2013年12月31日火曜日

2013.12.31 養老孟司 『まともな人』

書名 まともな人
著者 養老孟司
発行所 中公新書
発行年月日 2003.10.25
価格(税別) 700円

● 「中央公論」に連載された時評をまとめたもの。連載は2001~2003年。今となっては昔。当時,大きな問題になっていたのは教科書検定,ニューヨークの世界貿易センタービルを舞台にした自爆テロ,オウムのサリン事件,地球温暖化など。
 が,そういうこととは関係なく,今でも面白く読める。

2013年12月30日月曜日

2013.12.30 番外:栃木の一流店大図鑑2012

編者 石川高恵
発行所 株式会社プロジェクト
発売年月日 2012.03.22
価格(税別) 648円

● 作成する側が,栃木県のこれが一流店だと考えたところを取材したのではなくて,広く声をかけて,応じてくれた店や会社を掲載したもの(だと思う)。当然,お金を取って載せているんだろうから,態のいい広告集のようなものだ。

● こういうものは他県の人が見るとは思えないから,栃木県限定販売のはずで,そうすると,読者は地元民に限られる。なんでこれが一流なの,おかしいんじゃないの,というところも,まぁ,ありますよねぇ。
 ちなみに,発行元は群馬県の会社。

● 結局,この種のもので,県域限定版を作るのは無理なのかもね。天鷹酒造,二期倶楽部,日光金谷ホテルといった地場モノもあるんだけど,そういったものだけで一冊を編むのはなかなか大変だろう。
 とはいっても,最近,2014年版が出たようだ。がんばってるなぁ,群馬県の会社。

2013年12月29日日曜日

2013.12.29 番外:美食倶楽部 日本一美味しい郷・栃木 心躍らせる珠玉の店50撰

編者 大兼一浩
発行所 新朝プレス
発売年月日 2011.11.25
価格(税別) 1,124円

● 宇都宮のタウン誌「monmiya」の別冊。2009年に初版が出て,2年ごとに新版を出している。最近,第3版が出たけど,ぼくの手元にあるのは第2版。
 「日本一美味しい郷・栃木」っていうのは,いくら何でも看板に偽りありだろうけどさ。

● このガイドブックに紹介されている店の中で,バカ高い料金を取る店はない。あたりまえだ。そんな店は栃木じゃ成りたたない。
 社用の接待だってあんまりないだろう。ゆえに,紹介されている店のほとんどは,個人が自分のお金で行くところだ。ほんのり大衆性をまとうことになる。

● ぼくが行ったことのある店もいくつかある。
 「オトワレストラン」の音羽和紀さんは,「オーベルジュ」の創設者。宇都宮では(たぶん)最も知名度の高いレストランだった。ぼくも高校の友人に教えられて,彼と行った。以後,何度か行った。ぼくが行くくらいだから,お安かったですよ。
 それ以前,同じ友人に「浪漫洞」に連れて行ってもらい,これが事実上,ぼくの遅いレストランデビューとなった。その「浪漫洞」はとっくになくなった。

● 烏山のはずれにある「ステーキハウス クローバー」は今でもお世話になっている。旨ければ辺鄙なところにあってもお客は来る,という典型例だね。
 ちょっと行けば茨城県という立地もあって,駐車場には水戸ナンバーの車も多い。

● 反面,ちょっとどうなのよと思った店も載っている。「テーブルのお客さま一人ひとりのことを思いながら,心をこめて調理しています」などと紹介されていたりする。ウソこきやがれ。

● 食べもの屋の難しいところは,どうしたって飽きられてしまうことだ。それ以前に,作る側が飽きてしまうこともあるようだけど。
 食材や味そのもののはやりすたりもあるだろう。たとえば,ラーメン。まだ濃厚なのが主流だけれども,以前のアッサリに戻りそうな気配も感じる。
 このガイドブックにある店のすべてが,現在でも健在なのかどうか。おそらく,そうではないと思う。

● ところで。自分のお気に入りは,こうしたガイドブックじゃなくて,自分の足で探すものだろう。
 そうしてできたお気に入りが,ぼくにもいくつかある。当然だけど,誰にも教えない。ただ,地元の人はたいてい知ってるわけだけどね。

2013.12.29 番外:自遊人2014年2月号-ラグジュアリーの再定義 「プライスレス」な宿

編者 岩佐十良
発行所 自遊人
発売年月日 2013.12.26
価格(税別) 743円

● 「ラグジュアリーを求める客層に,自宅を超す客質の快適性を提供するのには無理があります。霜降り牛肉も高級ワインもたしかにラグジュアリーかもしれませんが,それらは旅先でなくても得られるものです」(p22)といったあたりから,ラグジュアリーを考えてみようという特集。
 というよりは,編者らがこれだと思うものを具体的に紹介して,その経営者とインタビューを試み,それらを掲載している。

● 具体的に紹介されているのは次のようなホテルや旅館。
  二期倶楽部
  俵屋旅館
  星のや
  西穂山荘
  寝台特急トワイライトエクスプレス
  福地温泉

● 転載をふたつ。
 自然と戯れるには成熟した知性が必要です。(二期倶楽部・北山ひとみ p30)
 日本におけるラグジュアリーを考える時に“豪華”という西洋的な感覚は合わないのではないかと考えています。日本のホスピタリティ,おもてなしには“上質”という言葉がしっくりくる。星のや・星野佳路 p44)
● そういえば,「二期倶楽部」は栃木県那須にあるのだった。すぐ近くに,旅館の「山楽」もある。どちらも栃木県きっての“高級”ホテル,旅館だ。
 こうした“高級”というのは,それ単体では成立しないのじゃないかと思っている。いくらハードに贅をこらし,スタッフを教育し,腕っこきのコックを集め,金に糸目をつけずに食材を揃えたところで,たぶん,うまくいかないのじゃないか。
 それが建つ場所の問題がある。“高級”は場所を選ぶのだ。場の助けがあって,初めて“高級”が“高級”として存続できる。
 「二期倶楽部」も「山楽」も,御用邸があるエリアにある。御用邸あっての「二期倶楽部」であり「山楽」であるのだ。
 ここにあるから,「二期倶楽部」は「二期倶楽部」でいることができる。「山楽」が「山楽」でいられる。他所ではダメだろう。

● 「二期倶楽部」も「俵屋旅館」も憧れですね。一度は泊まってみたい。同時に,自分のような者が足を踏み入れてはいけないところだとも思うんだけど。
 料金はびっくりするほど高くはない。1泊2食付きで,「二期倶楽部」は4万円,「俵屋旅館」は5万5千円程度のものだ。どうにかできない額ではない。
 おそらくだけど,実際に行ってみれば,なんだこんなヤツも客になっているのか,って思うに違いない。自分で勝手に敷居を高くしててもしょうがないやね。

● とはいえ,勝手にイメージをふくらませて,それに相応しくなれるまで我慢しようというのも,イメージの使い方としては悪くはないかもしれない。

● 「自遊人」って雑誌,金沢倶楽部から出ていた「TOKIO STYLE」にテイストが似ているような気がする。

2013年12月28日土曜日

2013.12.27 清水玲奈 『世界の夢の本屋さん3』

書名 世界の夢の本屋さん3
著者 清水玲奈
発行所 エクスナレッジ
発行年月日 2013.11.21
価格(税別) 3,800円

● シリーズ3冊目。メキシコシティ,サントリーニ,ミラノ,ポルト,リスボン,パリ,ハンブルク,ベルリン,ヘルシンキ,コペンハーゲン,オスロ,ロサンゼルス,サンフランシスコ,ニューヨーク,オハイ,シアトル,アニック,ヘイ・オン・ワイ,ロンドンと,中北米・ヨーロッパの31の書店が紹介されている。
 本屋(の写真)を通して世界旅行するといった趣のガイドブックですか。パラパラとながめていると楽しい。

● いくつか転載。
 メキシコ人の平均読書数は年間一人0.5冊で,電子書籍の普及も遅れています。(カフェブレリア・エル・ペンドゥロ p13)
 一度読書の楽しさを知れば,あとはいくらでも読みたくなります。だから,子どもに本の世界を教えてあげるのはとても大切ですし,私は読書が苦手という人が店に来てくれたときこそ,何とか夢中になれる本に出会ってもらおうと,全力を尽くします。(アーノルド・ブスク p109)
 ぼくのムスコに教えてやってもらえないだろうか。まったく本を読まない子ども(っていうか,もうハイティーン)なのでね。
 これは親にはできなそうなんだよね。他人じゃないと効き目がない。
 お客さんは年齢層も階層も幅広く,1ドルの古本で真剣に悩む人も,どんな本でも値段を見ないで買う人もいます。僕が何よりも大切にしているのは,すべてのお客さんと友達になること。(ラスト・ブックストア p130)
 本好きだったら,たとえ値段は1ドルであっても真剣に選ぶよね。お金のあるなしにかかわらずね。

2013.12.26 養老孟司 『超バカの壁』

書名 超バカの壁
著者 養老孟司
発行所 新潮新書
発行年月日 2006.01.20
価格(税別) 680円

● 身の上相談を「編集部の人がまとめて,それに答える形で作ったのが,本書である」。

● 以下に転載。
 仕事というのは,社会に空いた穴です。道に穴が空いていた。そのまま放っておくとみんなが転んで困るから,そこを埋めてみる。ともかく目の前の穴を埋める。それが仕事というものであって,自分にあった穴が空いているはずだなんて,ふざけたことを考えるんじゃない,と言いたくなります。 仕事は自分に合っていなくて当たり前です。(p19)
 本当に大切なのは先見性ではなくて普遍性なのです。その人が普遍性を持っていたらいつか時がくる。その人に合った時代が来るのだと思います。無理やり新奇なことをやろうとするのではなく,できるだけ普遍性を目指したほうが,結果的に先取りになっていることがある。(p31)
 大事なのは脳をどういう状態に置いてやるかなのです。だから身体を変な状態に置いたり,極限状態に置いたりすれば,人間というのはすぐ狂うし,とんでもなかう悪いことをする。(p41)
 免疫学者の多田富雄さんは「女は実態だが,男は現象である」と言いました。これは男女の違いを実によく言い表した名言だと思います。これに尽きるといってもいい。 言い換えれば女のほうが無意識に基づいて行動するということです。身体に基づいているといってもいい。男の方が意識中心で,頭でっかちになりがちです。(p61)
 自分の筋というものにとらわれると損をします。自分に対する自分の意見なんて,自分に対する他人の意見よりもはるかに軽いことが多いのです。そんなことに深刻になっているのは,若い証拠です。そういうときなんか,自分はないと思っているのがいい。「私は人の言いなりです」でいいのです。(p185)

2013.12.24 養老孟司 『バカの壁』

書名 バカの壁
著者 養老孟司
発行所 新潮新書
発行年月日 2003.04.10
価格(税別) 680円

● 10年前に出版され,400万部のベストセラーになったことは,もちろん知っているけれども,それを初めて読む機会を得た。
 充分に面白かった。でも,「ああ,面白かった」で終わってしまうのが,読書というもの。

● 以下に転載。
 私自身は,「客観的事実が存在する」というのはやはり最終的には信仰の領域だと思っています。なぜなら,突き詰めていけば,そんなことは誰にも確かめられないのですから。今の日本で一番怖いのは,それが信仰だと知らぬままに,そんなものが存在する,と信じている人が非常に多いことなのです。(p21)
 サラリーマンというのは,給料の出所に忠実な人であって,仕事に忠実なのではない。職人というのは,仕事に忠実じゃないと食えない。(p160)
 意識的世界なんていうのは屁みたいなもので,基本は身体です。それは,悪い時代を通れば必ずわかることです。身体が駄目では話にならない。(p170)
 学者はどうしても,人間がどこまで物を理解できるかということを追求していく。言ってみれば,人間はどこまで利口かということを追いかける作業を仕事としている。逆に,政治家は,人間はどこまでバカかというのを読み切らないといけない。(p182)
 原理主義が育つ土壌というものがあります。楽をしたくなると,どうしても出来るだけ脳の係数を固定化したくなる。(中略)それは一元論のほうが楽で,思考停止状態が一番気持ちいいから。(p198)

2013年12月26日木曜日

2013.12.22 番外:文具自慢

編者 秋葉俊二
発行所 扶桑社
発行年月日 2014.01.01
価格(税別) 790円

● 文具を対象にする雑誌が増えたし,普通の雑誌でも文具特集をしばしば組んでいる印象がある。けれども,ぼく一個に関しては,文具への関心は薄れる一方だった。

● 理由ははっきりしていて,ワープロ,パソコンの普及にある。ペンでノートに何かを書くっていうそれ自体が生活から消えてしまった。
 文章はパソコンで書く。メールとかLINEも使っているけれど,それはスマホで書く。手紙なんかまったく書かなくなっちゃった。

● ところが,今年の6月からノート+ペンを復活させた。パソコンから少し離れてみることにした。こうしてブログなんか書いているんで,まったくアナログに戻ったってことではないんだけど。
 そうすると再び,文具への関心が少し湧いてきたような。

● 若い頃の文具ってのは,恥ずかしながら,ステータスシンボル的なものでしたね。モンブランやクロスの万年筆とかボールペンとか,とにかく飾るために持つ的な。アクセサリーとしての文具っていうか。
 その姿勢って,完全には葬り去れないと思うんだけど,只今現在は実用で選んでいる。

● といっても,ノートとボールペンだけなんですけどね。ノートは無印良品の「開きやすいノート A6・横罫・96枚」。300円。それにコレクトの1,100円のノートカバーを被せて使用。表紙が厚いのと96枚の厚さが気に入っている。つまらぬことをウダウダと書くので,ある程度のボリュームがあった方がいい。
 ボールペンは三菱のジェットストリーム。0.7㎜の黒。100円ちょっとの品ですよね。ペンはいくつか買ってためしてみたんだけど,ジェットストリームに落ち着いた。
 これだけ。あとは本を読むのに付箋を使うんで,百円ショップで購入。

● 高級品の実物をいろいろ見たければ,とりあえず伊東屋に行けばいいですな。文具好きなら豊かな時間が過ごせますよね。夢も見れるしね。
 女性が(たとえば)ティファニーを好む理由が実感できたりもする。

● 以下にいくつか転載。
 思考が残らないほうが良いものはパソコンでって考え方ですね。(中略)悩んだ軌跡が残せるのは手書きの良いところだと思っています。(宇田丸 p17)
 スクラップしても,いらないと思った時点でそのページは破って捨ててしまい,だいたい1~2週間で一冊使い切ります。その間に具体化しないということは,もうその企画は死んでいるということ。そのくらいのスピード感でやらないと,おもしろいものは生まれてこないんです。(テリー植田 p64)
 顔もファッションも完璧な男性がいても,文具がノベルティだったら何にもひっかかりません。別にモンブランのペンを揃えてほしいということじゃないんです。ほんのちょっとのこだわりが,その人の奥行きを感じさせるんです。(菅未里 p71)
 彼女は文具ソムリエと紹介されている人。職業がらそう言いたくなるのはわかるんだけど,ついでにいうとそういうことを言いたがる女の人ってけっこういるんじゃないかと思うんだけど,実用に徹すると,ノベルティを排除する理由はないことになる。
 ぼくの場合も,いくつか試してみて,最終的に残ったジェットストリームの0.7㎜はノベルティだったんですよ。最後に試せたノベルティ製品がとても良かったんですね。自分で買った0.5㎜と芯を入れ替えて使っているけどね。

● 文具が好きすぎてつくっちゃいました,っていう紹介記事もある。
 宮坂弥さんの「伊葉ノート」は面白いと思った。開くと四角ではなく扇形になる。人間工学的には合理的なんだろうね。でも売れないだろうな。保存に不便だから。
 佐川博樹さんの「スライド手帳」も工夫の一品。ページをめくるのが煩わしい,だったらスライドさせればいいじゃないか,と。でも,やはり売れないだろうな。これ,システム手帳なんだけど,スライドさえるためには,その都度リングを開かなくちゃいけない。ページをめくった方が早くないですか。

2013.12.22 番外:別冊宝島2105号-成果を出している人がやっている超手帳術2014

編者 井野良介
発行所 宝島社
発行年月日 2014.01.12
価格(税別) 933円

● 43人の手帳とその使い方をインタビューして掲載。かなりの力作だと思う。

● どんな手帳を使うか。どう使うか。人の数だけ答えがある。
 忙しい人と暇な人(正確にいうと,自分は暇だと思っている人はいないもので,忙しいと思っている暇な人,ということになる),男性と女性,営業職と事務職,学生と社長さん,その他,その他。それぞれ,違って当然だもんね。

● しかし,なんですね,手帳を使いこなすっていうのは,幻想ですかねぇ。ここに登場する人たちも,まだまだ工夫の余地があると思っているんだろうなぁ。
 完成形はないものでしょうね。むしろ完成を目指してはいけないものですか。ほどほどのところで良しとしておかないと,労力が効果に見合わないものになる。完全指向はストレスを産むだけでしょうかね。

● ぼくは,ずっと「Bindex」のウィークリーを使用している。管理を要するほどのスケジュールは抱えていない。いわゆるログを記録している感じ。
 いまどきだと,たいていのところでは,ネット上に自社用のグループウェアを用意しているだろうから,基本,それを使うことになるし。

