2013年6月30日日曜日

2013.06.29 隈 研吾 『建築家,走る』

書名 建築家,走る
著者 隈 研吾
発行所 新潮社
発行年月日 2013.02.25
価格(税別) 1,400円

● 清野由美さんが隈さんにいろいろと話を振り,そのやりとりを文章化したもの。聞き語り。変な言い方だけど,たっぷり面白い。

● まずひとつ転載。
 過去の仕事を振り返ると,「表現」にこだわったものは,建築としては逆に弱いものになったように思います。何かを表現したいということより,「自分の嫌いな建築は作りたくない」という一念にこだわって,建築を磨いて,磨いて,磨き続けると,強い建築ができるようなのです。(p2)
● 日本はグローバル化について行けていないのではないかとの問題提起。いくら終身雇用が良かった,年功賃金が良かった,と言ってみたところで,日本だけがグローバル化の波から超然としているわけにはいかない。
 小泉構造改革の是非を問う論説もけっこうあると思うんだけど,あれをやっていなかったら今頃はもっと切実な事態を迎えていたような気もするんですよね。グローバル化には適応するしかない。どう適応するかだけが問題だ。
 著者は以下のように批判するんだけど,ひょっとすると,一見鈍重に見える日本の建設会社の方が賢い対応かもしれないと思ったり。急がば回れを地で行っていると見ることはできないか。もとより,意識的にそうしているわけではないだろうけど。
 韓国は日本にとって真の脅威だと思います。ここのところ,特に彼らの持っているグローバリぜーションのDNAが,経済危機を乗り越えた後に自信を得て,一挙に加速した印象があります。韓国のクライアントの自信と志の高さを前にすると,「ああっ,ぼくって日本という田舎の人間なんだな」とさびしい気持ちになりますから。(p44)
 ● 歌舞伎座をどう改修するか。プランを作ったのは著者。それにまつわる話。
 日本にも古典主義の名建築はありますが,岡田作品はプロポーションや,素材選びのセンスが他の人とはまるで違う。要するに,建築がエッチなんです。官能的なんです。 奥さんが,赤坂一の芸妓と謳われた萬龍さんだったこととも関係があるでしょう。(中略)そういう女性と添い遂げたというだけで,岡田信一郎はすごいと思います。(p51)
 生き物は,どんなに長い目で物を見ようとしても,結局は自分の生きられる短い時間のことしか考えられない弱い存在です。その短い時間を基準にして,いいとか悪いとかをつぶやく。それが自分自身を含めての,生き物の宿命です。(p65)
 今は,場所の固有性がそれぞれに際立つ時代で,「場所」の意味する範囲が刻一刻と小さくなっている感じなんですね。(p70)
● 特に集合住宅を所有の対象にしたことが,都市政策の最大の失敗だと著者は看做す。それと,リスクを取らない日本社会の閉塞感について警鐘を鳴らす。管理社会が行きつくところまで行くとこうなる,っていうかねぇ。
 ひょっとすると,日本人はとんでもなく図々しくて,かつ,人がいいのかもしれないね。自分の安全を他人に守らせて恥じないわけだし,誰かが守ってくれると信じているんだろうから。
 「私の家」を持ちさえすれば一生の安心,という住宅ローンのシステムを発明したアメリカは,それをエンジンにして20世紀資本主義を牽引しました。しかし皮肉なことに,その幻想が一番うまく効いてしまったのが,戦後から今に至るまでの日本だったのです。「私の家」をめぐる幻想は,住宅ローンによって一生を会社にしばられるサラリーマンと,家に閉じ込められた専業主婦を生み出しました。 ぼくの20世紀批判も,コンクリートのモダニズム批判も,すべての始まりはぼくの母親の姿にあります。家で一人,淋しくしていた母親です。(p103)
 サラリーマンに大金を渡すと,昔の成功例をコピーするだけなので,結局,失敗します。高度成長の時代には,成功をコピーすれば成功するという図式も成立しましたが,情報が一瞬に行き渡る21世紀の世界では,昔の成功とは即,今の失敗なんです。(p110)
● 人生観,人生戦略,仕事観,仕事に対する姿勢や方法論を語る。
 人のせいにするのが上手な人は,そもそも建築という仕事には向いていません。敷地が悪い,クライアントの趣味が悪い,頭が悪い,金がない,近隣の住民がうるさい---人のせいにするネタは,無限に見つかります。でも,その「人のせい」がすべて,ほかにないユニークな建築作品を作るためにきっかけになる,ということが身に染みてわかれば,状況は俄然,変わってきます。(p142)
 これって,建築に限らず,たいていの仕事は同じでしょうね。この境地に至れればすごいことだ。著者は体験を通じて身体でわかっている。
 誰でも体験は否応なくすることになるんだけど,そこで浅く達観しちゃうんだよね。ここへは至れないんだなぁ。

● 東日本大震災を受けて,著者が感じたことは。
 ぼくが最もショックを受けたのは,高台にある住宅街から,被災した市街地を見下ろしたときです。高台では典型的な20世紀型の住宅が何事もなかったかのように並んでいる。道路にはヒビさえ入っていない。でも,そこから下をみると,都市そのものが赤茶色の破片へと徹底的に,完全に粉砕されている。そこには激しいギャップがあり,すべてが非連続でした。(p165)

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