的に大王の支配下に入ったのであり,畿内の政権の「東国」に対する支配はここにようやく安定的になったということができよう。(p104)
 大陸の国家と違って,この社会が牧畜を欠き,去勢の技術がなかったことと関連して,この宮廷には大陸や半島の国家に見られた宦官は存在せず,後宮は女性自身によって統括されたのである。(p118)

2014.11.16 寺山修司 『ポケットに名言を』

書名 ポケットに名言を
著者 寺山修司
発行所 角川文庫
発行年月日 1977.08.20
価格(税別) 400円

● 名言集あるいは箴言集。「あとがき」で著者自身が次のように述べている。
 「名言」などは,所詮,シャツでも着るように軽く着こなしては脱ぎ捨てていく,といった態のものだということを知るべきだろう。(p174)
● 「アランの「幸福論」の中から,七つも八つもの「名言」をえらび出していた十年前の私は,どこかまちがった靴をはいていたとしか思えない」(p172)とも述懐している。
 多くの人が苦く思いあたるところだろう。

2014年11月14日金曜日

2014.11.14 パム・ブラウン 『ビバルディ』

書名 ビバルディ
著者 パム・ブラウン
訳者 橘高弓枝
発行所 偕成社
発行年月日 1998.04.01
価格(税別) 2,000円

● 偕成社の「伝記 世界の作曲家」シリーズの1巻目。「バロック音楽を代表するイタリアの作曲家」が副題。そのとおりの副題だ。
 児童向けの書籍だ。そういうものは子どもが読めばいいと考える輩は(もしいれば),片っ端から豚に喰われよ。

● これを読みこなせる子どもはたいしたものだ。挿絵や写真も大人が充分に楽しめるものだ。
 代表作「四季」の解説が115ページから118に掲載されている。そういうことだったのかと初めて知った。この部分を読めただけで,本書に費やした時間は報われたというものだ。

● マイケル・タルボットの著作から引用しているところを,以下に転載。
 ビバルディの音楽から感じられるはげしい情熱の奥には,規律づくめの仕事につくことを,幼いころから運命づけられていた男の不満がこもっている。そう判断するのは奇抜すぎるだろうか? 彼の音楽の,ゆるやかなテンポの楽章の中には,表面上は満足しているようでも,実際には悩みや不安をかかえていた男の胸の内が見えかくれしていると考えるのも,とっぴすぎるだろうか?(p71)
● ただ,付き合いたいと思わせる男じゃない。成りあがりたい欲望も相当なものだったらしい。
 そりゃそうだ。後世に残る作品を生みした人間が,付き合いやすい善人だったはずがない。

2014.11.13 玖保キリコ 『電脳繁盛記』

書名 電脳繁盛記
著者 玖保キリコ
発行所 毎日コミュニケーションズ
発行年月日 1996.03.29
価格(税別) 1,200円

● 「パソコンを駆使して執筆するデジタルマンガ」ということ。手で描くより時間がかかって大変だったようだ。
 パソコンはMacintosh Quadra950。メモリは64MBに拡張してあって,編集者とのデータの受け渡しはMO。アドビのフォトショップが15万円ほどしていた。懐かしさ,満載。

● といっても,メモリが64MBでスゲーと言ってたのは,ついこの間のことのような気がする。今はデフォルトで4GBとかになっている。とんでもないことだよな。
 生意気を言わせてもらうと,ハードの急激な進歩(低価格化)にソフトが追いついていないような気もする。たしかに動画が滑らかに再生できるようになったし,同時に複数のサイトに接続して表示できるようになった。その恩恵は確実に受けているんだけれども,パソコンでできることが画期的に変わったという実感はないな。

● ソフトがハードに追いついていないんじゃなくて,ぼく自身のパソコンの使い方が,機械のスペック向上に追いついていないだけなのかもしれないけどね。
 依然として,文字ベースだからね。ぼくが今やっていることは,10年前のパソコンでも充分にできたことばかりだ。

2014.11.12 パム・ポラック&メグ・ベルヴィソ 『スティーブ・ジョブズ』

書名 ヨーロッパ鉄道旅ってクセになる!
著者 パム・ポラック&メグ・ベルヴィソ
訳者 伊藤菜摘子
発行所 ポプラ社
発行年月日 2012.01.01
価格(税別) 1,200円