● 手帳とは別にノートも携帯している。だったら,手帳は要らないかなと思うことはある。スマホも使ってるんだから,デジタル化しちゃってもいいよな。
 ところが,そうはいかない。紙の一覧性,取り回しのしやすさ,機動性は,たぶんデジタルをしのぐだろう(デジタル化したことがないから,比較はできないんだけど)。

● 紙の手帳で唯一心配なのは,生前に処分できるかってことだけだ。手帳,ノート,蔵書。そういうものは遺族に残しても迷惑なだけだと思っているので,生きてるうちに処分しなきゃいけないんだけど,どうもできる自信がない。

2013.12.22 番外:東京カレンダー2014年2月号-男を上げ,男を磨く 格上ホテル活用法

編者 大槻 篤
発行所 東京カレンダー株式会社
発行年月日 2013.12.21
価格(税別) 476円

● 日本最大の観光地は東京だ。京都でも奈良でも日光でもなく,東京。それは定期観光バスの乗客数に明瞭に現れる。「はとバス」はすごい。よそが束になってかかっても,足下にも及ばない。「はとバス」の営業努力ももちろんあるんだろうけど,舞台がすごいからだろう。

● のみならず,ホテルも東京に一極集中。であれば,日本最大のリゾート地も,おそらく東京なのだろう。
 ゴルフ三昧とかマリンスポーツとか,いろんなリゾートがあるんだろうけど,アーバンリゾートと称されるものがリゾートの大宗になっているっぽい。であれば,水準の高いホテルが集中している東京は国内リゾートのメッカだ。

● 香港,シンガポールは東京以上か。ぼくのわずかな経験によると,否。東京がいい。最大の理由は,日本語が通じることだ。
 それに,同じブランドのホテルでも,東京の方がサービスのきめが細かいように思える。こちらも日本人だからか,スタッフの気働きが素直にすごいと思えることが多い。

● その都内のホテルを特集。格上ホテル活用法と銘打っているけれども,格別の活用法が披露されているわけでもない。いくつかのホテルのいろんな場所をラグジュアリーな写真でご紹介。
 ついでに,それに合うような車や靴や服や腕時計をご紹介。当然,これらのメーカーからお金がでているんでしょ。
 それらの写真をパラパラとながめてため息をつくのが,本書の活用法。

● 美人ドックなんていうプランもある。美容クリニックの施術が受けられる。2泊3日で,363,450円。ぼくにはお金を捨てているとしか思えないんだけど。
 正月の高級おせちも,何だこりゃっていう値段。自家消費ではなくて,誰かとの会食で使うんですか。もっと活きたお金の使い方しろよ,って思うんですけど。世の中にはお金持ちがいるもんですな。
 っていうかさ,お金持ちってこういうところに行くんだろうか。行かないような気がするなぁ。お金持ちになってみたい貧乏人が行くんじゃないの。
 ホテルとか車とか,高級と名のつくものも,正真正銘のお金持ちしか相手にしないのでは,さすがに商売が成り立たないだろう。貧乏人にローンで買わせないと。商売は貧乏人を相手にした方が儲かりそうだし。

● というわけで,こういう雑誌を買うのも,一般大衆ということになる。高級なるものに対して,実態以上の幻想を抱きがちな人たちかもしれない。って,自分のことだけど。

2013年12月25日水曜日

2013.12.21 森 博嗣 『臨機応答・変問自在2』

書名 臨機応答・変問自在2
著者 森 博嗣
発行所 集英社新書
発行年月日 2002.09.22
価格(税別) 720円

● 一般人から質問を公募して,構成したもの。前著以上に面白い。
 こういう質問をする人ってちょっとどうなのよ,と言いたくなるようなところもあってね。応募してくれというから応募しただけだ,と言いたいだろうけどね。

● でも,読みものとして充分に面白いのがこの種の本の特徴で,読んで笑っているこちらも,質問者と同じ性向と頭脳の持ち主だってこと。見る阿呆だから,踊る阿呆よりダメポなのかもしれないけど。

2013.12.20 森 博嗣 『臨機応答・変問自在』

書名 臨機応答・変問自在
著者 森 博嗣
発行所 集英社新書
発行年月日 2001.04.22
価格(税別) 680円

● 著者は大学教員時代,学生に質問を書かせていた。その場で質問を受けて答えるのではなくて,紙に書かせて,それに対して文章で答えを書く。毎時間それをやって,次の講義でそのペーパーを学生に配る。
 とんでもない労力だと思うんだけど,すべての講義でそれを実行していたらしい。

● 本書は,その中から講義内容に特化したもの(それがほとんどだったろうが)を落として,ある程度一般的なものを1冊にしたもの。
 面白い読みものになっている。名古屋大学の学生だからといって,格別に賢いわけでもないと思って安心できたり。

● いくつか転載。
 意外にも,教えることのうちの九割方は自分が学ぶことだと気づいて,わりと楽しめるかもしれないな,くらいには思い直せるようになった。逆に,人にものを教えたい人ほど,教育者には向いていないのでは,とさえ思う。(p9)
 人は,どう答えるかではなく,何を問うかで評価される。 たとえば,就職の面接で,「何か質問はありませんか?」と面接員に尋ねられたとき,的確な質問ができるかどうか,そこで評価される。(p13)
 成功するために必要なもののうち,九十九%は努力で,残り一%は才能だといいますが,先生は才能というものが存在すると思いますか? 思います。努力できることが才能。だから,成功は百%才能だと思う。才能は持って生まれたものではなく,思い立ったときに,あるいは,やる気があるときに生まれるもので,いつでも消える。自分自身をどれだけコントロールできるかが才能です。(p111)

2013.12.20 森 博嗣 『大学の話をしましょうか 最高学府のデバイスとポテンシャル』

書名 大学の話をしましょうか 最高学府のデバイスとポテンシャル
著者 森 博嗣
発行所 中公新書ラクレ
発行年月日 2005.10.10
価格(税別) 720円

● 著者がまだ名古屋大学の助教授を務めていたときに出ている本。本書で述べられていることは,大学のみならずたいていの組織にはあてはまってしまうかもしれない。

● たぶん,昔から変わっていないのだろう。組織ができると,放っておけばそうなる。組織は自分で道を造って,その上を走りたがる。これを防ぐには,相当にキャラの立ったトップが必要になるんでしょう。組織改善委員会なんてのを作って議論したところで,実際になされるのは愚論になるんだろう。

2013年12月22日日曜日

2013.12.18 茂木健一郎 『欲望する脳』

書名 欲望する脳
著者 茂木健一郎
発行所 集英社新書
発行年月日 2007.11.21
価格(税別) 700円

● 『論語』にある「七十従心」を起点にして,人生の諸相を考察する。人生というか,人生に対する個々人の姿勢について,色々と考えてみるっていう趣向。
 ただし,相当ハイレベル。読みごたえのある新書だ。ぼくにはどこまで理解できたか心もとない。

● 本書は「生命哲学」の書というのが最も適当だ。
 たぶん,大学の文学部哲学科で高じられているのは哲学史(あるいは,「哲学」学史)であって,哲学そのものは生産されていないだろう。
 哲学の新たな胎動が出てくるとすれば,自然科学の分野からなのかもしれない。

● ワーグナーの「ニーベルングの指輪」への言及が二度ある。なるほどオペラってこういうふうに鑑賞するものなのかと思わされた。
 言われてみればごもっともで,要は,ストーリーを荒唐無稽だと思ってるだけじゃ,初心者以前だってこと。ストーリーのそちこちに,象徴的な意味っていうか,寓意っていうか,そうしたものが散りばめられているんだね。

2013年12月17日火曜日

2013.12.17 伊集院 静 『伊集院静の「贈る言葉」』

書名 伊集院静の「贈る言葉」
著者 伊集院 静
発行所 集英社
発行年月日 2012.10.30
価格(税別) 850円

● 1月の「成人の日」と4月の入社式の日に,サントリーが新聞広告を出す。そこに載せた伊集院さんの文章を集めたもの。第二の山口瞳というか。
 山口さんのはリアルタイムで広告を読むことができた。ずいぶん後の方だけだけど。切り抜いて保存してあって,それは今でも持っている。

● だいぶ前から新聞は取っていないので,伊集院さんの広告は見たことがない。すべて,今回初めて目にする。

● ひとつだけ転載。
 人はこの世に生まれてきた瞬間から何にでも,どんな人にでもなれる可能性を手にしている。このことはどんな時代でも同じだ。生きる上の普遍の可能性と言っていい。君たちの夢はかなうのだ。それを信じなくてはつまらない一生になる。あきらめた瞬間から真の幸福は遠のくものだ。(p6)

2013年12月16日月曜日

2013.12.16 NHK「課外授業ようこそ先輩」制作グループ編 『見城徹 編集者 魂の戦士』

書名 見城徹 編集者 魂の戦士
編者 NHK「課外授業ようこそ先輩」制作グループ
発行所 KTC中央出版
発行年月日 2001.12.27
価格(税別) 1,400円

● 以前,NHKで放送されていた「ようこそ先輩」を書籍化したもの。一気通貫で読了。落ちこんだときのカンフル剤としては最上のものでしょう。
 この本に登場するのは小学6年生の男の子と女の子たち。今は大学を卒業して社会人になったかどうかの年齢だ。今の彼ら彼女らに,このときのことを訊ねてみたい。

● だれもが見城さんのように生きれるわけではない。なぜなら,彼ほどの欠落を抱えている人は少ないだろうから。正確にいうと,欠落を欠落と認識できる人は少ないだろうから。
 あるいは,たいていの人は小器用に世間に合わせていけるだろうから。

2013.12.14 秋田喜代美監修 『本屋さんのすべてがわかる本1 調べよう! 世界の本屋さん』

書名 本屋さんのすべてがわかる本1 調べよう! 世界の本屋さん
監修者 秋田喜代美
発行所 ミネルヴァ書房
発行年月日 2013.11.25
価格(税別) 2,000円

● 児童向けに世界の本屋を紹介。本屋って,どこの国の本屋も同じようだし,その国をその国たらしめているものが濃厚に現れているようでもある。
 つまるところ,よくわからない。

● で,旅行ガイドとしてぼくはページを繰った。本が基本的には好きだってことがあるんだろう。海外にはあまり行きたいと思っていないけれども,もし行ったときにはこうした本屋を覗いてみたい。
 外国語は読めないわけだから,何が書いてあるのかはわからないけれども,それでもそこで1時間や2時間は過ごせるだろう。

2013.12.13 養老孟司・久石 譲 『耳で考える 脳は名曲を欲する』

書名 耳で考える 脳は名曲を欲する
著者 養老孟司
    久石 譲
発行所 角川ONEテーマ21
発行年月日 2009.09.10
価格(税別) 705円

● 世の中に博覧強記の人はいるものだと思った。養老さんは何ていうのか,基礎から知ってるっていうか,根っこからものごとを見ているという印象。

● 以下に転載。まず,音楽に関する発言。
 とくにクラシックは論理性に傾いている。数学と音楽,なかでも作曲の才能が,個人のなかでもしばしば重なることは,西欧でも古くから知られたことである。(p3)
 音楽がきちんと言葉で説明できるなら,音楽は要らないんです。言葉で表現できないものを表現するために,芸術というものがある。(p33)
● あとは雑学に属するもの。ただし,ここまでくると,雑学は諸学の王ですな。
 科学の研究者でも,外国に行くと業績が上がる人が多いんです。たぶん緊張感が高いことがいい効果をもたらしているんだろうと思います。最初からテンションが上がっている。生活しているだけで,いろんな障害がありますから。(p121)
 オリンピックなんかを見ていると,水泳選手が最後のラストスパートでテンポが変わったりします。それまで三拍子のリズムだった泳ぎが,二拍子半になっているとかいう。本人は必死で努力しているつもりなんですね。だけど,実際にはむしろ遅くなっている。(中略) おそらくそういう場面というのは,「もうすぐゴールだ」と思った瞬間に,動きが変わってしまうわけです。本人は頑張っているつもりなんだけど,脳みその方が「ああゴールだ,もう済んだ」と思って締まっている。(p124)
 論理は人と共通項を持つことだということは,たいていの人が納得できます。しかし,感情だって,実は共感性が大事なんです。共感しない感情を誰かが持っていたら気持ち悪くてしょうがない。(p162)
 実際に事故の調査なんかすると,大きな事故というのは,不幸が偶然重なるものなんです。なんでこんなことが重なるんだ? ということが重なって起こる。必ずそうなんです。 歴史も僕はそうなのではないか,という気がする。この前の戦争なんかも必然性がない。偶然がぶつかり合った結果,特攻隊や原爆までいってしまった。それを筋にしようとしても無理だということです。(p166)

2013年12月10日火曜日

2013.12.10 津田大介・牧村憲一 『未来型サバイバル音楽論』

書名 未来型サバイバル音楽論
著者 津田大介
    牧村憲一
発行所 中公新書ラクレ
発行年月日 2010.11.10
価格(税別) 840円

● 「USTREAM,twitterは何を変えたのか」が副題になっている。
 CDがかつての半分も売れなくなっている。が,ライヴは好調だ。昨今ではUSTREAMやYouTubeを使って,クリエイターが聴衆に直接,語りかけることができるようになった。ならば,それらを追い風にして,今までとは違ったやり方ができるのではないか。
 かつての大手レーベルやレコード会社は,ありていにいえば,クリエイターを搾取していた。そのくびきを脱して,クリエイターが音楽活動に回す資金を確保する方法があるのではないか。
 そうした姿勢で音楽の近未来について考えている。

● キーワードは「一人1レーベル」。巻末で牧村さんが次のように発言している。これが,本書の結論といってもいいかもしれない。
 ネットは「サロン」なのですよ。大昔はサンジェルマン・デ・プレやグリニッジ・ヴィレッジに行かなければ出会えなかったことが,ネット上では日常茶飯事に起きている。そのネットの中で自分にとってのサロンを確実に見つけて,それをどうリアルに転換できるか。その答えが大きな意味でのレーベルになるのだと思います(p247)
● ネットはサロン? 本当か? 中川淳一郎さんの『ウェブはバカと暇人のもの』(光文社新書)を読んで間がないので,しかもそこで言われていることにほぼ全面的に賛成なので,ネットにそこまで楽観的でいいのかと思ってしまう。
 ネットには上質な情報があまたあることは間違いないし,そこから何を引きだすかは使い手次第だと思う。けれども,ネットはコミュニケーションには向かない。もしコミュニケーションの質を普通以上に維持したいんだったら,参加者を制限しなければいけない。
 クリエイターと熱心なファンの間には,その巧まずともその制限がかかった状態になっているのかもしれない。ネット上にサロンができているのかもしれない。

2013.12.08 島村麻里 『ロマンチックウイルス』

書名 ロマンチックウイルス
著者 島村麻里
発行所 集英社新書
発行年月日 2007.03.21
価格(税別) 700円

● 副題は「ときめく感染症の女たち」。韓流にハマッた大量の中高年女性を素材にして,なぜハマッたのか,その背景にあるものや女性のライフサイクルを絡めて,考察していく。
 んだけど,特に目から鱗が落ちたというところはなかった。

● 当時,マスコミが面白おかしく報道した内容は,当然にして過激派に偏っていたろうから,それをもって全体を推測するわけにはいかない。
 たまたまハマッたのが韓流ドラマや韓流スターであって,まったく何にもハマッていないっていう人は少ないかもしれないしね。

2013.12.08 山之内 正 『ネットオーディオ入門』

書名 ネットオーディオ入門
著者 山之内 正
発行所 講談社ブルーバックス
発行年月日 2013.10.20
価格(税別) 800円

● 副題は「オーディオ史上最高の音質を楽しむ」。
 マスターテープと同じ水準のハイレゾリューション(ハイレゾ)音源が,主にネットを介して広がる動きがあり,それを紹介する内容。
 併せて,オーディオの歴史を概観し,最近の音楽配信を解説し,オーディオ器機の組み方やパソコンの使い方を指南する。

● ぼくのように予備知識をあまり持たない者でも,それなりに楽しめる内容だった。
 ぼくは音楽を聴く時間は多い方だと思うけど,オーディオ環境は貧弱を極めている。っていうか,そもそもオーディオと呼べる環境を持っていない。これからも持たないと思う。それでも,関心はある。

● こういうのって,ほかにもあって,たとえば実際に使っているのは百数十円のボールペンなのに,高級万年筆を特集した雑誌を見るとか(買うことは絶対にない),ダイソーで売ってるノートを使っているのに,モレスキンノートの売場をウロウロするとか。

2013.12.07 三浦 展 『妻と別れたい男たち』

書名 妻と別れたい男たち
著者 三浦 展
発行所 集英社新書
発行年月日 2012.07.18
価格(税別) 720円

● アンケートや調査を実施して,そこからどんなデータを取りだすかが,じつは調査者によって多様なのだろうし,データの解釈の仕方も人の数だけあるものだろう。
 本書では,『下流社会』で知られた著者らしく,離婚問題も階層の問題だと捉える。

