2012年11月20日火曜日

2012.11.19 中川右介 『常識として知っておきたいクラシック音楽50』


書名 常識として知っておきたいクラシック音楽50
著者 中川右介
発行所 KAWADE夢新書
発行年月日 2004.07.01
価格(税別) 720円

● クラシック音楽はわりと聴いている方。数少ないというか,ほとんど唯一の趣味が,クラシック音楽のコンサートに出かけていくことだ。
 が,クラシック音楽について知るところは,きわめて少ない。本書が紹介している「常識として知っておきたい」楽曲の中でも聴いたことがないものもけっこうあるしね。

● 「はじめに」で,「クラシックだけが「難解」「堅苦しい」イメージになっている。なぜだろう。その答えは,クラシックと最初に出会うのが,勉強の場,学校だからだ。そして,ほとんどの人が,微分積分でわけがわからなくなり数学嫌いになるように,音楽の授業で強制的に聴かされ,「クラシック嫌い」になって卒業するからだろう」と分析する。
 夏休みの宿題に読書感想文を課すことが読書嫌いを作っているのと同様だ。
 ただね,ぼくがポツポツと音楽を聴き始めたのははるか昔で記憶もおぼろなんだけど,学校で聴いた中からとっかかりを得たように思うんですよね。音楽の授業って,功罪でいえば罪の方が多いかもしれないけれども,罪ばかりでもないかもしれないね。

● そうだったのかと目から鱗が落ちたのは,次の記述。
 オペラに序曲が必要になったのは遅刻してくる人のためだ。いつの時代,どの国の,どの劇場でも,遅刻する人はいる。しかし,遅刻する人がいるからといって,すでに席についている人を待たせるのも失礼だ,というわけで,序曲が考え出された。本編を始めるまでに一〇分くらい,序曲を演奏しておけば,すでに席についているお客さんも退屈しないし,遅刻する人も物語の最初から見ることができる。(p87)
 言われてみるとストンと納得できる。オペラの序曲って工夫の産物だったんだねぇ。

● 「クラシックで商売として成功するには,女性客をつかめる容姿の音楽家でなければならず,その条件に合うのは,モーツァルトとショパンしかいない」(p166)というのも,そうだよなぁと思わされる。「容姿」っていろんなところでモノを言うんだよなぁ。

● 著者は「クラシックジャーナル」誌の編集長。ゆえに,文章が読みやすい。クラシック音楽についてたくさんの啓蒙書を出しているので,引き続き,いくつか読んでいきたい。
 ちなみに,こういう本を書くくらいだから,勉強もハンパなくしているだろうし,CDも聴きこんでいる様子。なまじな専門家よりも蓄積が多いし,専門家のように下手で固い文章は書かないでくれるからね。こういう人がいてくれるって,音楽界にとってもありがたいことなのではあるまいか。

● どのCDを聴けばよいか。著者は基本的にカラヤンを推奨。理由は「はじめに」で次のように述べられている。
 交響曲や協奏曲などオーケストラによる曲は,基本的には,カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のものを聴けばいい,というのが基本方針だ。その理由は,カラヤンほどレパートリーが広く,多くの曲を録音している指揮者はいないからだ。(中略) だが,覚えておいてほしい。カラヤンは,クラシックの「通」を自任する人々からは,ばかにされている。カラヤンを否定するところから,真のクラシック道が始まるといってもいい。しかし,否定するにも,まず聴かなければ始まらない。
● ぼく個人は何でもいいという意見なんだけどね。そんなものは偶然に任せればいい。
 だいたいさ,細かいこだわりをあれこれと開陳する人がいるけどさ,おまえ,ホントにわかってんのかよ,って思うもん。
 マーケットに流通しているCDであれば,それほどひどいものはないとリスペクトしていいのじゃなかろうか。あとは聴いていくうちに自ずと自分のスタイルができてくる。
 人の意見を聞いて右往左往するほど愚かなことはない。入口をくぐるときに定盤を気にするなんてのは,愚の骨頂。
 ゆえに,基本的にカラヤンでいいという著者の意見にはシンパシーを感じる。わからなければ(入門の段階でわかる人はいないはずだが)カラヤンと決めてしまうのは,大いにこれあり。

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