● この本も再読。しかも,再読を終えてもなお,前に読んだことを思いだせない。こうした健忘症的な事象が増えているなぁ。

● 子ども向けのスティーブ・ジョブズの伝記。神は細部に宿るとすれば,当然,食い足りない。が,細部を捨てて骨格だけ残せば,この形でいいなと思う。

● 掲載されている写真が郷愁を誘うもの。昔,パソコン雑誌でみたよ,これ,っていうね。

2014年11月12日水曜日

2014.11.12 邱永漢 『鮮度のある人生』

書名 鮮度のある人生
著者 邱永漢
発行所 PHP
発行年月日 1997.03.07
価格(税別) 1,165円

● 邱永漢さんの著書は,すべて読んでいる(と思う)。小説や食味エッセイから,経済評論や利殖関係のものまで,書店の新刊コーナーで見かければ必ず買って,その日のうちに読む。ずっとそうだった。
 したがって,邱さんの本はだいぶ書棚に溜まっている。それら(邱さんの本に限らない)を処分する作業を進めている。基本,古紙回収の日にゴミステーションに持っていく。大量になる。一部は,こっそり地元図書館のリサイクルコーナーに置いてくる。

● 最近,その作業が加速している。躊躇なく捨てることができるようになった。本に投じた金額を考えない。
 よほどのことがなければ再読することはない。読んでいない本も大量にあるけれども,それらも含めて読みそうにないものはどんどん捨てよう。

● 自分が死んだあとのことも考えなくちゃいけない年齢になった。本など残されたら,遺族(=ヨメ)にとっては迷惑でしかない。人に迷惑をかけるくらいなら,自分で処分できるものは処分しておくべきだ。
 再読のための時間だってすでに限られていることを認識せざるを得ない。

● という次第でガンガン処分中。本書も捨てようとしたものなんだけど,背表紙のタイトルが目にとまった。捨てる前に読み返しておこうと思った。
 なぜ目にとまったかといえば,自分の年齢がそうさせたんでしょうね。歳をとったらどう生きるかという本だからね。

● 昔のように一気通貫では読めなくなっていた。何日間かかけてしまった。内容は明晰だし,歯に衣着せぬ潔さがあるし,読みやすい文章だから,そんなに時間がかかる理由はないんだけど。
 若い頃と違って,身に染みる度合いが大きくなっていたからかもしれない。

● まず,老いて気をつけなければいけないのは,惰性に身を任せないことだ。
 「馴れは好奇心の最大の敵」だから,日常生活の中に次々と新しい発見をするか,新しい物を探してそれを生活の中に取り入れるか,でなければ,新しい体験をするチャンスを自分でつくるかしなければすぐにも退屈してしまう。(p86)
 面倒臭がって同じことをくりかえすのが年寄りのおちいりがちな習性だが,それを意識的にやめなければ,毎日が新しい日にはならないのである。そのためには,お金を溜め込んでしまっては駄目で,毎日,努力してお金を使わなければならない。これが案外できそうでできないのである。(p213)
 その前に老年期がどういうものが,しっかりと認識しておくべきだ。
 人生は六十歳で終わりだったのが八十歳まで延長されたというが,最後の二十年を安逸に送れるという保証があるわけではない。それどころか,老後は心配事の多い,煩わしい,しかも故障続きのポンコツ人生が多いのである。(p176)
● 著者はかなり早熟の人だったようで,中学生のときにはホメロスの『オデュッセイア』やダンテの『神曲』など片っ端から読破する文学少年だったらしい。
 尋常科(七年制高等学校の中等部)の二年の時から文学書を読みはじめ,三年生の頃には,もう『文芸台湾』というオトナの雑誌の同人に名をつらね,新聞記者や学校の教師をしている連中と肩を並べて雑誌に寄稿をしていた。(p114)
 惰性に身を任せないためには,克己のほかに知性が必要だろう。その知性が老年期に突如としてわきでることはあるまいから,老年期に足を踏み入れたときには,もう勝負はついているのだろう。