● 以下に,ひとつだけ転載。
 男性は相変わらず仕事中毒だし,女性にも仕事中毒や社畜たちが増えてしまった。鼻息の荒い,男勝りの女性たちが活躍する時代になった。 まあ,それはそれでいいとしても,問題なのは,仕事中毒になる適性がない,あるいは仕事中毒に関心がない男女は,しばしば正社員ではない不安定な立場に置かれるようになったということだ。(p200)
● 著者はフェミニズムなんて薄っぺらいものと思っているらしい。ぼくも同意見。そんなに単純なものじゃないよなと思う。割りきりすぎだろうっていうか。
 だいたい,威勢のいい意見は捨ててかかれ,と思っている。逡巡がない意見もダメだ。

2013.12.06 茂木健一郎 『あるとき脳は羽ばたく』

書名 あるとき脳は羽ばたく
著者 茂木健一郎
発行所 中公新書ラクレ
発行年月日 2009.12.10
価格(税別) 700円

● このシリーズ最後のエッセイ集。なぜ最後になったかといえば,連載媒体の「読売ウイークリー」が休刊(という名の廃刊)になったから。
 が,著者のエッセイは,ほかにもたくさんある。読者として困ることはない。

● 脳は暗示に弱い。成功哲学でも説かれることが多いけれど。
 脳はさまざまな性質を持っているが,とにかく「暗示」や「思い込み」に弱い。現代の脳科学によれば,脳の働きがすなわち「私」であり,脳以外に「私」の居場所はない。その「私」が,脳についてどのようなイメージを抱いているかで,脳自体の働きが制約されてしまうのである。 「私の脳にできるのはこの程度のことだ!」と思い込んでしまえば,本当にその程度の脳になってしまう。「私には,まだまだ可能性がある」と多少強引でも暗示をかけていると,それに対応して「のびしろ」が増える。(p12)
● 「いま,ここ」に生きること。刹那に生きるという言い方で仏教者が説くところでもある。
 昨今は格差社会などというが,結局人間の幸せを決めるのは,自分の「いま,ここ」を引き受ける覚悟。そして与えられた条件の中で少しでも楽しく過ごそうという工夫ではないか。「今日のシャンパンの銘柄は何にしよう。キャビアはベルーガにしようか,それともオシェトラにしようか」などと迷っているお金持ちと,「今晩の発泡酒は何にしよう。つまみは,ポテトチップスがいいかな,それとも,海苔せんべいにしようか」と思案する庶民で,幸せの総量はさほど変わりはしない。(p64)

2013.12.06 茂木健一郎 『それでも脳はたくらむ』

書名 それでも脳はたくらむ
著者 茂木健一郎
発行所 中公新書ラクレ
発行年月日 2007.12.10
価格(税別) 700円

● 中公新書ラクレの3冊目のエッセイ。

● 意欲が大事なことはたぶん誰でも知っている。問題はその意欲の掻きたて方なんだな。それを教えてくれというのは,甘えるのもたいがいにしろ,ってことなんだろうけど。
 いやいややっても身につかない。これもたいていの人にとっては経験則のひとつになっているだろう。けれども,いやな勉強や仕事を楽しむ術がわからない。これまた,そこまで人に教えてもらおうというのは,論外の沙汰かもしれないけれど。

● ちょっとずれるかもしれないけれども,「人の行く裏に道あり花の山」っていう格言が相場の世界にあるらしい。大勢が行く道を行ってはいけない,と。これまた頭では理解できる。
 けれども,人の逆をやるというのは,犬が西向きゃ尾は東,というわけには行かない。大勢の誤りを自分が認知できるなんてことはまずないだろうから。
 誰もがそう言っている,テレビも新聞も雑誌もそう言っている,なおかつ自分もそう思う。そういうときに,大勢に付かないというのは,自分の考えの逆をやることと,ほとんどイコールだ。

● 英才教育というものに感じるかすかな胡散臭さ。その正体は次のようなもの。
 幼少期から数理系の専門的な訓練をするいわゆる「英才教育」を行った事例がよく知られているが,若くして大学に進むなどの成果はあるものの,その後伸び悩んでしまうことが多い。(中略) 総合的な教養,知性という「裾野」があって,初めて鋭利な専門的能力も立ち上がる。(中略) 人間としてのトータルな力がなければ,どんな専門性においても天才という名に相応しい仕事を残すことはできない。どうやら,それが真実であるようである。(p69)
● 信用されるためには正直であること。もちろん,建前を排して本音だけを言えということではない。
 他人に信用してもらうにはどうすればよいか。説得力のある人になるための秘訣は何か。 言い古されたことだが,「正直」になるのが一番である。他人が正直にものを言っているかどうかを判定することが,時に生死にかかわる重大事となりかねないから,脳も必死になる。(p86)
● 昨今は社会人大学院の隆盛で,大学院の学部化が進行しているように思ってるんだけど,学部にしたって,とんでもない人はいるものだ。
 大学で科学哲学を専攻した私の友人は,指導教官であった哲学者の廣松渉さんに「君,一日三〇〇〇ページ読まないとダメだよ」と言われたという。 当時,私はその話を聞いて「えっ,三〇〇〇ページ!」と絶句したが,学者というものは本来それくらいのテクストに向かい合う覚悟を決めなければならないという戒めなのだろう。(p109)
● お金を使ってする遊びは必ず飽きると思っている。飽きないのはタダでできる遊びだ。あるいは,ごく少額ですむ遊び。
 高級ホテルに泊まるのも,高そうなレストランでご飯を食べるのも,集中してやってしまうと短期間で飽きる。
 贅沢とは,絶対的に決まるものではなく,人それぞれが世界の中で置かれている立場によって変化するものである。一昔前の日本人だったならば,都会的な贅沢は希少なものだったかもしれない。しかし,今日ではむしろ自然のほうが贅沢である。(p128)

2013年12月7日土曜日

2013.12.05 茂木健一郎 『すべては脳からはじまる』

書名 すべては脳からはじまる
著者 茂木健一郎
発行所 中公新書ラクレ
発行年月日 2006.12.10
価格(税別) 700円

● 『脳の中の人生』の続編。

● いくつか転載。「ギャップ理論」に注目。日本では○○は人なりという言い方(文は人なり,書は人なり)が好まれるけれども,たとえばモーツァルトと彼の作品の関係は,そうではなかった。
 肉体の限界よりも,脳の限界のほうが先に来るものだ。脳のほうが「もう,これ以上はダメだ」という安全装置を作動させて,まだできるのにブレーキをかけてしまうのである。(p55)
 その「リミッター」をいかに外してやるか。清水(宏保)選手は,それこそが競技者にとっての課題なのだと語る。彼が取り組んでいるのは,限界に挑戦するすべての人間にとって普遍的な意味を持つ命題のように思われた。(p58)
 知性は開放性を持っているから,たとえ遺伝子で決まっていたとしても,その可能性を尽くすことはできない。だから,遺伝子で決まっていないのと事実上同じです。(p64)
 モーツァルトは,その作品と実際の人柄のあいだに「ギャップ」があったことで知られている。楽曲が天上的な完全さと優美さを備えているのに対して,その人柄は活気に満ち,冗談好きで,猥雑ですらあったと伝えられている。モーツァルトに限らず,天才的な創造者ほど,作品と人柄のあいだに距離がある。これが「ギャップ理論」である。ギャップ理論は,史実を調べれば調べるほど有力であるように思われてくる。(p120)

2013.12.04 茂木健一郎 『脳の中の人生』

書名 脳の中の人生
著者 茂木健一郎
発行所 中公新書ラクレ
発行年月日 2005.12.10
価格(税別) 700円

● 「読売ウイークリー」に2004年5月から2005年8月にかけて連載されたエッセイをまとめたもの。

● 偶有性を楽しめということ。元気が出る。いっ時のことで,これで明日からの自分の人生が変わるわけではないけれども,いっ時のカンフル効果を軽んじるべきではないと思う。

2013.12.04 森 博嗣 『創るセンス工作の思考』

書名 創るセンス工作の思考
著者 森 博嗣
発行所 集英社新書
発行年月日 2010.02.22
価格(税別) 700円

● 工作に関する著者のエッセイはほかにも読んだことがあるけど,本書は工作それ自体を語るのではなく,工作マインド?の欠如あるいは希薄がもたらす問題について,著者の存念を述べたもの。

● まず,設計図の不完全さ。実際に作ってみると,設計者が想定しなかった問題に出くわす。

著者は教育なんて不可能だという。
教えられるものがあるとすれば,自分の生き方を見せる以外にない。情報を教えることは,本でもビデオでも良く,人間から人間への伝達である必要はない。むしろ書物などの方が効率が良いくらいだ。しかも,いずれも,受け取る側に積極性がなければ伝わらない。 人間から人間へしか伝達できないものとは,その人間が持っている方向性であり,つまりは「生きていく姿勢」と,その要因となる,あらゆる行為のセンスである。(p138)
● 「抽象」の重要性も著者が力説するもの。
 目に見えるものの方が実はどうでも良い部分,つまり「装飾」であり,ものごとの価値は,その内部に隠れて見えない「本質」にある。(中略)「抽象」とは,見える「象」を取り除く,という意味であり,抽象したものにこそ本来の価値がある。(p130)
● まずやってみること。工作でも何でも。
 自分でなにかを作ろうと考えると,その対象に向かう観察眼が芽生える。作るためのプロセスを頭に描くようになる。これらは,作ることがない生活では,ほとんど死んでいたプロセスである。ものを見ているようで見ていなかったことに,きっと気づくはずだ。(p161)

2013年12月3日火曜日

2013.12.02 岡田斗司夫 『オタクの息子に悩んでます』

書名 オタクの息子に悩んでます
著者 岡田斗司夫
発行所 幻冬舎新書
発行年月日 2012.09.30
価格(税別) 940円

● 朝日新聞の人生相談の回答者を務めた経験から,人生相談に回答を与えるために必要なノウハウをまとめたもの。
 ってことになるんだけど,著者の思考技法をケーススタディ化して,具体的に見せてくれたものでもある。『あなたを天才にするスマートノート』の実践編。

● まず,面白い。次に,自分も賢くなれると錯覚させてくれる。さらに,人生をやっていくうえで,かなり大事なものを教えてくれる。
 福祉(とか教育)の現場でケースワークに携わっている人にとっても,助けになる本ではないかと思う。下手にその分野のケースワーク入門的な本を読むより,本書を読む方を先にした方がいいと思った。

2013年12月1日日曜日

2013.12.01 番外:GOETHE 2014年1月号-至高のホテル

編者 舘野晴彦
発行所 幻冬舎
発行年月日 2014.01.01
価格(税別) 714円

● 数ある男性誌のなかでも,「GOETHE」は作りが丁寧で,書店で手に取る回数が一番多い。お金をかけてる感じがする。
 ライフスタイル提案誌というんですか。この種の雑誌の中では出色のものだと思っている。

● 貧乏ゆえ,高級への憧れがある。憧れといってしまってはちょっと違うような気もするんだけど,自分の知らない世界を覗いてみたいというかね。
 もちろん,雑誌は現実をそのまま写しとっているわけではない。よくいえば編集が入っている。そのうえで楽しめる内容になっていれば,それで良しとしないとしょうがない。

● その「GOETHE」のホテル特集。ホテルを特集している雑誌がでるとわりと買うことが多い。のだが,泊まってみたいとは思っていない。
 っていうのはウソで(ほんとにそうなら,わざわざ雑誌を買わない),泊まれないと思っているだけだね。

● イメージキャラクターに中田英寿氏を起用。鍛え抜かれた細身にスーツが似合うこと。ファッションを云々するなら,まず体を鍛えないとダメだね。
 加えて,中田氏の場合,インテレクチュアルな雰囲気もある。ライフスタイルも独特だ。

● なんだけど,ホテルコンサルタントをやるのはちょっと無理じゃないか。宿泊経験だけでどうにかなるものでもなさそうだけど。
 ただ,彼が本腰を入れてやればほんとにやれちゃうんじゃないか,と思わせる程度のカリスマ性があるところはさすが。

● メインで紹介されているのは,グランドハイアット,パレスホテル,マンダリンオリエンタルの3つ。記事として面白かったのは,アンダーズ東京の紹介と,「ホテルに住むという選択」。歯科医の井上裕之さんを登場させている。

● が,「GOETHE」といえども,ホテルを扱うとこういう記事にならざるを得ないだろうなと思わせる。なんというか,陳腐といえば陳腐な内容だ。ただ,陳腐というのは,読者を満足させるためになくてはならないものなのかもしれない。
 世の中にはいろんな場面で鉄板というのがあって,鉄板は必ず陳腐さを内包しているようにも思うから。

2013年11月30日土曜日

2013.11.30 SE編集部編 『僕らのパソコン30年史』

書名 僕らのパソコン30年史
編者 SE編集部編
発行所 翔泳社
発行年月日 2010.05.28
価格(税別) 1,800円

● 1994年に富田倫生『パソコン創世記』(TBSブリタニカ)を読んだ。パソコンの10年を振り返るといった内容だったと記憶している。それからさらに20年近くが経過したんだなぁ,というのが,本書の内容とは関係のない感慨だ。
 『パソコン創世記』を読んだときに使っていたパソコンは,富士通のFM-TOWNSだったか。当時は親指シフターだったので,親指シフトキーボードが選べるTOWNSにしたのだったと思う。
 オーバー・ドライブ・プロセッサー(懐かしい言葉だ)をかませたり,メモリ(当時は高かった)を増設したりしたんだけど,体感速度はあまり変わらなかった。

● その後は,ずっとノートパソコン。NECのノートを3台,いっときhpのネットブックを使ったこともあるけれど,最近はThinkPadひと筋。
 今のが3台目だけど,買ったのは5台。1台は人にあげた。もう1台は予備機。

● パソコンを外に持ちだすことはないので,バッテリーの持続時間などは気にしたことがない。だから,ノートといってもフルサイズの大きなのでいいかといえば,そんなことはない。ThinkPadでもXシリーズがいい。小さい方が道具として愛着も湧きやすいし,できることが同じならガタイは小さい方がスマートな感じがする。
 まして,特に東日本大震災以後は,デスクトップを使うなんてチラッとも考えたことがない。

● 昔はMacintoshに憧れたことがあった。スティーブ・ジョブズが復帰する以前から,Macintoshはキラキラしてた。イメージはね。
 何度か,Macにしようと思ったんだけど,結局,慣れた環境から離れるのが面倒で現在に至る。Mac雑誌の執筆常連者によるMac礼賛・Windows批判に,何とはなしの薄っぺらさも感じたしね。
 今では,Macに替えたいと思うこともなくなった。

● CPUの進化に伴って遭遇する,技術的美しさの追求と互換性維持のトレード・オフ。かつてのMac礼賛者は当然のごとく前者を良しとする前提に立って,Windowsを批判してたっけなぁ。お気楽なもんだったね。

● パソコンがあたりまえの道具になったこともあると思う。昔はそうじゃなかった。夢を見させてくれた。パソコンを使えば生産性もあがり,できるビジネスマンになれるっていうような。
 パソコンは人件費のかからない私設秘書のようなものであり,アーバンチックで洗練に通じるものであり,ハイソでセレブであり,世界を相手にできるものであり,っていうような気がしてた。っていうか,メーカーがそういう気にさせる広告を打ってた。

● 今じゃ,電車の中とかスタバとかでパソコンを広げている人を見ると,ダッセーなぁと感じるようになってるからね。
 それより何より,パソコンで何ほどのことをしているだろうかってことだよね。たいしたことには使っちゃいないんですよね。なければ困るんだけど。

● けれども,今のパソコンは30年前には夢にすら見ることができなかったとんでもない機械なんですねぇ。先人の汗と涙が詰まっているんですよ。そういうことを本書に教えてもらった。
 今のあたりまえをあたりまえにするには,30年の歳月と,優れた頭脳の持ち主たちの数えきれない奮闘の集積が必要だった。

● 仲俣暁生さんの発言から,ひとつだけ転載。
 インターネットとの付き合い方が変わったのは,はてなダイアリーを使いはじめてからですね。いわゆる「ブログ」ブームに,いいタイミングで乗ることができました。はてなが好きでずっと使っていたんですが,Twitterを使いはじめてから,まったくブログに興味がなくなってしまったことに,自分でも驚いています。インターネットでは一夜にしてものごとがガラッと変わってしまうんだということを実感しました。(p181)

2013年11月29日金曜日

2013.11.29 福田三男編 『栃木県謎解き散歩』

書名 栃木県謎解き散歩
編者 福田三男
発行所 新人物文庫
発行年月日 2012.08.11
価格(税別) 800円

● 栃木県の歴史,自然,民俗,産業,考古,人物について,約90のトピックを建て,短く解説したもの。雑学的に楽しめる。温泉トラフグの発祥の経緯とか,栃木にも金山があったこととか。

● 栃木県の伝統郷土料理である「しもつかれ」が,栃木のみならず,茨城,埼玉,千葉に及ぶ地域でも食されていたことは,本書によって初めて知った。語彙的にも,「下野」から来ているのではないらしい。

