2013年11月29日金曜日

2013.11.29 久米信行 『ブログ道』

書名 ブログ道
著者 久米信行
発行所 NTT出版
発行年月日 2005.12.26
価格(税別) 1,500円

● 8年前の刊行。当時はブログに大いなる夢を持つことができた時代だったことがわかる。本書が希望もこめて予想しているようなブログの理想郷は,現時点ではきざしも見せていないように思われるし,将来もそうなるとは予想しにくい。
 個々に見れば,素晴らしいブログもかなりの数存在するに違いない。が,膨大な数のその他大勢の中に埋没しているような感じ。広がっていかない。
 ブロガーの増大に伴って質が低下することは,当然といえば当然なのだが,当時は行く末がバラ色に見える余地があったということか。下位が上位にしわ寄せされると思えたのかもしれない。

● 本書の刊行時点で著者が思い描いていたことのいくつかは,ブログよりもFacebookなどのSNSを使った方が,より実現しやすくなっている。おそらく,今ではSNSも活用されているに違いない。

● ホームページは面倒で手をだす気にならなかったし,SNSは瑣末な交流に時間を取られそうで,これまた手をだす気になれない。ブログが自分にはちょうどいい。
 FacebookやTwitterも途中経過での産物で,新しいサービスがこれからも登場するのだろうけど。

● 自分一個に限っては,ブログを通して他と交流したいとは考えていない。実際,さほど読まれていないし,多くの人に読んでもらいたいともあまり思っていない。まずは,自分のために書いている。
 かといって,こんな辛気くさい作業を自分の閉じた世界の中でやる気にはならない。わずかでもPVが付くから続けられる。ブログの効用はほぼそこに尽きる。

● とはいえ,次のような原則論は今でも拳々服膺しなければならないものだろう。
 ブログで何をどう表現するかという技術よりももっと大切なことは,「ブログの外にある現実=生き方」にあります。(はじめに)
 登るほどに迷わなくなるのは登山もブログ道も同じです。(p36)
 ブログ道の本当の目標は,「どこに至るか」よりも,「いつまで続けられるか」にあると思います。すなわち,ブログを書き続けることは単なる手段ではなく,目的そのものでもあると思うのです。(p57)
 本来,情報通信技術は,「より自由な時間と空間を生み出して人びとに提供すること」が大切な役割だったはずです。しかし,現実には,パソコンやソフト選びから始まり,その購入・設定や,使い方の習得などに,多大な時間と能力と労力を奪われてきました。(中略) わが道なき情報収集や浅薄な情報交換は,むしろ単なる時間浪費になりかねません。(中略) だからこそ,ブログ道を歩むほどに,パソコンの前に座る時間をいかに短くできるかを,真剣に考えましょう。誰かのブログを読んで批判するより,自ら行動を起こしましょう。(p59)
 ネット上の争いをよく見れば,お互いの主義主張や人柄を攻撃しているように見えて,実は,お互いの過剰な言葉に過剰な反応をしているだけの場合が少なくありません。(中略)だからこそ,誤解が生まれにくく,見て美しい「平易なひらがな言葉」を使って,優しく穏やかな口調で語ることが,より重要になると思います。(p159)
● 特に,「パソコンの前に座る時間をいかに短くできるか」が大きな課題だ。人のブログはあまり見ないんだけど,それでも自分が書くようになってから,パソコンにかかずらう時間が大きく増えた。
 その多くは無駄な時間だ。PVを何度もチェックしたりとか,自分の文章を細かく訂正し続けたりとか。こういう時間をばっさり削りたい。無駄とわかっていても,なかなか切り捨てられないでいる。

● どう書いたらいいか。決まったルールはないわけだ。書きたいように書けばいい。
 単文を重ねるようにしろ,全体をあまり長くするな,画像を入れろ,なんてのはよく言われることだ。けれども,それにしたがわなければならない理由もない。
 ただ,特定の誰か,同性の友だちでもいいし,秘かに恋愛中の彼女でもいいんだけど,その特定の誰かを措定して,彼(彼女)に語りかけるようにするといいかもしれない。不特定多数を意識するんじゃなくて。
 この話題だったら彼(彼女)はどの程度わかってくれそうか。この用語はわからないかもしれないからWikipediaにリンクをはっておこうか。そうしたことも,特定の誰かを措定した方が決めやすいだろう。

0 件のコメント:

コメントを投稿