● 他の職業に対する著者の味方も斬新というか,本質をついているというか,ウゥーンと唸らされる。
 著名なトーナメントには莫大な賞金がかかっているから,それに優勝するプロゴルファーを英雄みたいに扱う風潮があるが,棒で球を叩くことがどんなにうまくとも,人間として何ほどの事があろうか,と改めて考えさせられる。(p35)
 物書きは知的な作業を伴うから,頭脳の働きが鈍ると世間からお呼びがかからなくなって仕事がなくなってしまう。(中略)その点,画描きは死ぬまで絵筆を離さない人が多い。不思議と長生きするから,もしかしたら小手先の仕事ではないか,と憎まれ口の一つも叩きたくなる。(p139)
 芸術活動に従事している人でもほんの一握りの例外を除いては,ほとんどがあとに残らない仕事に一生を賭けているだけといってよい。(中略)生きている間が花で,自分の生命を賭けて仕事に打ち込むことができれば,それでよしとしなければならないのである。(p141)
● 健康に対する著者の提言。
 昔から中国では,九のつく年齢は転運,つまり運の変わる曲がり角でるといわれている。そういった意味では,四十九歳も,五十九歳も人生の曲がり角である。五十九歳の曲がり角を無事乗り切ることができたら,あと十年は健康で生きる確率が高いといわれている。(中略)六十九歳の坂はさらに一段と厳しい坂になっている。(中略)そこに至る坂がどのくらい険しいかについては実際に自分で登ってみなければわからないものである。(p155)
 「腹八分目は健康のもと」といわれているけれども,長生きをする人を見ていると,食欲旺盛で大食いの人が多い。少々くらいの暴飲暴食など気にするほどのことではないのである。つまり,丈夫な胃袋に恵まれた人のほうが小心翼々として健康に気をつけている人よりは健康に恵まれるものである。(p192)
● その他にもいくつか転載。
 自分のいままでのライフ・スタイルに限界を感じ,それを一新しようという時は,自分がこれだけは自分のものとして大事にとっておこうと思う物を真先に捨てなければならない。(p23)
 物書きにとっては異常体験が財産で,馴れ合いが一番禁物だと思ったので,文士の集まりにもほとんど顔を出さなかったし,趣味もなるべく同じでないように,と心がけた。(p29)
 人間の生きている時間は,医学の発展と共に延長されたのに,社会が人間を必要とする時間は逆に短縮されつつある。(p64)
 年をとったら,経験を積んだ分だけ賢くなるというのも嘘で,人間の才能には思い切って開花する年齢があるように思う。たとえば,先入観にとらわれず独創的なアイデアを生むのは,多分,三十歳になるまでの五年か十年くらいだろうし,経験を積んで賢くなった分だけ経験を事業や学問に生かせる年齢はせいぜい五十歳までであろう。(p118)
 うまい料理をつくったら,うまいと誉めてくれる人がいないと,料理の水準だって高くはならないのである。日本料理にしても,中華料理にしても,またフランス料理にしても,賞味してくれるそうしたパトロンがいるおかげで発達してきたものである。(p194)

2014年11月11日火曜日

2014.11.11 秋元 康 『秋元康アートのすすめ』

書名 秋元康アートのすすめ
著者 秋元 康
編者 美術手帖編集部
発行所 美術出版社
発行年月日 2012.02.15
価格(税別) 1,600円

● 月刊『美術手帖』の連載をまとめたもの。副題は「29人のゲストとめぐる美術館の楽しみ方」。その29人は次のとおり。
 高橋みなみ ヒロミ 彦摩呂 篠田麻里子 秋山成勲 大島優子
 リリー・フランキー 藤原ヒロシ 甘糟りり子 清川あさみ 岩崎夏海
 村上 隆 高岡早紀 勝間和代 藤井フミヤ 堤 幸彦 山口 晃
 サイトウ・マコト 宇津井 健 中井美穂 姿月あさと 伊藤英明 石橋貴明
 和田秀樹 藤岡藤巻 長島一茂 川島なお美 梅佳代 千住 明

● 現代美術ってこういうものなのかと蒙を啓かれたが,読み終えるのに1週間かかった。小さな本だけれども,だいぶ手こずった。

● いくつか転載。
 秋元 こういうのを見ると,改めて考えさせられますよ。アートとそうでないものの境目はどこにあるんだろうと。 村上 それはコンテクスト(文脈)がつけられるかどうかでしょ。秋元さんはアイドルをプロデュースするとき,どこを見て「いけるな」と思いますか? 秋元 ストーリーを紡ぐことができるかどうかだね。その人からたくさんのイメージが湧けば,いろんなことを仕掛けられる。つまり,深読みできる要素を持っている人がいいと思う。 村上 すごい! アートもまさに同じ。深読みしてもらえなかったら終わりなんです。(p90)
 秋元 アートとデザイン,作品をどちらと呼ぶにせよ,クリエイターとは「俺の才能を見せつけたい!」っていう人なんだね。 サイトウ つまりはエゴの塊。モノを生み出す人間っていうのは,そういうものでなくちゃ。(p132)
 何かを信じている人たちの,迷いのなさと潔さ。それが大きなエネルギーを生む原動力になる。(中略)信じることは,極めて主観的な行為です。客観的な立場にいては,「信じて突き進む」という態度にはなりえません。(p158)