2013.11.29 久米信行 『ブログ道』

書名 ブログ道
著者 久米信行
発行所 NTT出版
発行年月日 2005.12.26
価格(税別) 1,500円

● 8年前の刊行。当時はブログに大いなる夢を持つことができた時代だったことがわかる。本書が希望もこめて予想しているようなブログの理想郷は,現時点ではきざしも見せていないように思われるし,将来もそうなるとは予想しにくい。
 個々に見れば,素晴らしいブログもかなりの数存在するに違いない。が,膨大な数のその他大勢の中に埋没しているような感じ。広がっていかない。
 ブロガーの増大に伴って質が低下することは,当然といえば当然なのだが,当時は行く末がバラ色に見える余地があったということか。下位が上位にしわ寄せされると思えたのかもしれない。

● 本書の刊行時点で著者が思い描いていたことのいくつかは,ブログよりもFacebookなどのSNSを使った方が,より実現しやすくなっている。おそらく,今ではSNSも活用されているに違いない。

● ホームページは面倒で手をだす気にならなかったし,SNSは瑣末な交流に時間を取られそうで,これまた手をだす気になれない。ブログが自分にはちょうどいい。
 FacebookやTwitterも途中経過での産物で,新しいサービスがこれからも登場するのだろうけど。

● 自分一個に限っては,ブログを通して他と交流したいとは考えていない。実際,さほど読まれていないし,多くの人に読んでもらいたいともあまり思っていない。まずは,自分のために書いている。
 かといって,こんな辛気くさい作業を自分の閉じた世界の中でやる気にはならない。わずかでもPVが付くから続けられる。ブログの効用はほぼそこに尽きる。

● とはいえ,次のような原則論は今でも拳々服膺しなければならないものだろう。
 ブログで何をどう表現するかという技術よりももっと大切なことは,「ブログの外にある現実=生き方」にあります。(はじめに)
 登るほどに迷わなくなるのは登山もブログ道も同じです。(p36)
 ブログ道の本当の目標は,「どこに至るか」よりも,「いつまで続けられるか」にあると思います。すなわち,ブログを書き続けることは単なる手段ではなく,目的そのものでもあると思うのです。(p57)
 本来,情報通信技術は,「より自由な時間と空間を生み出して人びとに提供すること」が大切な役割だったはずです。しかし,現実には,パソコンやソフト選びから始まり,その購入・設定や,使い方の習得などに,多大な時間と能力と労力を奪われてきました。(中略) わが道なき情報収集や浅薄な情報交換は,むしろ単なる時間浪費になりかねません。(中略) だからこそ,ブログ道を歩むほどに,パソコンの前に座る時間をいかに短くできるかを,真剣に考えましょう。誰かのブログを読んで批判するより,自ら行動を起こしましょう。(p59)
 ネット上の争いをよく見れば,お互いの主義主張や人柄を攻撃しているように見えて,実は,お互いの過剰な言葉に過剰な反応をしているだけの場合が少なくありません。(中略)だからこそ,誤解が生まれにくく,見て美しい「平易なひらがな言葉」を使って,優しく穏やかな口調で語ることが,より重要になると思います。(p159)
● 特に,「パソコンの前に座る時間をいかに短くできるか」が大きな課題だ。人のブログはあまり見ないんだけど,それでも自分が書くようになってから,パソコンにかかずらう時間が大きく増えた。
 その多くは無駄な時間だ。PVを何度もチェックしたりとか,自分の文章を細かく訂正し続けたりとか。こういう時間をばっさり削りたい。無駄とわかっていても,なかなか切り捨てられないでいる。

● どう書いたらいいか。決まったルールはないわけだ。書きたいように書けばいい。
 単文を重ねるようにしろ,全体をあまり長くするな,画像を入れろ,なんてのはよく言われることだ。けれども,それにしたがわなければならない理由もない。
 ただ,特定の誰か,同性の友だちでもいいし,秘かに恋愛中の彼女でもいいんだけど,その特定の誰かを措定して,彼(彼女)に語りかけるようにするといいかもしれない。不特定多数を意識するんじゃなくて。
 この話題だったら彼(彼女)はどの程度わかってくれそうか。この用語はわからないかもしれないからWikipediaにリンクをはっておこうか。そうしたことも,特定の誰かを措定した方が決めやすいだろう。

2013年11月28日木曜日

2013.11.28 番外:モノ・マガジン 2013年12月2日号-とっておきの来年手帳

編者 中山 基
発行所 ワールド・フォトプレス
発行年月日 2013.11.16
価格(税別) 590円

● 雑誌の性格上,手帳の使い方とか活用法ではなく,モノとしての手帳の紹介に重点が置かれている。「2014年の手帳はデジアナ併用が旬!」と銘打って,デジタル文具の紹介に力を入れている感じ。
 メーカーから資金が入っているんだろうけど,「ねぇねぇ,買って買って」臭をもう少し薄められるといい。
 もっとも,こういう造りを良しとする読者層も存在するんだろう。

● 比較的若い人たちを読者層として想定しているんでしょうね。オジサンたちはすっかり保守化していて,モノグサにもなってて,変化を好まないようになっているだろうから,よほどのことがない限り手帳を変えることはなさそうだ。
 今まで使ったことのないデジタル文具に手を出すとも思いにくい。

● って,他人事のように書いているけど,オジサンの一員であるぼくは典型的にそうだ。
 スマホももう2年半ほど同じのを使い続けている。それで特段困ったことはないからでもあるんだけど,新しいのに替えてしまうと,アプリのインストールをはじめとして,イチから設定をし直さなければならない。これが面倒だし億劫だ。
 せっかく馴染んだのに,それを新しいモノに取り替えることじたいが,とにかく面倒だ。

● 若い人たちは,ここが柔軟なんでしょうね。素晴らしい。
 ただ,手帳を替えたり,デジタル文具を使ってみたところで,仕事ができる男(女)に変身できるわけではないけどさ,あたりまえだけど。

● ぼくは来年も日本能率協会の「Bindex」だ。中身は能率手帳。ウィークリーのみの使用。
 A6サイズの綴じ手帳にも惹かれるんだけど,問題がふたつある。ひとつは,必ずマンスリーも付いていること。これ,ぼくは使わない。マンスリーに予定を書いて,ウィークリーには実績を書くという使い方もあるかもしれないけど,それも面倒。ぼくは予定は付箋に書いてウィークリーに貼っておく派。

● あとひとつは,メモページがうんざりするほどあること。うんざりするほどあるんだけど,1年間書くとすると,これでは足りない。結局,メモの類は別ノートになる。であれば,手帳にメモページは不要。
 A6ノートと「Bindex」で,来年1年を過ごす予定。だから,この雑誌はぼくが読んでも仕方がなかった。

2013.11.28 小池真一 『小澤征爾 音楽ひとりひとりの夕陽』

書名 小澤征爾 音楽ひとりひとりの夕陽
著者 小池真一
発行所 講談社+α新書
発行年月日 2003.08.20
価格(税別) 840円

● 小澤さんの来し方や価値観,音楽への姿勢といったものを,本人や関係者,他の音楽人への取材を通して,まとめたもの。スラっと読めて面白い。
 タイトルの所以は,「美しい音楽は,一人で夕陽を見つめた時のような悲しい味がする」という小澤さんの述懐。

● たとえば,次のような珠玉の言葉が登場する。
 世界の基準と自国の基準を分けて考えるダブルスタンダードがある国はだめだと思うんです。「世界はすごい,日本はこの水準でいいや」と逃げることができちゃう。いろいろと世界中を見てきたけれど,それがある国はだめですね(小澤征爾 p44)
 社会が豊かになって,商品やサービス,情報など選択する幅が広がり,かえって選べなくなっている。(中略)そこで人気という“偏差値”で選ぶようになる。(中略)そういう人たちはヒットを仕掛けられやすいんです(秋元康 p114)
 『何かをする』ではなく『何かである』ことが大切。人間として経験を積み重ねて心を豊かにした上で,『何かである』という状態に自然になることで,音楽家の中から無意識な『自然』が出てくる。(オーギュスタン・デュメイ p139)
 心に染みわたる美しさとか,心を打たれる美しさというのは,少し悲しみの味がするのよ。(小澤征爾 p148)
● 未来に理想を描けば,現在のどこかを批判することになる。典型としてあげられているのが,年でのBGMの多さ。ホテルに行っても,ショッピングセンターに行っても,必ずといっていいほど何かの音楽が流れている。こうしたことがやり玉にあがる。言われてみればなるほどと思う。
 ただ,どう注意していても,批判に回るときにはどこかに甘さが入りこんでしまう。批判に安直さが混ざってしまう。そういうことはないのだろうか。

● 昔は良かった式の言いぶりになる。けれども,その昔においても,さらに昔を措定して,昔に比べると今はここが問題だ,というような言論があったに決まっている。
 上に転載した言葉も,その昔に,誰かが言っているに違いない。そういう意味では,目新しさなど滅多にあるものではないのだろう。

2013年11月27日水曜日

2013.11.27 五味文彦・鳥海 靖編 『もういちど読む山川日本史』

書名 もういちど読む山川日本史
編者 五味文彦
    鳥海 靖
発行所 山川出版社
発行年月日 2009.08.30
価格(税別) 1,500円

● 山川出版社の高校社会科教科書シリーズ。教科書を一般向けにリライトしたものだけれど,教科書の香りが濃く残っていて,そこが逆に新鮮だ。
 それにしても。高校生は高度な勉強をしているものだ。本書もじっくりと読み込んでいくと,日本史のいろんな機微が見えてくる(気がする)。

● 「一所懸命」が中世にできあがった概念であることも教えてもらったし,本居宣長らの国学が幕末の尊皇攘夷につながっていく様子を,わずか数行でわかりやすく説明してくれる。
 今の目で見ると,尊皇攘夷なんて愚かだったとしか思えないわけだけれども,すべては理由があって存在したのだなとわかる。

● 日露戦争や太平洋戦争に関しての有力新聞や国民の好戦感が印象的だ。特に日露戦争においては,事情を知る政府は冷静だった。当事者責任を遂行したという感じ。
 威勢の良さは大衆受けするから,どうしてもそちらに流れがちになるのだが,ロクな結果をもたらさない。翻って,現在はどうだろうか。

2013年11月24日日曜日

2013.11.24 平野暁臣編 『岡本太郎vs柿沼康二 TRANCE-MISSION』

書名 岡本太郎vs柿沼康二 TRANCE-MISSION
編者 平野暁臣
発行所 二玄社
発行年月日 2011.09.30
価格(税別) 1,800円

● 柿沼さんが岡本太郎を臨書して,それを表現したもの。臨書とは「今日に残る能筆家の書を徹底的に模倣すること」。それによって,「書の形や技術のみならず,書き手の息遣い,呼吸やリズム,歴史的背景,更には書き手の心理や哲学に迫」る。
 文字にするとなるほどと思うけれども,誰にでもできることではなさそうだ。

● 岡本太郎の文章そのものの意味するところを掴みきれないし,この本に載っている書を見ても,ぼくの水準では豚に真珠だった。

2013.11.23 中川淳一郎 『ウェブはバカと暇人のもの』

書名 ウェブはバカと暇人のもの
著者 中川淳一郎
発行所 光文社新書
発行年月日 2009.04.20
価格(税別) 760円

● 先日,著者の『ネットのバカ』を読んで,4年前に刊行された本書も読んでみたいものだと思った。だけども,宇都宮の本屋のいくつかをあたってみても,置いてなかった。最近は書籍の回転も速いから,4年前のものなんてなくなってしまうのが当然なのかと思った。
 が,東京に行く用事があったので,池袋の旭屋書店(東武百貨店7階)を覗いてみたら,さすが東京,ありましたよ。

● というわけで購入。帰りの車中で一気に読了。ぼく,読むスピードはどちらかというと遅い方だと思うんだけど,面白い本は速く読めるんですな。
 副題は「現場からのネット敗北宣言」。内容はもちろんタイトルのとおり。

● いくつか転載。
 集合知のすばらしさがネットの特徴として語られているが,せっせとネットに書き込みをする人々のなかには凡庸な人も多数含まれる。というか,そちらのほうが多いため,「集合愚」のほうがわたしにはしっくりくる(p17)
 ここまでいくつもの例を見てきてお察しのことだとは思うが,ネットにヘビーに書き込む人の像がおぼろげながら見えてきたのではないだろうか? 揚げ足とりが大好きで,怒りっぽく,自分とは関係ないくせに品行方正で,クレーマー気質、思考停止の脊髄反射ばかりで,異論を認めたがらない・・・・・・と,実にさまざまな特徴があるが,決定的な特徴は「暇人である」ということだ。(p58)
 この部分で例示されている具体的なケースを読むと,スーパーが貼りだしている「お客さまの声」を載せた模造紙を思いだす。だいたいは苦情,しかも重箱の隅をつつくようなもので,特定の人が何度も言っている。こんなものに対処させられる店員が気の毒だ。経営者はこの種の「お客さま」よりも自分の社員を大事にしろよ,と言いたくなるわけだ。
 ここ数年,役所でもパブリックコメントなるものが定着した感がある。あれもどんな意見があがっているのやら。まともな大人は忙しくて,そんなものにかかずらってる暇はないはずだが。
 この種のものは,だいたいにおいて「愚」か「狂」を集めてしまうものだろう。時間の無駄ではすまないものがある。

● さらに転載。
 重要な情報を持っている人は,その情報をわざわざネットに書かない。「なんで,客の前で話せばカネになることをわざわざネットで公開しなきゃならないんだよ」「つーか,書いてる暇があったら寝たいから」というのが理由だが,当然である。(p72)
● 次は企業に向けた提言。
 「オープンソースでプログラムを作る」などといった「頭の良い人」の世界では,Web2.0の概念が非常にしっくりきて,すばらしいプログラムの誕生へ役立つことだろう。だが,相手が暇つぶしの道具としてインターネットを使っている「普通の人」か「バカ」の場合,双方向性は運営当事者にとっては無駄である。(p92)
 ひょっとして,  ウェブは「バカと暇人」のもの,ではなく,「バカで暇な貧乏人」のもの,と言いたかったのではないか。

● 最後に著者は次のようにまとめる。
 もちろん,知的で生産性のあるコミュニティは存在するし,ネットを使ってさまざまなものを生み出している人はいる。だが,多くの人にとってネットは単に暇つぶしの多様化をもたらしただけだろう。(p241)

2013.11.23 中谷彰宏 『ファーストクラスに乗る人のノート』

書名 ファーストクラスに乗る人のノート
著者 中谷彰宏
発行所 きずな出版
発行年月日 2013.10.01
価格(税別) 1,400円

● 紙のノートを使うようになったのは今年の6月のこと。学生をやめてからは,ノートというものを手にすることはなかった。
 仕事でもノートを使うなんて考えたこともなかった。会議でも配られた資料の余白に極小の文字でメモしていた。それで充分だと思っていた。っていうか,ノートに何かを書いている人を蔑んでいた気配もある。なに,ムダなことしてるんだ,って。

● 蔑まれるべきなのは自分の方だった。愚かだったね。これは実際にノートを使ってみると,すぐに了解できた。数十年,自分は何と愚かに過ごしてしまったのか。
 とにかく書けばいいのだ。備忘でも会議録でも日記的なことでも埒のない思いつきでも,とにかく何でも。

● で,そうなると,タイトルに「ノート」とか「ノート術」なんてのが入ってる本を読むようになった。これはどうなんだろ。あんまり読んでも仕方がないようにも思うけど。
 ところで,本書のタイトル。タイトルに惹かれて買う人もいるのかも。卓抜といえば卓抜なタイトルだと思う。

● ところで,著者はA4のルーズリーフを片面使用で使っているそうだ。分類を気にしなくていい,あとからいかようにでもできる,というのが理由らしいんだけど,これ使いづらくないだろうか。
 コピー用紙も多用しているようだ。普段はコピー用紙を持ち歩いて,あとで穴をあけて綴じるってことなのかなぁ。
 少なくともA4をバインダーごと持ち歩くのは,現実的じゃないような気がするんだけど。

● ぼくも学生時代は(就職してからもしばらくは)ルーズリーフを使っていた。たぶん,ルーズリーフならではの使い方はしていなかったな。
 書くときはリングからはずしていたかも。ということは,書くときにはある程度まとまった時間を投入していたのかな。チョコっと書くのに,いちいちはずすのは手間だから

● 書くときに最も大切なのは,とにもかくにも使いやすさ。面倒のなさ。この点で,システム手帳やリング式のノートよりも,普通の綴じノートが数段勝るように思う(いや,著者のように片面使用なら,ルーズリーフの使いづらさは回避できるか)
 書いたあとのことよりも,書くことそれ自体に焦点をあてて道具を選んだ方がいいという意見で,綴じノートが一番だと今のところは思っている。
 ついでに申せば,ペンの同時携行は必須だから,ペンホルダー付きのノートカバーも使った方がいいでしょうね。 

2013.11.23 森 博嗣 『自分探しと楽しさについて』

書名 自分探しと楽しさについて
著者 森 博嗣
発行所 集英社新書
発行年月日 2011.02.22
価格(税別) 700円

● 明晰さを楽しめる。明晰って気持ちがいいものだ。

● 自分探しというのは,やったことがない(と思う)。その無意味さというのは,若い頃から何となく感じていた。
 ただ,意識化できなかっただけで,その種のことをやっていたのかもしれない。きっとそうだよと言われると,確たる反論はできない。そうかもしれない。