2014年11月10日月曜日

2014.11.10 松長有慶 『高野山』

書名 高野山
著者 松長有慶
発行所 岩波新書
発行年月日 2014.10.21
価格(税別) 880円

● 高野山の碩学が書いた高野山の案内書,といっていいものだと思う。興味深かったのは空海亡きあとの高野山の歴史。
 なかなか創業者の志は受け継がれないものだ。高野山に限らず,どの宗団でもそうだろうし,宗教に限らず,あらゆる組織体はそういうものだろう。
 ときどき,中興の祖と呼ばれる人物が出る。奇跡を見る思いがする。

● 比叡山との比較論も若干,展開される。比叡山は山頂から巷の様子を眼下にすることができるのに対して,盆地の高野山はそうではない。たしかに高度の高い位置にあるけれども,盆地なんだから地の底でもあるわけで。
 鎌倉時代に,この(比叡山の)山上で厳しい修行を積み重ねた僧たちが,やがて山を下り,斬新な宗教理想を掲げて宗派を立て,仏教を新しい形で発展させた。 それに対して八葉の峰に取り囲まれた高野山は,そこから新たな時代思想を生み出すことはほとんどなかった。それよりも戦いに敗れ,また生きることに希望を失った人々を,思想や宗教の差別を超えて受け入れ包み込む,癒しの場として民衆の間で受け入れられてきた。(p15)
● もうひとつ転載。最近は外国人の観光客が増えていると紹介しているところから。
 高野山ではじっくりこもって,むずかしい哲学的な思索を巡らし,独自の理論を構築するよりも,無心に五感を研ぎ澄まし,宇宙の果てから忍び寄る霊気の,声なき通信を体で受け止め,身につける。こういったことに時を過ごすのにふさわしい場所だということに,改めて気づかせてくれたのも海外からの旅行者だった。(p190)

2014年11月9日日曜日

2014.11.09 山田かまち 『17歳 かまち ザ・ベスト ぼくは12色』

書名 17歳 かまち ザ・ベスト ぼくは12色
著者 山田かまち
発行所 角川書店
発行年月日 2000.12.25
価格(税別) 1,300円

● 夭折した山田さんの詩と絵を収録。小さな本。だが,中身はすごいと思った。
 ぼくには絵はわからない。わからないことについて盤石の自信がある。しかし,この絵を17歳の少年が描いたのだとすると,これはひとつの奇跡ではないか。
 技術にとどまらない。器用だなという世界ではない。何者かが住んでいるというか,宿っているというか。

● 高崎に彼の作品を展示した美術館があるという。行かないわけにはいくまい。今年中には足を運んでみたい。

● 彼の詩の一部。
   物事は語るための材料じゃない。夢中になるものだ。
   何もしゃべるな。言葉なんていんちきだ。
   詩なんか書くな。字をかくな。

2014年11月8日土曜日

2014.11.08 原田宗典 『百人の王様 わがまま王』

書名 百人の王様 わがまま王
著者 原田宗典
発行所 岩波書店
発行年月日 19980306
価格(税別) 533円

● 2つの寓話。「百人の王様」は村人のすべてが王様である村へ,旅人がやってきた。助けてくれた王様にある言葉を囁いて去っていく。その言葉が村中に伝わると,威張りあっていた村人が助け合うようになった。その言葉とは“ありがとう”だった。

● 「わがまま王」は,空も太陽も独り占めにした王様の話。大臣はすべて処刑され,住民も自殺していなくなってしまう。その前に盲目の歌姫が現れるが,彼女だけは王様から歌えと所望されても断る。
 が,その彼女も牢屋で衰弱して死んでしまう。その間際に歌の神様が王様に乗り移る。その結果,王様は先年も万年も伝い続けなければならない仕儀となる。

● もちろん,子ども向けに書かれている。挿絵も著者が描いている。

2014.11.06 中谷彰宏 『一行日記』

書名 一行日記
プロデュース 中谷彰宏
発行所 三笠書房
発行年月日 2001.01.15
価格(税別) 800円

● 昔買った本をけっこう大量に処分中。この本もその中の1冊。本というんじゃないでしょうね。読むだけなら5分もかからないからね。
 なので,処分前に再読。

● 手帳にたとえば読んだ本のタイトルを書いておこうよ。読みたい本をメモしておこうよ。行ってみたいレストランがあったら書いておこうよ。そういう勧め。

● 今から14年前はこれで1冊の本に仕立てることが許されたんだな。まだバブルの残り香がかすかにあった頃かな。
 っていうか,この体裁の本って今でもあるか。

2014年11月6日木曜日

2014.11.06 夏野 剛 『1兆円を稼いだ男の仕事術』

書名 1兆円を稼いだ男の仕事術
著者 夏野 剛
発行所 講談社
発行年月日 2009.07.02
価格(税別) 1,500円

● 熱いビジネスマンが仕事について語る。この熱さは理屈抜きで魅力的。魅力的と感じるのは,それが自分にはないものだから。
 どうしたら熱くなれるのか。ほんと,誰か教えてくれないだろうか。って,そんなことを言ってるやつに通じる日本語はないよ,と言われるのが落ちか。

● 最も強調されているのは,企業ではなく,個人の思いを込めた商品でなければならないこと。個の主張があること。
 相手の興味を引き,広く受け入れられる商品,またはサービスを提供するためには,日本の企業にもっと必要な要素があります。 それが「個人の信念」です。信念とはつまり,商品を開発した人が,その商品に込めた「思い」「哲学」「魂」のことです。(p81)
 私は,熱意や執念というものは,その商品に乗り移ると考えています。そして,消費者もそれを敏感に感じ取るものだと。 これは芸術と同じだといえます。たとえば,ピカソが描いた絵には得体の知れないパワーが備わっています。(p82)
 私はiPhoneから,ジョブズ氏の強烈な思い入れを感じます。スティーブ・ジョブズという人間が持つ信念,熱意,哲学といったものが,すべて注ぎ込まれていると感じる。(p86)
 常識の範囲内で無難なアイデアを出す。ところがこれでは,「うちの会社なら,このレベルの商品が精一杯だ」と,自らレベルを落とすことと同じなのです。もうその時点で,信念は感じられません。(p103)
●  ほかにもいくつか転載。ほとんどのシチュエーションで通用する名語録になっているはずだ。
 失敗は成功のもととはいうものの,失敗から何かを学ぶためには,その失敗と積極的にかかわっていなければなりません。最善を尽くさずに会社を潰しても,そこからは何を得ることはできないと思っていました。(p31)
 必死で勉強に明け暮れた浪人生活でしたが,勉強以外に学んだこともたくさんありました。最大の収穫は,とにかく一つのことに没頭して,それを突きつめていくと,その先に別の世界が見えてくるという事実を発見したことです。(p50)
 私は,この「花の命はけっこう長い」という言葉は,ビジネスにも通ずるものがあると考えています。それは,つまり「大きく咲いた花は長持ちする」ということです。(p63)
 仕事を仕事と割り切り,つまらなそうに淡々と業務をこなす人間からは,ポジティブな意欲が感じられず,それが周りのメンバーにも伝わると,チーム全体の士気が下がる危険性もあります。(p115)
 情報が溢れる時代にあって,方向性を合議制で決めようとするとどうなるでしょうか。合議制で決めようとすると,「議論を尽くせば尽くすほど,何も決まらなくなる」という状況に陥りかねません。なぜならば,何か新規ビジネスを立ち上げようとすると,そのメリットのみならず,リスクやリターンに関する情報も多数集まってきて,議論が硬直化する可能性が高いからです。(p120)
 最新技術を駆使した商品でも,売れないものは売れないのです。なぜならば,消費者は技術を買うのではなく,新しい価値や新しい楽しみを提供してくれる商品を買うからです。(p172)