● こちらのアンテナに引っかかったところを転載。
 誘われたら断れない,という人は多いけれど,一度断ってみてはどうか。そんなことをしたら嫌われる,と考えているようだが,どれくらい嫌われるのだろうか。一度断っただけで人を嫌う人間(あるいは集団)なんて大したものではないから,好かれたって価値はない,と考えよう。そもそも,そんなに深刻に考えないことである。誘いを断れば,その時間を自分に使うことができるのだから,その価値と比較して判断すれば良い。(p111)
 ブログというのは,相手が読みたいときに読むものだから,もともとあったホームページのメリットを備えている。(中略)それが作られたときに,コメントやトラックバックといった機能を付加した。コミュニケーションの円滑化を図ったらしいが,ここでもまた「他者」との関係が文字どおり顕在化し,気にする人は気にしてしまうだろう。書きたいことを書いて,読みたい人が読めば,それで良いではないか。読みたい情報があれば,自然に読まれるようになる。つまらない文章を読まなければならないようにしむけるシステムは,明らかに無駄である。(p113)
 (本書は)トータルで約十二時間で書き上げたもので,執筆期間は七日である(これでも,小説よりは文字数当たり三割増しほど時間がかかる)。脱稿後,「十二時間もこんなことを考えていたのか」と「十二時間もかけてこの程度しか考えられないのか」という両方の意味で呆れてしまった。十二時間あったらスコップでどれだけ土が掘れるだろう,そちらの方が体力が必要だが,純粋で有意義な「楽しさ」をきっともたらすだろうに,と考えてしまったが,いかがなものだろうか。(p187)

2013.11.22 竹内 薫 『99.9%は仮説』

書名 99.9%は仮説
著者 竹内 薫
発行所 光文社新書
発行年月日 2006.02.20
価格(税別) 700円

● 副題は「思いこみで判断しないための考え方」。この本も読みものとして面白い。楽しく消費できた。これが一番のポイントだ。あまり深く考えたことはないんだけど,本なんて面白けりゃいいのだ。

● 科学哲学者のポパーの話が出てくる。昔,学生時代に彼の著作をいくつか買ったが,結局読むことなく現在に至っている。
 反証可能性という言葉だけは,ずっと記憶に残っているけど。

● 以下に,ぼくのアンテナにひっかかったところを転載。
 この人(ピエール・デュエム)は,こういうことをいうんです。「データが仮説をくつがえすわけではない。データが理論を変えるということはない」と。 彼は,「理論を倒すことができるのは理論だけである」と主張しました。理論というのは,仮説といってもいいと思います。 だから,「仮説を倒すことができるのは仮説だけである」ということです。(中略) つまり,こういうことです。 仮説というのはひとつの枠組みですから,その枠組みからはずれたデータはデータとして機能しないわけです。(p70)
 世界の見え方自体が,あなたの頭のなかにある仮説によって決まっているわけなのです。(中略) 「裸の事実」などないのです。 ということは,データを集める場合も,やっぱりその仮説-最初に決めた枠組みがあって,その枠組みのなかでデータを解釈するわけです。 つまり,「はじめに仮説ありき」ということです。(p74)
 ひとりの人間をひとつの人格だけで説明することができないように,ひとつの現象をひとつの仮説だけでかたづけることなんてできないんです。(p186)
 いろんな場面で,「この仮説をはずしてみても大丈夫かな?」と考えるのは,生きていくうえで非常にためになる考え方です。 だれもがその仮説のことをあたりまえだと思っているけれど,意外とはずしてみてもOKなことってあるんですよね。 そして,それに気づくことができる人は,やはり天才と呼ばれます。(p198)

2013年11月22日金曜日

2013.11.21 岳 真也編 『人を動かす 超訳勝海舟の言葉』

書名 人を動かす 超訳勝海舟の言葉
編訳者 岳 真也
発行所 KADOKAWA
発行年月日 2013.10.25
価格(税別) 1,400円

● 勝海舟の残した言葉を編んだもの。たとえば,次のような。
 人はよく方針方針と言うけれど,方針を定めて,どうしようというのだい。 あらゆる物事は,あらかじめ測り知ろうとしても,予測どおりにはいかない。 つまらぬ方針など決めても,どうにもならないよ。(p30)
 大きな事業をやりとげるくらいの者は,かえって世間からは悪く言われるものなんだ。 そこにこだわっているようでは,何ほどのこともできやしないよ。(p35)
 とんでもない困難に出合うと,だれでもが乾坤一擲,こここそが何よりも大切なポイントだと思って,一生懸命になるけれど,それこそが,一番の毒なんだ。 世間一般,いつでも,どこにでもあるようなトラブルに対して,いちいち頭を悩ませているようでは,とても大成することはできないよ。 ここは平気の平左で,澄ましこむだけの余裕がないといけないね。(p70)

2013.11.20 読売新聞政治部 『安倍晋三 逆転復活の300日』

書名 安倍晋三 逆転復活の300日
著者 読売新聞政治部
発行所 新潮社
発行年月日 2013.09.25
価格(税別) 1,400円

● 民主党政権末期に,自民党総裁に安倍さんが選出され,衆院選,参院選と続く半年あまりの軌跡をまとめたもの。
 その間,維新の会の花火のような躍進と退勢,日銀総裁の交代,TPP問題などなど,脇役も多彩に登場した。それらをまとめただけで,充分に読みごたえのあるノンフィクションになる。

● 本書で最もつまらない文章は「おわりに」に登場する。「参院選の与党圧勝を伝える当日の紙面(7月22日付読売新聞朝刊)で,筆者は次のように書いた」という,「次のように」の記事だ。
 正論というかわかりきったことの羅列。批判されようのない内容。ということは,空疎で情報量がゼロの文章。こういう文章の居場所がまだあるのだとすれば,新聞が衰退するのも当然かなぁ,と。

2013.11.20 茂木健一郎・加藤 徹 『東洋脳×西洋脳』

書名 東洋脳×西洋脳
著者 茂木健一郎
    加藤 徹
発行所 中公新書ラクレ
発行年月日 2011.03.10
価格(税別) 760円

● 副題は「多極化する世界で生きるヒント」。面白い読みもので,一夕の歓を尽くすことができた。本を読んで自分の中の何かが変わるとは思えないので,要は面白ければいい。
 本書は,あ,こんな見方もあるのかと,たっぷり楽しませてくれる。

● ぼくのアンテナに引っかかったところを転載。
 宗教も政治も,漢字文化全体も,結局美意識の問題なんですよ。中国人の美意識は昔から同じで,一極集中の状態を美しいと感ずるのです。(加藤 p27)
 日本人はアメリカに行くと,日本人であるルーツをなるべく消そうとして,アメリカ人のように振る舞う傾向があるのですが,中国人はアメリカに行っても中国人でいます。(茂木 p34)
 中国人は喧嘩に発展するかもしれないリスクを承知で,どんどん外に出て行くじゃないですか。日本人はその勢いにかなわないところがある。もしかしたら中国人は,異質なものが隣にいることに慣れているのかもしれませんね。それを前提に生きている。 どうしても日本人は,国家のボーダーを民族と一致させるという意識が暗黙の裡にある。(加藤 p72)
 中国人というのは,二一世紀の今日でも,いまだに陰陽五行的な,初めに枠組みありき,という美意識に呪縛されています。(加藤 p146)
 (加藤さんは,中国は本当に覇権主義的な国だと思いますか)覇権主義以外の何ものでもないですね。何と言い訳しようと。(加藤 p162)
 人間も,民族も,国も,“夢見る乙女”となる時期があるのではないでしょうか。(加藤 p175)
 中国社会で生きると“摩擦抵抗”がとても大きい。フリクション・ロス(機械の摩擦抵抗)のように,仮にエンジンが一〇〇馬力あっても,途中のギアとギアの摩擦で力が失われて,実際にタイヤには七〇馬力ぐらいしか伝わらない。人は誰でも一日は二四時間しかないのに,人間関係で摩擦や軋轢が大きいと,時間とエネルギーをそちらに割かれてしまう。(p181)

2013年11月19日火曜日

2013.11.18 中川淳一郎 『ネットのバカ』

書名 ネットのバカ
著者 中川淳一郎
発行所 新潮新書
発行年月日 2013.07.20
価格(税別) 720円

● 「2ちゃんねる」が今より異界だった(その分,勢いがあった)頃,著者の『今ウェブは退化中ですが,何か?』を読んで,愉快に笑わせてもらったことがある。
 いまや,その「2ちゃんねる」を読みに行くこともほぼゼロになった。

● 総じて,ネットに書かれているものを読む時間は減った。自分でもこんなブログを書くようになったのが第一の理由で,人のものを読んでいる時間は減る道理だ。
 今では,ブログは旧世代のものとなり,ツイッターだ,Facebookだということになっている。ホームページを開設して情報発信なんぞというのは,石器時代に言われていたことのように思えてくる。

● ともあれ,これだけ書く人が増えたんだから,その分,読む人は減っただろう。PVのトータルが百万を超えるブログもあるけれど,それらの多くはブログ普及の初期に立ちあげたもので,当時に比べると,最近のPVはガタ減りになっているんじゃないかと想像する。

● いくつか転載。
 「実名」というのはバカにとっては抑止力にならない(p132)
 ネットがあるから多様な意見を知ることになった,という主張は嘘である。特に,自らフォローしたい相手を選べるツイッターは,心地よい情報だけを入れることが可能になった。だからそうして,彼らは,マスコミの偏向報道の歴史や,在日韓国人にまつわる噂やらを信じ,確証バイアスを強めていく。(p195)
 普段からやること,充実できることを持っている人は,別にネット上で過度にコミュニケーションを取る必要はない。仕事を引退して時間のある高齢者にとっては良いコミュニケーションツールなので,20年後のソーシャルメディアは相当多くの高齢者による書き込みが増えるだろう。(p217)

2013年11月18日月曜日

2013.11.17 武井一巳 『月1000円!のスマホ活用術』

書名 月1000円!のスマホ活用術
著者 武井一巳
発行所 青春新書
発行年月日 2013.10.15
価格(税別) 895円

● スマホが便利だということに異論はない。便利だから,けっこう使っている。多彩にということではなく,物理的に使っている時間が長いという意味で。
 ところが,ぼくの場合は,通信を前提にしなくてもすむ使い方で使っている時間の方がずっと長い。いうなら,スタンドアローン的な使い方。音楽を聴いたり,ワンセグを見たり。原始的といえば原始的だけど。

● となると,毎月の通信料が6,000円も7,000円も取られているのは,けっこう馬鹿馬鹿しいと思う。かといって,通信をまったくしないわけではないので,docomoとの契約を切ってしまうわけにもいかず。
 で,本書のタイトルを見て,買って読んでみましたよ,と。今頃知ったのかよ,って言われますな。そうなんですよ,知らなかったんですよ。

● 今使っているスマホから「らくらくホン ベーシック」に機種変更して,スマホはNTTコミュニケーションズの「OCN モバイルエントリー d LTE 980 SIM パッケージ」で動かすことにした方が,トータルでずっと安くなる。
 っていうか,前に使ってたガラケーが机のひきだしに眠っているので,プラン変更をして使えばいいわけか。

● その説明だけでは1冊にならないので,後半ではスマホの使い方のあれやこれも解説している。
 パソコンでもアドレスを指定したり,あるいはブックマークを使って,いつも見ているニュースサイトやブログなどを閲覧しているようでは,すでに大きく出遅れている。 いまや情報はフローの時代なのだ。どんどん新しい情報が出てきては,流れて消えていく。保存され,蓄積されている情報を検索し,閲覧するという時代ではない。流れていく情報を流し読みする時代なのだ。(p150)
 たしかにそうなのかもしれないんだけど。ツイッターなんかそうなんでしょうね。
 でも,ブックマークでは手に負えないほどのサイトを見てるって,それ自体どうなんでしょうねぇ。自ら進んでバカになりに行っているような気もするけどね。
 フローにつきあいますか。ぼくはヤだけど。

● ただ,次の指摘はなるほどと思った。Facebookを誰ともつながらない自分だけの場として使うってのはアリですよねぇ。これ,便利かも。
 SNSというと,友人や知人とのコミュニケーションの場だと思われがちだが,誰ともつながらずに自分だけの場を作り,ここにメモやニュースなどをどんどん書き込んでいくといった使い方だってできる。(p158)

2013.11.17 森 博嗣 『「やりがいのある仕事」という幻想』

書名 「やりがいのある仕事」という幻想
著者 森 博嗣
発行所 朝日新書
発行年月日 2013.05.30
価格(税別) 760円

● 久しぶりに著者のエッセイ?を読んだ。痛快無比。エゴという意味ではなく,徹底した自分中心主義が心地いい。ここがグラついていると,何事も始まらない。
 けれども,それが難しい。周囲に流されがちなものだから。

● 多すぎるかもしれない転載。まず,仕事の価値について。
 僕の仕事に対する第一原理というのは,(中略)「人は働くために生きているのではない」ということだ。(p9)
 ● 仕事が大変だと大人は言いたがるけど,それは本当か。
 子供は,学校でけっこう苦労している。勉強も大変である。僕は,社会人のしている仕事の方が,学業よりも楽だと考えている。どちらかといえば,子供の方が大変だと思う。(中略) 大人の何が楽かといって,仕事は辞められるが,子供は学校は辞められない。また,事実上,子供の自由で学校は選べない。大人は仕事を選べる。それだけを取っても,子供の方が過酷である。(p47)
 ● 他人とのつきあい方,あるいは,つきあわない方。
 僕は孤独が大好きなので,「堪え難い賑やかさ」ならわかるが,「堪え難い孤独」というものが理解できない。(p163)
 人間関係が酒の席で築けるなんて言うけれど,酒の席で壊れた人間関係の方がずっと多い。勘違いしないでもらいたい,と僕は常々思う。(p190)
 ● 情報とのつきあい方。
 やはり二十年くらいまえに,アップルという企業は凄いと思った。しかし,当時はそんなことを言うのは超マイナな人間だけで,みんな「アップルなんか風前の灯火じゃないか」「使っているのは,オタクなファンだけ」「やっぱりパソコンはNECだよ」と豪語していた。近いところではiPhoneが出たとき,僕はすぐに買ったのだけれど,そのとき周囲では「あのタッチパネルは駄目だよ,日本人は指でキィを押すのが好きなんです」なんて否定された。 どうしてそういうものの見方をするのかな,と考えれば,簡単である。「どうなるのか」を見ている人は少なくて,みんな,「こうであってほしい」「こうなってほしい」という見方をしているのだ。新しいものに対しても,「いや,そんなものが台頭してもらっては困る」というふうに見る。(p99)
 ● スタイルにこだわるのは愚劣。
 たとえば,新幹線の中で,パソコンを広げて仕事をしているビジネスマンがいる。きっと,ああいうスタイルが格好良いと思っているのだろな,と僕などは見てしまう。(中略) この「スタイルに拘る」というのが一番下のレベルで,その次が,「手法に拘る」というものだ。これも,まだ本質ではない。最も大事なことは,手法にもスタイルにも拘らず臨機応変に選択できる「自由さ」であり,拘るべきは,結果のコンテンツである。(p159)

2013年11月16日土曜日

2013.11.15 飯島 勲・大下英治 『官僚』

書名 官僚
著者 飯島 勲
    大下英治(インタビュアー)
発行所 青志社
発行年月日 2012.01.27
価格(税別) 1,500円

● 大下さんのインタビューに飯島さんが答えたもの。当時の民主党政権は政治主導を標榜していた。それに対して,官僚を使えていないと批判もあった。
 飯島さんは,昔気質の侍であるようだ。熱血漢でもある。

● 官僚を使いこなすためには,結果に対して人事で報いることだという。
 「人事で報いる」 その裏側には,意に反した場合はいつでも斬るという覚悟があります。 「官僚に,アメをやる必要はない」 これが私の持論です。結果として適切な人事を行えばそれで十分。(p178)
● 官僚は優秀であり,これを使いこなすのとそうでないのとでは,大変な差が生じる。
 官僚は,国有財産です。官僚には,非常に優秀な人材が多い。どんな大手企業のエリートよりも,人的なネットワークや情報量では霞ヶ関の官僚にはかないません。(p87)
 ● 東日本大震災における民主党政権の対応については,手厳しい。これがたぶん世評でもあるのだろう。
 後に起きた原発事故に鑑みても,現場の作業を中断させた菅総理の責任は,万死に値します。 その日午後,一号機で水素爆発が起きた後の官邸の対応も,お粗末でした。放射能漏れの可能性もあり,周辺住民への迅速な非難指示のためにも素早い情報提供が求められたが,菅総理は自らのパフォーマンスを優先しました。会見時間を夜まで遅らせました。その会見での第一声は,「わたしは,本日,午後六時に自衛隊のヘリコプターで現地を視察いたしました」というものでした。原発事故の後です。狂気としか言いようがありません。(p131)
 海江田万里経済産業大臣に至っては,こともあろうに,官邸の総理応接室を自分の事務所代わりに使用し,節電の最中に「寒いから暖房をつけろ」と厳命,さらにはふかしていたタバコの灰で,官邸の高価な絨毯を焦がして穴を開けたといいます。情報の風穴を開けるべく,連絡・連携に奔走すべき大臣が,国民の財産に穴を開けている場合ではありません。(p150)
 東京電力の発表が遅れたのも,菅総理が「わたしが直接国民に呼びかける」と言い出したからだといいます。(中略) やるべきこともできない菅総理が次のパフォーマンスの場に選んだのが東京電力本店です。十五日早朝,突然東電本店に押しかけて,怒鳴り散らしたといいます。事業仕分けでも見かけましたが,反論できない目下の相手だと,民主党は狼に変貌します。 総理はこのとき,政府と東電の統合対策本部を立ち上げるとして三時間も本店に居座ったといいます。この非常時に,すべての情報が集約される官邸から三時間も離れるという神経が信じられません。よほどやることがなかったのでしょう。(p151)
● 総理に求められる資質は何か。
 小泉総理に指導力と信頼感があったのは,その政策判断をすべてオープンにするという透明性があったからだとわたしは考えています。(p171)