2014.11.04 佐々木正悟 『なぜ,仕事が予定どおりに終わらないのか?』

書名 なぜ,仕事が予定どおりに終わらないのか?
著者 佐々木正悟
発行所 技術評論社
発行年月日 2014.05.10
価格(税別) 1,580円

● 巷間,時間管理を説くビジネス書は読み切れないほどにある。一番多いのは“スキマ時間活用のすすめ”だろうか。あるいは手帳術の解説書。

● しかし,そんなことをいくらやったところで,何も解決しないと著者はいう。なぜなら,時間はもともと足りないのだから。
 自身の経験を通じて私が知った究極のポイントは,「時間はないのだ」という事実が「見える」ようになることの大切さでした。私たちは「時間が足りない」「時間がない」としょっちゅう口にしていますが,心のどこかでそれを疑っています。「うまくやれば時間が足りるはず」とか「ダラダラしなければ時間がないわけではない」と思い込んでいる,または思い込まされているところがあります。しかし,時間はもともと足りないのです。(p5)
● ぼくらの時間感覚に対して,著者は次のように言う。言われてみれば,いちいち納得する。
 明らかに愚かな,明らかにバカげた,明らかにムダな行動を,そうと知りつつ,わざわざやったりはしないものです。(中略)「ある時間の使い方がムダだった」とか「もっと効率よく動けたはずだ」というのは,後からでなければわからないのです。これは大事なことです。 要するに「ムダな時間を省きましょう」といったアドバイスは,意味がないのです。“ムダ”とわかっているくらいなら,もうとっくに省かれています。(p79)
 これが「空間と家具」だと,すぐ納得されます。しかし,「時間と仕事」になると,「本気でやればできる」とか「実行時間を明らかにすればできる」とか「手帳に書けばできる」といった,意味不明の言説がまかりとおるようになります。まったく信じがたいことです。「本気で入れれば,ベッドルームに入りきらないベッドでも入れられる」とは,だれも思わないでしょう。(p126)
● 「たとえば,通勤時間がちょうど1時間だとした場合,あっさりと「よし,この1時間をプログラミングの勉強に充てよう」などと」考える。けれども,実際にやってみれば,次のようなことが即座にわかる。
 そもそも1時間の通勤時間をまるまる何かに使えるわけではない
 立ったままでできることはとても少ない
 それでも勉強を強行すると,とても疲れる
 であれば,それは諦めないといけない。
 人はしばしば,諦めるべきところで「自分の意思の弱さ」などを嘆き出すのですが,それは時間管理ではありません。「現実的に不可能で諦めたほうがいい」という事実を認識するのが,時間管理です。(p105)
● 著者の警鐘はなおも続く。
 テレビにタンスをくっつけないように,部屋をものでぎっしり埋めたら,部屋は使えなくなります。同じように,1日を活動でぎっしり埋めたら,1日は使えなくなるのです。(中略)こう考えてみると,「スキマ時間の活用」といった話が,いかに無理をさせようとしているかも明らかになります。(p128)
 「休憩」を「バッファ」(予備時間)と書き換えることは容易なことです。これを繰り返していれば,やがて「空きのまったくない物置のような空間」と変わりのない時間の使い方になります。つまり,時間は使えなくなるのです。(p130)
 なぜこんなこと(完璧主義的な仕事のしかた)をやり出してしまうかというと,「根本的に対策を打てば,その後問題に見舞われずに済む」というイメージに惑わされるからです。(中略)しかし現実には,それがかえって生産性を落とす結果になります。(p140)
 自責の念に駆られると,記憶がウソをつきます。どんなウソかと言えば,「実際よりも時間的、リソース的な余裕があったはずだ」というウソです。(p204)
● では,どうすればいいのか。タスクシュート時間術というものを提唱する。要は,時間がないことを見えるようにするということのようだ。
 1分以上かかるすべての行動を見積もりをあらかじめ出します。なぜそのようなことをするのかというと,細かくても見積もり時間がないと,「12:05に昼食に行ける(それまではいけない)」という情報が正確でなくなるからです。「終了予定時刻が正確であること」がとても大切です。正確であることによって,「今,たとえ1分でもムダにすると何が起こるのか?」が目に見えてわかるようになり,だからこそ時間を節約できるようになるのです。(p64)
 1日の時間のシミュレーションをすることです。そして,そのシミュレーションの記録を残すことです。事前にできることといえば,それしかありません。(p81)
 ポイントは,記録をつけることです。記録について明らかに言えるのは,少なくとも「想像よりははるかに客観的な実像に近い」ということです。有り体に言えば,記録のほうが本当なのです。記憶の中の自分は,ハッキリ言って虚像です。そんな虚像をいじり回していたところで,仕事が「完璧にできる」などということは,永遠に達成されるはずがないのです。(p205)

2014年11月4日火曜日

2014.11.03 中谷彰宏 『「あと1年でどうにかしたい」と思ったら読む本』

書名 「あと1年でどうにかしたい」と思ったら読む本
著者 中谷彰宏
発行所 主婦の友社
発行年月日 2013.03.31
価格(税別) 1,300円

● もう1冊がこの本。前回読んだ記憶なんてカケラも残っていない。

● いいことを言っているんだけどね。なるほどと思うことがたくさんありましたよ。
 ひとつだけ転載。
 社会人になってからも,部下と上司の関係で,もう1回反抗期が来ます。大人の反抗期は,子どもに比べて年齢差が大きいのです。(中略)40代近くになって,まだ「上司が気に入らない」「上司がバカに見える」と言っている人もいます。 これは子どもが親に対して,「わかってくれない」「ほめてくれない」「クソジジイ」「クソババア」と言っているのと同じです。社会人の反抗期をいかに乗り越えるかです。反抗期を乗り越えなければ,成長できません。(p26)
 本当にそうだろうなと思う。しかし,なかなか難しいだろう。60歳や70歳のジイサンやバアサンの中にも,乗り越えている人を見るのは稀だものな。
 ぼくも乗り越えられていないですね。全然ね。

● まぁ,完璧に忘れていたのは,もう一度読めという神さまのお導きだと思うことにする。

2014.11.03 ジェームズ・アレン 『ジェームズ・アレンの法則』

書名 ジェームズ・アレンの法則
著者 ジェームズ・アレン
訳者 ピータ・セツ
発行所 イーハトーヴフロンティア
発行年月日 2004.06.24
価格(税別) 953円

● 先月27日に読んだ『ジョブズ・ウェイ』と同じ経験を二度続けてすることになった。つまり,すでに読んでいる本をそうと知らず読み始めて,読み終えたあとでもなお,一度読んだ記憶が一片たりとも甦ってこないという経験。

● その1冊目がこの本。ジェームス・アレンの“AS A MAN THINKETH”の訳書。原文も掲載した対訳になっている。

● たぶん,アレンあたりが“引き寄せの法則”の元祖ってことになるんですかね。先日読んだ斎藤一人『神さまに上手にお願いする方法』ともかなりの程度,内容が重なる。こういうことって,洋の東西を問わず,考える人は考えるんだな。
 違いはというと,斎藤一人さんの本は小学生が読んでもわかるように,口語調というか噛み砕いているのに対して,アレンは少々ペダンチックな感じがすることくらい。どちらが難しいかといえば,噛み砕く方が難しいだろう。

● 唐突なんだけど,1997年にappleが行った“Think different”キャンペーン。この考え方もアレンが説くところに繋がるような気がする。

2014年11月3日月曜日

2014.11.01 斎藤一人 『神様に上手にお願いする方法』

書名 神様に上手にお願いする方法
著者 斎藤一人
発行所 KKロングセラーズ
発行年月日 2014.11.01
価格(税別) 1,200円

● “15分間シリーズ”と銘打たれている。文字どおり15分間で読める。

● 斎藤さん,2,3年前からけっこうきわどいことを書くようになっている。ある種の覚悟を決めたんだろうね。

● いかにいくつか転載。
 「内神さま」(一人ひとりに神が付いている)にお願いするときには,ちょっとしたコツがあります。それは・・・・・・,「なりたい状態になったつもりで感謝する」ということです。カンタンに言うと,幸せになりたい人は,「私はとっても幸せです。感謝しています」と願うのがコツなのです。いまあなたが不幸だろうが,大変な状態だろうが,そんなことは関係ありません。(p28)
 さらに,とっておきのコツをお話しましょう。「お願いする言葉は,最後に言ったことが大事」なのです。(p31)
 「自分だけが“神”だ」と思っちゃダメですよ。(中略)人は全員が“神”なんです。そこに到達すれば,あなたの人生は劇的に変わっていきます。(p55)
 神さまは,本人がやるべき「修行」を,他の人がジャマすることを嫌います。(中略)お姉さんは,弟が「借金取り」に追われていたとしても,手出しをしてはいけません。「弟は,自分がやったことに対して,ちゃんと責任を果たせる人間だ」と信じて,「弟はいい修行をしているなあ・・・・・・」と気長に見守ることです。そして,弟さんが「修行」の結果,どんな状態になったとしても・・・・・・,お姉さんは自分が幸せになることをやめてはいけません。(p65)
 親は子どもより「経験」があるので,「そんなことをすると失敗する!」とか,「そんなことをすると苦労する!」というのがわかるんですね。でも,子どもは,それをしたいのです。失敗したとしても,苦労したとしても,それを経験したいのです。(p68)

2014年11月1日土曜日

2014.11.01 内藤在正 『ThinkPadはこうして生まれた』

書名 ThinkPadはこうして生まれた
著者 内藤在正
発行所 幻冬舎
発行年月日 2011.10.27
価格(税別) 1,500円

● ぼくはThinkPadユーザーだ。何台か続けて使っているし,これいいから使ってみなよと,知人に1台あげたこともある。
 もちろん,たいした使い方はしていない。ごく平凡だと思う。ネットを見るのと文字を書くことくらい。時々,音楽も聴く。
 だから,パソコンは何だっていいんだと思う。にもかかわらず,ThinkPadを使っているのは,キータッチが気に入っていることと,デザインに惹かれていることが理由ですかね。デザインっていうか,黒一色にトラックポイントの赤の組み合わせですね。
 おそらく,パソコンに関しては,これから先もThinkPadしか使わないんじゃないかと思う。

● 最初の4台はThinkPadじゃないのを使っていた。ThinkPadって個人ユーザーではなく,法人需要を想定して生産されたようだから,わりとショップでも見かけることは少なかった。
 でも,ずっと憧れていましたよ。MacintoshのPowerBookとIBMのThinkPadには。
 それに,ThinkPadって高かったからね。フラッグシップモデルは100万を超えていたんじゃなかったか。ちょっと手が出ませんでしたよね。