2013年11月14日木曜日

2013.11.14 番外:Facebookの教科書

書名 Facebookの教科書
編者 曽谷貴夫
発行所 綜合図書
発行年月日 2011.06.01
価格(税別) 1,000円

● またまた,こういうものを手に取ってしまった。気になってるんだなぁ,Facebook。モノは試しで,始めてしまえよ,オレ。
 でもね,年寄りは逡巡するのが仕事ですよ。しょうがないんですよ。

● Facebookで何ができるのか。だんだんわかってきた。旅行のアルバムを作って友だちに公開するなんてのは,けっこう面白そうだ。
 でも,オレ,友だちの旅行の写真になんか興味あるだろうか。見せられたら迷惑って思うんじゃないかな。

● 個々具体のコミュニケーションをあんまり欲していないようだ。ぼくはリアルの世界でも友だちっていないし,あんまり欲しいとも思ってない。
 それでもあえてFacebookを始めてみると,意外な発見があって,使えるね,これ,なんてことになったりする。そういうことってけっこうある,っていうか,そういうことの方が多いんだろうけどね。

● ともあれ,結論。Facebookはやりません。

2013.11.14 番外:EVERNOTEの教科書

書名 EVERNOTEの教科書
編者 株式会社クランツ
発行所 タツミムック
発行年月日 2013.05.05
価格(税別) 1,000円

● クラウドの代表といえばEVERNOTE。じつはちょっとだけ使ったことがある。2年ほど前。
 ぼくのスマホはLTEに対応していないものなので,ファイルに辿りつくまでに時間がかかりすぎて,現状では使いものにならないと判断。それっきりになっていた。

● が,速度がでるようになったら,EVERNOTEを使うだろうか。そこまでのメモやノートを作るだろうか。
 そんなに大仰に考えないで,ちょこちょこ使うと便利だよってことかもしれないんだけど,常時接続で,いつも持ち歩いているスマホで閲覧できるといっても,クラウドに置いたら最後,二度と見ることはなくなるような気もしてね。自分の場合は,ですけどね。

● ホームページのクリッピングとか,ボイスメモとか,そういうことも普段,あんまり(あるいは,ほとんど)しない。そういうものをEVERNOTEに溜めておけるといわれても,どうもピンとこなかったりね。
 パソコンが壊れた場合でも,データは無傷で残るのは魅力的だけども,1ヶ月でアップできる容量が有料会員になっても1GBでは,とてもすべてのデータをあげるわけにはいかないしね。
 もともとワーキングデータのみを想定したものなのか。ユーザーの皆さんは,どういうふうに使っているんですかねぇ。

● 何より,クラウドを初めとする最近のサービスがこちらの想像力を超えて進歩してて,よくわからないものになっているってのが大きい。
 使ってみればわかるんだよね。それがわかってても億劫になるのが,年を取るということかねぇ。

2013.11.13 山口路子 『特に深刻な事情があるわけではないけれど私にはどうしても逃避が必要なのです』

書名 特に深刻な事情があるわけではないけれど私にはどうしても逃避が必要なのです
著者 山口路子
発行所 中経出版
発行年月日 2013.05.23
価格(税別) 1,300円

● 前半は痛快。ページが進むにつれて,だんだん説教臭を感じるというか,教え諭されているように思えてきたんだけど,これはぼくの錯覚かもしれない。

● 3つほど転載。今,ちょっとモヤモヤしてることがあって,それをスパッと割りきらせてくれた。いいタイミングでいい本を読んだ。
 相手が自分に悪意をもっていなくても,それどころかとっても親切にされていたとしても,なぜか苦手意識をいだいてしまう。その人といると,自分が価値のない人間,魅力のない人間に思えてしまう。そう。まるで個性というものが消滅してしまうようなかんじ。 そんなふうに思わされてしまう人が周囲にいないでしょうか。 もしいたとしたら早めに距離を置いたほうがよさそうです。組み合わせがそうとう悪いということなのですから。(p37)
 実は世間には固有名詞があると思うのです。出る杭を打つ習性のある○○さん,噂話に命をかけている○○さん,自分の意見を押しつけて恍惚とする○○さん・・・・・・。いかがですか。いま,誰か特定の名前,顔が浮かびませんでしたか。 彼らは自分にとって「大切な人ではない」ことが多いものです。換言すれば「失ってもよい人」です。そのような人の目を気にして自分の行動を制限するのは,ばかばかしい。(p79)
 「あなたのためを思って」的な物言いをする人とは極力,接触しないようにこころがけましょう。嫌な想いをするだけです。そしてそれが相手を喜ばせているとなれば,こんなに頭にくることはありません。(p81)

2013.11.12 奥野宣之 『人生は1冊のノートにまとめなさい』

書名 人生は1冊のノートにまとめなさい
著者 奥野宣之
発行所 ダイヤモンド社
発行年月日 2010.11.26
価格(税別) 1,300円

● 副題は「体験を自分化する「100円ノート」ライフログ」。「自分の身の回りに起こったことや見聞きしたことを,できるだけそのまま記録しておくこと」(p10)を説く。

● ライフログを残すとして,そのやり方は色々ある。ツイッターのつぶやきがそのままログになるかもしれないし,Facebookを使うってのもありでしょ。
 手帳を使う人が多いですかね。0.3ミリの極細ボールペンを使って細かい字で書けば,相当量を書きこめる。

● 本書はノートを推奨。もちろん,それもOK。ただし,それを金科玉条にしないことだよね(する人はいないと思うけど)。

● もうだいぶ前になるけれども,著者の『情報は1冊のノートにまとめなさい』がベストセラーになったことがありましたね。何だったんだろうね,あれ。「1冊のノートに」っていうのに新味があったんですかねぇ。

2013.11.11 番外:使えるiPhone

書名 使えるiPhone
編者 高比良公成
発行所 アスペクトムック
発行年月日 2013.12.09
価格(税別) 648円

● 「仕事・くらし・遊び 変わるライフスタイル」が副題。「これひとつで 本当に 全部できる」と,ビジネス,カメラ・写真,くらし,音楽・映像に分けて,使い方とアプリを解説。
 5S,5Cになって何が変わったのかね。ぼくはよく知らないけど。なぜなら,ぼくはAndroidユーザーなのでね。

● ぼくの感覚では,iPhoneとAndroidの違いって,ワンセグ(最近はフルセグ)があるかないかだけだと思うんですよ。やれることなんてほとんど一緒でしょ。
 ぼくはテレビを持っていないので,見たい番組はスマホで見てる。なので,iPhoneだとちょっと困るんですよね。

● ところが,こういうムックでも,iPhoneものは面白そうなんだよね。ちょっと買ってみようかなと思わせるのは,AndroidよりもiPhoneを扱ったものに多いですな。
 このムックも写真とかちゃんとしてて,お金かけて作ってる感じ。パラパラめくってるだけで,けっこう楽しい。

● 知らなかったことが二つあった。
 ひとつは辞書。「大辞泉」って無料で使えるんだね。Wikipediaだけじゃなく,辞書は辞書で必要だから,これはありがたいかも。

● もうひとつは,動画再生アプリ。「AVPlayer」ってどんなファイル形式にも対応しているんですか,そうですか。これ,嬉しいかも。
 MP4しか再生できないもんだと思ってたのでね。まずMP4に変換してから,スマホに入れなきゃいけないものだと思ってた。けっこう面倒だなぁ,って。それが解消できるのは大きいな。
 両方ともAndroid版もあるんだろうね。今はなくても,じきにできるだろう。

2013.11.11 竹内 薫 『自分はバカかもしれないと思ったときに読む本』

書名 自分はバカかもしれないと思ったときに読む本
著者 竹内 薫
発行所 河出書房新社
発行年月日 2013.03.30
価格(税別) 1,200円

● 河出書房新社の「14歳の世渡り術」シリーズの1冊。中学生をなめちゃいけないですよね。中学生向けの書籍や図鑑って,大人が読んでも面白い。有用だ。

● バカをこじらせないこと,という言い方が何度も出てくる。巧い言い方ですね。バカもこじらせると慢性化してしまうことがあるんでしょうかねぇ。
 まわりからバカだと思われてると,人間っていうのはバカになっちゃう。這い上がれないんですよ。抜け出せないんですよ。ホントに不思議なことなんですけど,他者からのイメージによって自己イメージがゆがめられちゃうんですよね。(p28)
● 努力を継続することが,持って生まれた才能より大事だってこと。努力に勝る天才なし,って昔から言われているけど。
 才能よりも,努力を続けられるかどうかのほうが重要です。継続できる人のほうが結果的には伸びることが多いんですね。もちろん,すごく才能のある人にすごく努力されてしまうと,凡人は追いつけません。けれど,才能がある人って意外に努力しないんですね,たいていのことはできちゃうから。怠けることも多いんです。 そういう意味では,ほんとうの才能とは継続する力。でも,継続するためにはある程度自分を信じる必要があるんですね。バカだと思っていると何も始まらない。(p29)
● 多様性が大事。これもはるか昔から言われてきたことだと思う。が,統一が好きな人って,ほんと多い。「統一=チームワーク=勝利」という等式しか持っていないやつ。すなわち,バカ。
 基本的に,多様性が失われるとバカになるからです。個々人がバラついて見えるので,統一したがるのですが,実は多様性が確保されているほうがバカじゃない。(中略) 文化もそうです。文化の多様性が失われて考え方が統一され始めると,だんだん社会がバカな方向に進んでいくんですよ。(p66)
 どんなに客観的に見える文章だって,誰かが書いたものである以上,書いたときの文化的,歴史的制約を受けています。(p71)
● この文章の前に例としてあげられているのは大学の先生。いまどきだから,大学教授を賢いと思っている人はさほどいないとも思うんだけどね。大学教授しか務まらないヤツが大学教授になっているんだもんな。例外はあるんだろうけど。
 この社会のなかでバカかそうでないかを分けるのは,どれだけフィードバックを受けられるかってことなんですね。フィードバックを受けることによって自己修正がどれぐらいできるか,行動をどれぐらい変えられるかということで,たぶんバカかそうでないかが決まるんですよ。 自己修正のサイクルを止めてしまったときに,バカが始まるといってもいい。(p100)
● 以下も特に目新しいことではないけれども,時々誰かに言ってもらう必要がある。バカの意見は有害だし,バカどおしの議論は百害あって一利もない。
 この社会にはいろんな問題が次々と出てくるわけじゃないですか。経済の問題とか,原発の問題とか,領土の問題とか。それらについていろんな人がいろんな意見をいって論じるんだけれども,まず正確な情報に基づいて論じていない人がほんとうに多いんですよね。(中略) そういう議論(もどき)には,ひとつの特徴があります。 たいてい,「~らしいですよ」って,いうんです。(p104)
● インターネットが普及してから,英語の重要性は突出した感がある。ぼくは手を拱いているけど。
 玉石混淆の情報が溢れかえるこの現代社会において,インターネット社会,情報化社会といわれますね,精度の高い情報っていうのは,どうしても英語に偏っているんです。(p106)
● インターネットは便利だけれども,便利なネットを使いこなすには,使いこなすだけの条件がある。
 読書の基本的な役割のひとつに,知識を仕入れるということがありますが,知識の絶対量が少ないとどうしても人はバカになっちゃうんですよ。 知識を増やすためにインターネットをやる? それもいいけれども,インターネットで適切に検索し,インチキ情報をかいくぐって,信頼に足る情報にたどりつくには,その手前で,ある程度の知識の基本量が必要なんです。(p123)
● 瞬発力とスタミナ。サラリーマンと呼ばれる人たちに求められるのは,後者の方。
 このあいだ,銀行に勤めている友人がしみじみいっていたんですが,社会に出て必要なアタマの力は,耐久力だっていうんですね。つまり,持続してずっと使い続けてもへたらない力ですね。学生時代の受験勉強のように,決められた時間内に問題を解くというような能力はいっさい効かない,と。(p133)
● 天才とはなろうしてなれるものではないということ。
 いわゆる天才を見ているとですね,集中の時期がほんとうにすごいんですよ。ただね,自分で進んで集中する時間を確保しているんじゃないように思えるんです。(中略) なんといえばいいのか,天才というのはそういう運命の下に生まれてるんですね。集中する時間が降りてくる。(p140)
● 以下は,いくつかのティプス。ティプスというには,基本的な事項だと思うんですけどね。
 人間って,どんなにアタマがよくてもアタマのなかだけで考えることには限界があるんです。考えているうちに,なにやらごちゃごちゃしてきて,何を考えていたのかわからなくなることはありませんか? そんなときにはアタマのなかにあることを,ちょっと外に出してあげると,びっくりするくらい物事が整理されて見えてくることがあります。(p145)
 ● これも知っておくべき大切なことだ。努力の成果は,時間の経過とともに一様に現れるものではない,ということだ。
 成功している人はやっぱり根気があるんです。諦めない。諦めた瞬間にもうそれは達成できなくなるからです。(中略) なぜ途中で諦めてしまうのか。 一番の理由は,達成感がないから。いいかえると,成果が出ないから。 そうなんですけれど,ここに大きな勘違いがひそんでいます。 成果というのは,比例関係にはないんです。(p173)
 特殊技能を必要とする職業,たとえば野球選手とかピアニストとかカメラマンとかになるために必要な修行期間はだいたい1万時間だといわれています。子どものときピアノを習ったけど,うまく弾きこなせない人は,せいぜい練習時間が数千時間止まりだったのでしょう。(中略) でも,やってできない時間じゃない。あとは,根気が続くかどうかです。(p182)
 ● これは正直,耳が痛い。ぼくは職業人スタートの時点で,この点を誤ってしまった。バカの極みというべきだ。
 仕事ってすべてそうだなと思うんですよね。たくさんの人が関わっているんだけど,ひとりでもこだわりが足りない人がいると全体がダメになっちゃうことがある。(p193)
 仕事ができる人は何がちがうのか。 ぼくもいろいろな人を見てきましたが,できる人は,「つまらない」という状態に陥らないですね。どんな仕事にもそれなりのおもしろさというのを見出す。そういうふうに見える角度を探し出すんです。 ダメな人は逆ですね。その仕事のネガティブな面ばっかりに注目するんですよ。しかもその一方向からしかものを見ることができない。(p194)

2013年11月13日水曜日

2013.11.10 吉本隆明 『15歳の寺子屋 ひとり』

書名 15歳の寺子屋 ひとり
著者 吉本隆明
発行所 講談社
発行年月日 2010.10.18
価格(税別) 1,000円

● 吉本さんが15歳の中学生を相手に話したことをまとめたもの。吉本人生論のエッセンスが読みやすく圧縮されている感じ。

● 次のようなことがらが語られている。
 書いてみると,自分でも気がついていなかった自分自身の気持ちがわかることがあるし,それをもっと深く掘り下げていくこともできる。〈話し言葉〉が相手に何かを伝えるための道具だとしたら,〈書き言葉〉は自分の心の中に降りていくための道具だといってもいい。(p12)
 なんかよくわかんねえなって思ったら,わかったふりをしないで,わかんねえなって思ってりゃいい。そこでいいことをいおうとすると,たいていまちがいだぞっていうのがある。(p21)
 人は誰でも,誰にもいわない言葉を持っている。 沈黙も,言葉なんです。 沈黙に対する想像力が身についたら,本当の意味で立派な大人になるきっかけをちゃんと持っているといっていい。(p23)
 誰に才能があって,誰に才能がないとか,そんなことはないというのが僕の考えです。 たとえばいい文章を書くということにしても,才能によるとか,資質によるとか,あるいは感覚がどうだとか,細かく数えるといろんな要素があるわけですが,そういうことは全部,二の次だと僕は思っています。そんなのはたいした問題じゃない。大事なのはしょっちゅうそのことで手を動かしてきたか,動かしてきていないかのちがいだけです。これは物書きに限らず,何でもそうですよ。(p25)
 じゃあ,どのくらい手を動かしたらいいのか。 僕は昔っから,「十年やれば一人前になれるよ」っていってきたんですよ。「十年やって,ものにならなかったら俺の首をやるよ」ってね。(p26)
 人の人生には,どうしても避けがたい不可避なことがある。 そういう受け入れざるをえないことを,どう受け入れるか。人が「生きる」っていうのは,もしかすると,そういうことなんじゃないか。(p39)
 ジタバタしてりゃあ,なんとかなっていくもんですよ。僕なんかはやりたいと思うことを好きにやって,遊んじゃった方がいいんじゃねえかって思っちゃうくらい。ちゃらんぽらんが身を助けるってこともあるからね。(p85)

2013.11.10 岡田斗司夫 『プチクリ』

書名 プチクリ
著者 岡田斗司夫
発行所 幻冬舎
発行年月日 2005.12.10
価格(税別) 1,200円

● 再読。プチクリとはプチ・クリエイターのこと。プロであるプロクリと対をなす。プロクリなんてそんなに羨ましがるほどの職業じゃないよ,プチクリでいるのが楽しいよ,ということ。
 キーワードは,表紙にも掲載されている「好き=才能!」。
 一番大切なことは「プチクリであるということは,それだけで心地よい」ということです。 プチクリの活動は,「自分が好きなこと」を他人に伝え,喜ばせること。 このしくみの中には,敵もいなければ,損をする人もいません。 プチクリであるということは,それだけで自由です。(p189)
 ● プチクリになるのに必要な才能とは?
 プチクリの才能。 それはまるで,自分の好きという気持ちをオノロケすることだったんですね。 オノロケが恥ずかしい人なら,知的ぶってちょっと気取ってもいいんです。(p107)
● 才能ではない。表現力だ。
 実は,「才能」というのは,そんなに差がありません。 いろんな才能を見てきた私が言うのですから,ある程度信じていただきたいのですが,「圧倒的な才能」と「まったく才能ゼロ」との差というのはせいぜい3倍程度です。(中略) しかし,「コントロール力」は違います。平気で人によって10~100倍の差があります。(p119)
 よく自分を「才能がない」と言う人がいますが,そういう人は「あんまり時間を使っていない」という場合がほどんどです。 「年中,そのことを考えてる」 「時間がありさえすれば,すぐに手を動かしだす」 こういう人は,あっという間に上手くなります。(p121)
● 決意と自覚も大切。
 クリエイティブな能力を最大限発揮するために必要なもの,それは才能ではありません。ましてや「お金」でも「コネ」でも「根性」でも「時間」でもありません。 それは「決意」と「自覚」です。 「私はクリエイターである」という決意。 「私はクリエイターだから」という自覚。 どれだけ本気で決意できるか。どれだけ腹の底から自覚できるか。 必要なのは,たったそれだけです。(p134)
● 具体的には,次のような提言がなされている。
 ・ペンネームを考える
 ・プチクリ宣言をする
 ・プロ仕様の道具を買う
 ・締め切りのある具体的な目標を決める
 ・心の師匠を決める
 ・自分で自分を先生扱いする

2013年11月9日土曜日

2013.11.08 岡田斗司夫 『オタクはすでに死んでいる』

書名 オタクはすでに死んでいる
著者 岡田斗司夫
発行所 新潮新書
発行年月日 2008.04.20
価格(税別) 680円

● 本書が言いたいことは,以下に尽きている。それを訴えるのにこの1冊を作りましたよ,っていう。
 「みんなが好きなものというのは人から与えられたもので,みんなから仲間外れにならないために選んだようなものだけど,私たちは違う。自分が好きだから選んで,いまだに差別があっても選び続けているんだ」 こんな強烈な自意識,自負心があるのがオタクだと思ってきました。ところが,オタクとはそういう強者では,どんどんなくなっている。自分の趣味を理解してくれないのは世間が悪い,と訴える弱者のたまり場になりつつあるのです。(p138)
● 結局,著者は強烈に自分を書いているわけで,その著者のありようがとても魅力的。一気に読了できた。

2013.11.08 岡田斗司夫 『東大オタク学講座』

書名 東大オタク学講座
著者 岡田斗司夫
発行所 講談社文庫
発行年月日 文庫版:2008.05.15
          元版(単行本):1997.09
価格(税別) 781円

● かなりスリリングな知の展開。こういうふうにすれば,知って面白く見せられるのかっていう見本のようなもの。
 後半はゲストをよんでの対談になっている。これも全部面白かった。
 UFOや外気功,スプーン曲げのような超常現象を一刀両断。いまや,DaiGoが登場して,スプーン曲げのからくりはかなり知られてきてるけど,登場したてのユリ・ゲラーには,子供ながら驚かされたもんだ。

● 元になった東大での講義は20年近くも前のものだけれども,今読んでもぜんぜん面白い。核になっているのが知の使い方だから,古くなりにくいんでしょうね。

● 自分の作品のユーザーの大半は馬鹿ではないかという不安。
 『脱正義論』のところでも描かれていたんですが,「厚生省前で集まれ!」と呼びかけられて,何千人か集まりましたよね。あの何千人も集められたというのは,本当に『ゴーマニズム宣言』の力だと思うんですが,あれで集まった何千人というのは,一体どういう人たちなんでしょう。(中略) こういう言い方は変ですけれど,「まんがにそそのかされて来るような奴」ですよね。(p477)

2013年11月4日月曜日

2013.11.03 番外:480円でスグわかるFacebook

編者 澤崎勝彦
発行所 普遊舎
発行年月日 2013.10.01
価格(税別) 480円

● Facebookもツイッターもやったことがない。自分には要らないものだとも思っている。だけれども,480円だしてこういうムックを買うくらいだから,気にはなっているのだ。

● そもそも,Facebookって何なのか,何をするためのものなのか,っていうところがわからない。
 本書の冒頭に次の3つがあげられている。
 友達と交流 離れている相手の近況が文字や写真でわかる
 近況発信 日々反応がもらえる写真・動画日記のよう
 情報収集 お店やブランド・有名人の限定情報も盛りだくさん!

● ということは,あれか,よほど寂しい人たちがやってるものなのか。今って,そこまでマンツーマンのコミュニケーションを求める人が多いのか。
 離れている相手の近況が文字や写真でわかったからって,それが何だというのだ? ひょっとして,世間全体が幼児化しているっていうことか。

● 近況発信っていったてさぁ,普通の人の近況なんてどうでもいいだろうがよ。日々反応がもらえるってのは,友だち間でのことだと思うんだけど,幼稚園児や小学生じゃないんだから,そんなことで盛りあがってなくてもいいだろうよ。
 って,こういうのを憎まれ口というんだな。

● めんどくさいと思ってしまうなぁ。ぼくはリアルの世界でもあまり個対個のコミュニケーションを求めない方だから,やっぱりFacebookなんぞは無用の長物ってことになるのかなぁ。
 ただ,それだけだったら,Facebookがここまで普及することはなかったとも思うのでね,ほかに何か各自にとってのメリットがあるんだろうね。

● これさ,若いときだったら,とりあえず始めてたと思うんですよね。どんなものかはやってみりゃわかるんだから,まずやってみたらいい。合わないと思ったらさっさとやめればいいだけだから。
 それをウダウダとあれこれ言ってるのは,年をとったせいなんだろうな。

2013.11.02 リチャード・マクドナルド 『世界がもし100年の物語だったら』

書名 世界がもし100年の物語だったら
著者 リチャード・マクドナルド
    佐藤ヤエコ(絵)
訳者 宮田柄午
発行所 夏目書房
発行年月日 2002.03.08
価格(税別) 900円

● 『もし世界が100人の村だったら』が地理編だとすれば,こちらは歴史編。

● で,圧倒的に地理編の方が面白いですな。
 歴史編においては,恐竜が登場するのは95年目で,人類が登場するのは99年目の12月から。いわゆる歴史が始まるのは,大晦日からってわけだから。

● それまでは何にもない。ってことはないわけだけど,茫洋としていてね。

2013年11月1日金曜日

2013.11.01 鳥海 靖 『もういちど読む山川日本近代史』

書名 もういちど読む山川日本近代史
著者 鳥海 靖
発行所 山川出版社
発行年月日 2013.04.30
価格(税別) 1,500円

● 山川出版社の「もういちど読む」高校社会科教科書シリーズの1冊。といっても,高校の授業科目に日本近代史があるとは聞いたことがない。本書も教科書のリライトではなく,書き下ろしたもの。
 じつは,著者の日本近代史を読むのは,今回が初めてではない。もう20年近くも前になるけれど,同じタイトルの本を読んだことがある。放送大学の印刷教材として出版されたものだった。それよりも,今回の山川の方が情報量も多いし,水準も高いんじゃないかと思う。

● 教科書的通史ではあるものの,面白く読めた。スイスイグイグイ読める。
 昔,進歩的文化人と呼ばれた人たちが書いた断片は,読むとザラザラした感覚が残った。薄汚いとはこういうことかと思わされたものだ。
 本書にはそういうものが一切ない。丹念に史料を渉猟し,自身の空想が勝手に羽ばたかないように細心の注意が払われている。

● かつての主流をなしていた「マルクス主義歴史学,ないしそれに同調する立場からの歴史研究」に対して,次のような疑問を提出している。
 第一に「西欧先進国との比較で「遅れ」「ゆがみ」を指摘する場合,そこでの西欧理解があまりに観念化・理念化されていて,必ずしも歴史の実態を踏まえていない点」。
 第二に,「「遅れ」「ゆがみ」論が,制度上の建前にとらわれすぎて,制度の実際上の運用を軽視している点」。
 第三に,「時代状況を度外視した今日的価値を基準とする理解・評価への疑問」。
 要するに,かつての主流派は,手間暇や思考を惜しみすぎたということですか。こういうものがたとえば大学で教えられていたとすれば,勉強家ほど馬鹿になるというか,高学歴者ほど愚かになる,ってことになる。こういうことって,わりとありそうな気がする。

● 「はじめに」で「歴史を内在的にとらえるためには,まずなによりも,それの時代に生きた生身の人間たちがどのような価値基準に基づいて,なにを考え,なにを目標に行動したかを,歴史状況に即して理解することが必要不可欠といえよう」と書いている。
 そのとおりなんでしょうね。ただ,そうしたことは近代史では可能であっても,さらに過去に遡る中世史や古代史に関しては,かなり難しくなるんでしょうねぇ。
 「歴史には神も悪魔も登場しない」という諺があることも,本書で初めて知ることができた。

2013年10月31日木曜日

2013.10.31 中谷彰宏 『中学時代がハッピーになる30のこと』

書名 中学時代がハッピーになる30のこと
著者 中谷彰宏
発行所 PHP
発行年月日 2012.10.02
価格(税別) 1,000円

● ごく普通の人生論っていうか,大人にもそのまま言えること。中学時代だからといって,それ特有のノウハウがあるわけじゃない。

● 集中できないときは掃除をするのがいいとか,仕事を決めるときは仕事そのものを見るんじゃなくて,素敵と思える大人がやっている仕事を選べとか,そういうことが説かれている。

2013.10.31 清水克衛 『中高時代に読む本50』

書名 中高時代に読む本50
著者 清水克衛
発行所 PHP
発行年月日 2011.05.06
価格(税別) 1,100円

● 高校時代に戻されるのは絶対イヤだけれども,中学時代ならいいかも,と思う。可能ならば,今の世間知を持ったまま戻してもらえればなと思いますね。
 人生二度なしでいいんだけれども,もう一度やり直せるなら,だいぶ違った人生にできるかも。できないかもしれないけど。

● 本書は中高生に勧めたい本を50冊あげたもの。昔の教養主義的な本というか,ドストエフスキーだのトルストイだの夏目漱石だのは,まったく含まれていない。
 要は,元気をもらえる本,気付け薬になる本があがっている。これはこれでありだと思う。っていうか,ぼくもそうした本を主に読んでいるような気がしている。
 しかし,無理に読まなくてもいいような気もする。

2013年10月30日水曜日

2013.10.29 岡田斗司夫 『フロン 結婚生活・19の絶対法則』

書名 フロン 結婚生活・19の絶対法則
著者 岡田斗司夫
発行所 海拓舎
発行年月日 2001.06.14
価格(税別) 1,500円

● まず,痛快な読みもの。次いで,分析の深さ,バックグラウンドの広さに感服。
 この本を書くにあたって気をつけたことは,机上の空論にならないこと。まず現在の日本の実情をかなり性格に把握するため,実例を多数収集しました。 そこから「いまの日本の家庭はどうなっているのか」を判断し,なぜそうなっているのか,理由を考えました。 この現状と理由を合わせて考えると,「次はこうなるだろう」ということが見えてきます。(p253)
● 男女の不平等。何だろうかなぁ。神さまがそういうふうに男女を作ってしまったってことかねぇ。出産は女にしかできないし,育児もオッパイを持つ女と持たない男が平等にやるなんて,最初からできない相談。
 「自分が女だったら,どう思うだろうか?」 「女に生まれたら,どう考えるだろうか?」 この発想は,私の世界観を激変させました。とにかく,いままで見えていた世界がガラッと変わってしまったのです。 うまく言えないのですが,なるほど「男として生きる」というのは,ある種の特権階級だと感じました。 自分が特権階級であることに関して,大部分の男は無自覚なままで,女はその無自覚さに対して諦めるか寛容になるか考えないようにして生きているんだなぁと,しみじみ思いました。(p37)
 これを著者は「おかまエンジン」と呼ぶ。そうだよなぁ,このエンジンは搭載することを試みるべきだよなぁ。

● 少子化対策ってのは,かなり以前から大金を注いで,行政がいろいろやってきた。が,その効果はまったく見られないまま,数十年が経過している。
 非婚化や晩婚化が理由なのはバカでもわかる。ではなぜ,結婚したがらない女性が増えているのか。その理由を著者は明晰に提示する。

● 「オンリーユー・フォーエバー症候群」という言葉を初めて知った。
 「オンリーユー・フォーエバー症候群」とは『〈非婚〉のすすめ』(森永卓郎著・講談社)で発表された概念です。日本人女性だけが固有に持っている「恋愛に対する信仰心」のことです。 「この世の中にはたったひとり,自分にとって運命の人がいる。その人と生涯添い遂げて暮らすことが,女の本当の幸せである」という考え方が,オンリーユー・フォーエバー症候群の特徴です。 これにはいっさい根拠はないのですが,どういうわけか,日本人女性は全員,この妄想を信じて疑おうとしません。 しかも,オンリーユー・フォーエバー教を信じているのは女性だけで,男性の信者はほとんどいないのが特徴です。 男性は,どんなにモテるヤツでもじつは「僕を好きになってくれる人なら誰でもいい」と考えています。(p91)
 この本が書かれたのは2001年。もう昔といっていいだろう。今の若い女性はどうなっているのか。少なくとも,田舎ではあまり変わっていないような気がしているけど。

● 女性に具体的な知恵を与えていく。
 理想の彼でさえ結婚し共に暮らし始めるとダメな男に変化していきます。「いい男,頼れる男」とは,「ダメ男への変化途上にある男」と考えるぐらいが妥当なのです。(p118)
 「お互いに高め合う恋愛」というのは,やはり男性には理解できない女性のみの発想です。「高め合いたいなら仕事でがんばればいい」と考える男性が大部分でしょう。 仕事という厳しい現実を通して,なにかはっきりした成果を残したい。 こう考えている男性は多いですが,彼らにいわせれば「女性は,まるで仕事みたいにな恋をしたがる」ということになります。(p119)
 ● 家庭の問題は父権が弱くなったこととは何の関係もない,そもそも父権などというものは幻想に過ぎない,と説く。
 引きこもりとか,イジメとか,少年凶悪犯罪といった子どもに関する議論も,とにかく「家庭に問題がある。女だけで子どもを育ててるからだ。やっぱり男が一家の大黒柱として家に帰らないと」という結論になってしまいます。 ところが不思議なことに,「なぜ夫や父親が家族の大黒柱になると,子どもはちゃんと育つのか」を論理的に説明した本は1冊もありません。このことは皆さん,腹の底から知っておいてください。ほんとうに,1冊もないのです。(p136)
 ● ではどうすればいいか。夫をリストラするしかないではないかと言う。
 安らぎというのは,夫であれ妻であれ子どもであれ,個人個人が感じる条件も場所も違うものです。自分のための安らぎは,自分で作るしかありません。誰か他人に自分のための安らぎの場を作ってくれと求めること,それは相手に非人間的な我慢を強いることです。(p181)
 どんなに良い父親も,いわゆる「父親」というイメージの存在である限り,将来的にはリストラされてしまうのだろうし,それがあるべき正しい世の中の流れなのではないでしょうか。(p262)
● 個人的には著者の意見に賛成だ。本当にそうだと思う。夫と妻という配偶関係は残しながらも,育児の足を引っぱることしかできない夫を育児に参加させないというのは,無能な人間を雇わないということと同じで,ものごとの自然というものだ。
 著者のいうことが現実のものになると,男はほんとにひっそりと生きていくしかないようにも思えるけれども,実際にはそうはならないだろう。そうなる男も出るだろうけど,活き活きとしだす男もいるはずだ。
 目下のところは,結婚という制度のもと,女の献身によって男は楽をしている。その献身を外されれば,男の実力差が出るだけだ。実力がある者はあるように,ない者はないように,それぞれやっていくことになるだけだ。それでいいと思う。

2013年10月28日月曜日

2013.10.28 中谷彰宏 『14歳からの人生哲学』

書名 14歳からの人生哲学
著者 中谷彰宏
発行所 PHP
発行年月日 2012.03.05
価格(税別) 1,000円

● 中学生向けの生き方論ということになる。テーマは次の一文。これを1冊に仕立てている。
 「現実」など存在しないのです。あるのは「解釈」だけです。現実に生きているのではなく,「現実」を「解釈」して生きているのです。「解釈」は,別の言い方では「思い込み」です。(p17)