● 著者によると,最初は白を考えていたらしい。「そんなとき,IBMのデザイン顧問を務めていたリチャード・サッパー氏と,コーポレートIDチームが私のもとへやってきて,「色は黒」だと言いました。色だけならまだしも,現在の角張ったデザインへの変更も求められました」(p33)ということ。
 それで良かったんでしょうね。黒と角張ったデザイン。そうじゃないThinkPadなんて,今じゃ想像できないもんね。

● パソコンの諸々の解説書や啓蒙書はだいぶ読んだ。100冊になるか,200冊になるか。その大半は処分してしまったけれども,『All about ThinkPad 1991-1998』(ソフトバンク 1998年)は手元に残してある。
 この本を見て,ThinkPadへの憧れをかきたてたんでした。あるいは,かきたてられたんでした。

● 本書は,ThinkPadの生みと育ての親とでもいうべき著者が,ThinkPadと大和研究所の舞台裏を語る的なものだけれども,外部の読者にではなく,研究所のメンバーに語っているような趣がある。これだけは言っておきたいぞ,と。

● 著者が強調しているのは2点ある。ひとつは,働いた時間の長さではなく,生産性(プロダクティビティ)を重視せよということ。ThinkPadはそのために作っているんだよ,と。
 もうひとつは,したがって,パソコンの命はあくまでスピードにあること。
 このあたりの発言を以下に転載。
 確かに日本人はよく働きます。勉強もします。夜遅くまで頑張る国民です。優秀であることも間違いありません。しかし,世界にはもっと頑張っている人たちがたくさんいて,しかももっと上手に頑張っている人たちもたくさんいます。私の心配は,いつの間にか,日本人が世界を舞台とした競争の中から脱落し始めてしまっているのではないかということです。(p5)
 たしかにそう思えましたよね。民主党政権の時代。今は,アベノミクスが功を奏してかどうか,円安株高で再び,日本人が活気づいてきた気がする。行けるんじゃないかって。
 ノートPCにはさまざまな機能が求められます。私たちがThinkPadで重視する機能も,たくさんあります。その中で,最も大切な機能は,常に「スピード」だと思っています。処理スピードはもちろん,通信のスピードも含めてのスピードです。 私がThinkPadの開発に携わってきた18年以上の歳月の間にも,何度となく「スピードはもう十分だ」という声を聞きました。私はそのたびに,こう思ってきました。「そんなわけはない」(p58)
 コモディティなパソコンによって行える仕事や作業は,やはりコモディティなレベルになってしまうということではないでしょうか。仕事がコモディティだから,パソコンに求める機能も少ないし,スピードや容量もそれほど必要ないということです。(p60)
 これは,正直,耳が痛い。ぼくの場合は,まったくそのとおり。最新型のパソコンは要らないなと思っているんだけど,自分がパソコンでやっている作業がコモディティなレベルだからだと言われれば,反論の余地はないな。
 長く働くことが偉ければ,人はプロダクティビティを気にしなくなります。これでは,国際競争に負けてしまいます。プロダクティビティを重視する人間は,早く帰りたいから,パソコンに対してもさらにスピードを要求します。(中略)ウェブのブラウズで10秒も15秒も待たされるマシンでは困ってしまうわけです。(p82)
 ある日,乗ったタクシーが別のタクシーにぶつかりそうになったのです。間一髪で避けることができて事なきを得た,その時です。二人が異口同音に同じことを呟いてしまったのです。「どうせなら,ぶつかればよかったのに。そうすれば病院で寝られた」(中略) その時は本当に疲れていたので,つかの間の世迷言だったとはいえ,それは本音だったのです。 そんな働き方は全く自慢にもならないし,よくない話です。そんな時代があったことも,自分がいわゆるワーカホリックと呼ばれる企業戦士の一人だったことも否定はしませんが,そうした働き方をもはや是認することはできません。それでは日本は決して再生などできるわけがないと思います。(p193)
 しかし。たとえばThinkPadというブランドの製品を立ちあげ,それを市場に認知させようとすれば,ITがいかに発達していようと,ぶつかれば病院で寝られたのにと呟くような,過激な(密度の濃い)長時間労働が否応なく求められる過程は避けられないんじゃないかとも思うんですけどね。

● ほかにもひとつ。
 実は私は,長年にわたって一つの間違いをしてきました。自分の後継者をつくるということは,自分をたくさんつくることだと考えていたのです。(p133)
● ところで。この本,前から読みたいと思っていて,東京に出向いた折りに,いくつかの書店を覗いて探したんだけど,全然見つからなかった。
 灯台もと暗し。宇都宮の喜久屋書店にありましたよ。