2013.10.27 斎藤一人 『人とお金』

書名 人とお金
著者 斎藤一人
発行所 サンマーク出版
発行年月日 2013.10.30
価格(税別) 1,600円

● CD付き。CDはまだ聴いてないんだけど,たぶんCDが本体で,本が付録だと思う。

● 生き方論としてとても参考になるものだと思う。
 まず,「いい人」が陥りやすい落とし穴。
 「いい人」は,やさしいので,すべての人にやさしくすることがいいことだと思っています。でも,そうではないのです。あなたのエネルギーを奪っていくような人や,あなたをなめてかかるような人にまで,やさしくしてはいけません。(p2)
 この世には,「引き寄せの法則」というものがあります。自分が常に心の中で考えていることを,現実でも引き寄せてしまう。「ビクビクした波動」を出していると,さらにビクビクしなければいけないような現実を,引き寄せるのです。(中略) あなたが“いいこと”を引き寄せたいと思ったら,お腹に力を入れて,堂々としていることです。(中略)気合いをいれて,ドーンとかまえましょう。「波瀾万丈,どんとこい!」そんなふうに思えるようになったら,もう大丈夫。(p94)
 ● お金の扱い方のあれこれ。
 例えば,あなたが誰かの役に立つことをして,「これ,ほんのお礼です」と,お金を差し出されたとします。そういうときに,「いえいえ,そんな,お金なんていりません」と断ってしまうと,なぜか他のお金も入ってこなくなります。それは「小さな川」の流れを,とめてしまったからです。そういう,不思議な「お金の法則」があるのです。(p39)
 ● 仕事をするときに心得ること。
 成功への階段を歩み始めたばかりの人は,小さな成功を手に入れると,ほっとして,少し休みたくなります。しかし,こういうときが,実は一番,ノッているときなのです。 仕事には,「加速の法則」というものがあります。成功を手に入れたときこそ,次の成功もすぐにやってくる。こうやって,いいことが連続して,どんどん起こるのです。この勢いをとめてしまっては,もったいない。(p68)
 すべての情報には「旬」があります。いま,その人の耳に入ってきたということは,その人にとって「旬」なことなのです。(中略)自分の中で寝かせていると,いつのまにか「旬」が過ぎてしまいます。(p74)
 プロは堂々としているのが,相手に対するサービスなのです。(p80)
 ● その他の人生作法。
 運を最短で上げるコツをお話しします。それは「すでに成功している人がやっていることを,そっくりそのままマネること」です。(中略) ちなみに,この話のポイントは,「そっくりそのままマネる」ということです。多くの人がよくやりがちなまちがいに,「自分流にアレンジして,マネる」というものがあります。これをすると,失敗する原因になります。(p129)

2013年10月24日木曜日

2013.10.24 鈴木謙介 『ウェブ社会のゆくえ 〈多孔化〉した現実のなかで』

書名 ウェブ社会のゆくえ 〈多孔化〉した現実のなかで
著者 鈴木謙介
発行所 NHKブックス
発行年月日 2013.08.30
価格(税別) 1,000円

● SNSの普及などによって,「いまや現実空間はメディアを通じて複数の期待が寄せられる多孔的なものになっており,また同じ空間にいる人どうしがその場所の意味を共有せずに共在するという点で,空間的現実の非特権化が起きている」(p137)。つまり,「私たちの生活が,目の前にいる他者とオンラインでつながっている他者のどちらを優先すべきかを決定することが困難な状況に置かれている」(p143)。
 ではぼくらはどうすればいいのか。これが本書の問題意識であり,テーマであるように思われる。

● しかし,末尾に結論らしきものが述べられているが,それが上の問題にどういう解答を与えるものなのか,ぼくにはわからなかった。

● テーマからは外れるところから,転載をひとつ。
 確かに私たちは,(中略)自分の情報がウェブ上でどのように流通し,利用されるかということについて非常に敏感になっているし,できることならそれをコントロールしたいとも思っているだろう。だが,どのようにコントロールしたいのか。一言で言ってしまえばそれは,「見せたい相手を選んで,見せたい自分だけを見せる」ようにしたいということなのだ。(p130)
 はて,と首をかしげてしまった。そのとおりだと思うんだけど,これってリアルの付き合いにおいてもそうだよねぇ。それができないから,人生は苦ってことになってるわけで。

2013年10月22日火曜日

2013.10.22 末広栄二 『ツイッター部長のおそれいりこだし』

書名 ツイッター部長のおそれいりこだし
著者 末広栄二
発行所 日経BP社
発行年月日 2010.09.06
価格(税別) 1,400円

● ツイッターにはその世界独自の言い回しがあるんでしょう。「2ちゃんねる」でも符牒まじりの言い回しが次々に生まれて,そのいくつかは定着しているしね。
 最初に使った人はいるんだろうけど,それがバッと広まって,あたかも自然発生的に生まれたような感じになる。面白いものだと思う。
 著者はそこに「だじゃれ」を持ちこんで,流行語?を作っていく。その過程が面白かった。

● なんだこの日本語はと目くじらを立てる人は,さすがに死に絶えていると思うんだけど,こういうのは目くじらを立てようが,髪を逆上させようが,生まれてくるものなんですな。

● 著者は(たぶん生まれつきだと思うんだけど)ホスピタリティをたくさん保有している人のようだ。会社に内緒で社名を使ってツイートを発することにしたのも,会社への貢献意欲もさることながら,自分がやってみたかったからのようなんだけど,いくら好きでやってみたかったからとはいえ,ここまで献身できるのは,持って生まれた性格だろう。
 そのノウハウというか,方法論というか,それを他社に出し惜しみすることも考えていない。本書で包み隠さず公開している。

● 本書の後半で,自身の生いたちを紹介している。こういう人って,たぶん若い女性社員にもモテマクリだろうなぁ。
 私がツイッターでコミュニティを作ろうとか,メディアを作りたいとか言い出し,(中略)たりしている根底には,私の人生自体が何でもやってみようという姿勢だったこと,それでも何とかなってきたということがあります。(p146)
 後に温泉旅館で布団敷きのアルバイトをして中古ドラムを購入しましたが,演奏方法がよくわからないので,カセットで曲を何回も何回も聞いて耳コピーするという自己流でした。考えてみれば,ツイッターもそうですが,これまでの人生すべてが自己流です。(p147)
 いわゆる歓楽街を営業して,塩を撒かれたこともありました。おめでたい性格なのか悲壮感はなく,「こういうことって本当にあるんだなぁ」と驚いた半面,なんだかおかしくなってしまいました。(p151)
 結局は新しいモノが好きという部分も非常に大きいように思います。(中略) こうした新しいモノ好きが高じて,ツイッターはもちろん,iPhone,iPad,ユーチューブ,ユーストリーム,フェイスブックなどの新しいサービスにいち早く飛び付いて,コミュニティ作りやメディア化への道に突き進んでいるのかもしれません。(p160)
● こうした背景を持たない人が,会社をPRしようと同じことを始めても,消費者からそっぽを向かれてしまう。
 大半は宣伝が見え見えなのじゃないか。これだとマイナスになる。下手にやるんだったらやらない方がましだ。やらなければ,少なくともゼロをキープしているわけだから。

2013.10.21 番外:Associe 2013年11月号-手帳大全2014

編者 坂巻正伸
発行所 日経BP社
発行年月日 2013.10.10
価格(税別) 657円

● 「Associe」恒例の手帳特集。この類いの特集記事を眺めるのが,いわゆるひとつのエンタテインメントになってしまったなぁ。
 雑誌の性格からして,手帳を使って大量の仕事をどう捌いていくかというのが中心テーマ。スケジュール管理,時間管理,TODO管理,といったあたり。

● 先日,「日経WOMAN」の手帳特集を取りあげて,「使い方のバリエーションはとっくの昔に出尽くしているのかもしれないね。あとは,手を変え品を変えて,雑誌に仕立てるということなんだろうな」などと言ってしまったんだけど,申しわけない,撤回します,これ。
 恐れいった使い方が紹介されている。47ページの山村沙莉さんの使い方。ウィークリーに予定を書き,マンスリーに日記を書く,という。0.3㎜のペンを使って,とんでもなく小さい文字でびっしりと日記を書く。奇想天外の発想。

● ハンパない超多忙氏が二人登場。32ページの三輪麻衣さんと,50ページの吉田穂波さん。女性にこうまで忙しい思いをさせていいのかと考えるのは,本人たちにとって大きなお世話だろうね。
 手帳の使い方も独特だけれども,これは彼女たちの能力と,特に置かれた環境が作りだしたもの。まさか真似しようとする人もいないだろうけど,これを外形的に真似るのは愚かの極み。

●  「人生は一度きり。勉強も仕事も育児も生活もやりたいことは全部同時並行でやる」「途切れ途切れでも中途半端でもOK,とにかく始めさえしたら時間は生まれる,と発想を切り替えたら,あら不思議。やるべきこと,やりたいことが全部できるようになりました」というレベルだからね。
 ぼくがこれを真似したら,文字どおりの鵜の真似をする烏になってしまうだろう。

● ワーキングマザーというのは,それだけで超人だね。家庭運営や育児っていう滅多にはないビッグプロジェクトの責任者を務めながら,仕事までするんだからね。
 「やりたいことは全部同時並行でやる」っていう,とんでもなく強欲(もちろん,いい意味でね)なところも,女性の強みだなぁ。

● 面白かったのは,渡邉英彦さんの手帳(p15)。なるほどこういうふうにも使えるのがシステム手帳のいいところだな,と思わせる。
 これまた,渡邉さんの力量と仕事が編みだしたもので,うっかり真似をすると痛い目に遭うだろうけど。
 しかし,アメリカやイギリスでは,デジタルツールが席巻しつつあり,紙の手帳はあまり使われなくなっているらしい。すごいなとも思うし,馬鹿なやつらだなとも思う。
 っていうか,英語とデジタルの相性は日本語と比べて段違いにいいんだろうか。

● ぼくはこの本に登場する人たちに比べたら,ぜんぜん忙しくない。正確にいうと,出なければならない会議や,行かなければならない訪問先がそんなにない。
 正直,スケジュール管理をするのに手帳なんぞ要らない。卓上カレンダーにでも書いておけば充分だ。ゆえに,本書に登場するような手帳の使い方をする必要がない。それらを真似たのでは壮大なムダが産まれることになりそうだ。
 そういう人って,けっこう多いんじゃないかと思う。っていうか,メジャーはこちらの方だろう(でもないのか)。
 であるからして,この種の情報を切実に欲する,目を皿のようにしてヒントを探す,という状況にはない。

● でも,手帳は使っている。のみならず,手帳とノートの2つを携帯している。手帳はバイブルサイズのシステム手帳「Bindex」(中身は能率手帳)。ノートはA6サイズに「ほぼ日手帳」のカバーを付けて使用。
 今年の2月まではパソコンで日記を書いていた。が,それをやめて,代わりにノートを持つようになった(6月半ばから)。ダイソーの「ペン差しカバー付A6ノート」。これで実用的には何の不満もなかったんだけど,「ほぼ日」が岡本太郎の油絵「建設」をあしらったカバーを出してくれた。これが欲しくてね。一度は手帳を替えることも考えたんだけど,結局,カバーだけを買うことにした。ノートは無印良品のA6(96枚のやつ 300円)。

● 手帳とノートで何をしているのかといえば,日々の記録を残す,流行の言葉でいえばライフログを残す,っていうことになりますかねぇ。
 外形的なことは手帳に書く。会議があった,誰と会った,何を食べた,とかは手帳に書いておく。読んだ本や聴いた音楽のタイトルも記しておく。
 見たテレビ番組も。新聞の番組欄から該当箇所を切り抜いて,縮小コピーして貼っておく。

● お菓子の包み紙とか,飲食店の割り箸の袋なんかも貼っている。マックのチキンナゲットを買うと付いてくるバーベキューソースの蓋紙までも貼ったりしてる。
 映画の半券(映画はめったに見ないけど)も貼るし,コンサートのチケットはパンチで穴をあけて綴じておく。
 気になった新聞記事も綴じている。以前に比べれば,新聞記事を残すことは少なくなってるけどね。
 スケジュール管理的なことでいうと,忘れてはいけない予定はポストイットの付箋に書いて,該当日に貼っておくだけだ。

● ペンはパイロットのハイテックCコレト。黒,緑,赤,青の4色を使用。
 大きく仕事関係は黒,プライベートは緑を使用(その日に食べたものは黒で書いてる)。読んだ本のタイトルは赤。青を使うことはあまりない。リフィルの補充頻度は,黒→赤→緑→青の順。

● バインダーはポール・スミスのもの。リング径は12ミリくらい。薄いので,1年分のリフィルは入らない。過ぎたものははずして保存用のバインダーに移し,現時点から3ヶ月先までのを入れておくようにしている。
 じつのところ,システム手帳をバイブルサイズにしているのは,保存用のバインダーが安く手に入るからといったあたりにあるんですなぁ。Seriaで売っている100円のやつを使ってますよ。

● それ以外のことはすべてノートに書く。家族の出来事,支出メモ,嬉しかったこと,頭にきたこと,何を思ったか,何を考えたか(考えなかったか),などなど,思いついたことはすべて書くようにしている。同じことを何度書いてもかまわない。
 ちなみに,うまく書くコツは,たくさん書くことだと思う。打率を気にしないで,とにかくガシガシ書いていくこと。で,これは,意外に簡単に習慣化できるものだと知った。
 書くに際して,工夫は特にしていない。次のトピックに移るときに,1行か2行あけるようにはしているけれども,あとはひたすら追い書き(ただし,変化の兆しあり)。

● システム手帳にメモ用のリフィルをセットして,これに書こうとしたこともあったんだけど,これはぜんぜんダメだった。
 リングが邪魔だ。システム手帳は閲覧にはいいけれど,入力には向かない。ガシガシ書くには不向き。
 パンチで穴をあけていろんなモノを綴じておけるというメリットが捨てがたいので,これからも使い続けるつもりだけど,メモ帳なりノートを別に持つのは必須かなぁと思っている。

● 筆記具は0.9ミリのシャープペン。芯は2B。これは,「ほぼ日」が開催した「手で書く手帳展」の初日に行われたトークショーで,松浦弥太郎さんが推奨していたもので,素直にそれに従うことにした結果。
 墨芯だと,中紙が擦れあって字も汚れることがある。万年筆を使うことはないと思うけど,ボールペンに戻すことはあるかも。

● ひたすら書くだけで,後で読み返すときにわかりやすくということは考えない。なぜかというと,読み返すことはないからだ。
 お笑い芸人のネタ帳的なメモ(これは読み返すことが前提)もときにはあるけれど,メインは上に書いたような日記的なものだ。そんなものは読み返さないでしょ,普通。
 身も蓋もないんだけど,これが現実。パソコン日記をやめたのも同じ理由。バカバカしくなった。
 ノートはバカバカしくないのかよというと,これが不思議なことにそんなにバカバカしくないんですよ。読み返さないんだけど,頁を繰ることはある。そのときに自分が書いた文字がパラパラと目に入ってくる。それだけでも,けっこう違うのかもしれない。

● 基本は書いたあとの活用ではなくて,書くことじたいにある。
 頭に来たことをノートに吐きだすとスッキリするという類の効用はたしかにある。その場合,キーボードでは吐きだしきれない。手書きの方がきっちり吐きだせるような気がする。
 ただし,憤怒の渦中にいるときは,吐きだす気にもなれないものだ。吐きだすのは多少落ち着いてからってことになりますね。
 書くと安心するという効用もバカにできないようだ。まず読み返さないし,したがって検索なんぞ考える必要もない。だから,もし,書いたことを読み返したくなったときは,探すのにけっこう時間がかかるかもしれない。でも,どこかにあるのはたしかだ。その安心感。

● 手書きの楽しさのようなものがあることを,ノートを携帯するようになって初めて知った。ワープロ専用機以来,キーボード派に転向して,仕事以外でペンを持つことはなくなっていたんだけど(ちょこっと手帳に書くのが唯一の例外),ひょっとするとバカなことを長年続けてしまったかもしれないと思ったりする。
 紙にペンで字を書くってのは,それ自体が楽しいんですよ。これ,なんか新鮮な発見。

● こうして半年近くノートを使ってくると,手帳はマンスリーの薄いのにしちゃって,スケジュール以外の一切をノートに集めてもいいかなと思ったりもする。手帳に任せているスクラップ機能をノートに持ってくるとか。ま,このあたりは,成り行きにしたがってみようと思ってるけど。
 あと,追い書き方式から,1日で見開き2ページを使う方式に替えようと思っている。少なくとも,日が替われば次のページに移ることにした。細かいことだけど。

● 手帳よりノートの方が可愛くなった。物理的に使っている時間がかなり違うから。自分の分身である度合いが手帳よりも強いんですね。ダイソーの百円ノートであっても愛着がわく。
 自己愛の延長だろうね。だから,あんまりあからさまにするのは恥ずかしいことでもある。