2012年10月31日水曜日

2012.10.30 邱永漢 『相続対策できましたか』


書名 相続対策できましたか
著者 邱永漢
発行所 PHP
発行年月日 2009.03.26
価格(税別) 952円

● 副題は「お金はあの世に持っていけない」。相続税を払わされるほどの資産をぼくが持っているはずもない。あの世に持っていけるほどのお金はない。
 にもかかわらず,なぜこの本を読んだかといえば,邱永漢さんの作品だからということになる。若い頃からこの人の著書は必ず読んでいた。小説から食や旅のエッセイ,株やお金に関するものなど,えり好みはしなかった。
 この『相続対策できましたか』だけ買いそびれていた。書店を探しても見つけられなくて,やっと今回読むことができた。

● なぜそんなにハマッたのか。透徹したリアリズムに惹かれたのかもしれない。目がくらむような知の発露に憧れたのかもしれない。文壇と実業の両方に籍をおき,巷にピタッと着地している安定感が心地よかったのかもしれない。
 台湾人の父と日本人の母。台湾人として生き,香港の女性と結婚し,日本に住み,晩年は中国に活動の拠点をおいた。そうした場所に絡め取られない生き方を羨望したのかもしれない。
 生命が危うくなるような目にも遭った。お金を商売の種にしながらお金と距離をおいていた。ほとんどの人にはできないはずの,自分と自分がいる環境に対する冷徹なまでのメタ認知。そういう姿勢に感嘆していたのかもしれない。
 その邱さん,今年の5月に故人となられた。

● 「まえがき」で次のように書いている。
 コツコツお金を貯めることからはじめて大事業家になり,税金をどう払って,あの世に持っていけない莫大な遺産はどうするかというところまで,全六巻でお金儲けのシリーズの本を書こうかという気を起こしました。
 一冊目の『お金持ちになれる人』(筑摩書房)からはじまって,『損をして覚える株式投資』『企業の着眼点』『東京が駄目なら上海があるさ』(以上PHP研究所),『非居住者のすすめ』(中央公論社)と続けて五冊を世に出し,今回やっと一番最後の『相続対策できましたか-お金はあの世に持っていけない』を書きあげたところです。
 これで無一文からスタートして億万長者になるためにはどうすればいいのかという目のつけどころについて,ひと通り私の考え方を申し述べたつもりです。世に株式評論家とか,経済研究所の所長とかをつとめる人は少なくありませんが,ご自分でお金儲けができて,原稿料やサラリーはいらないという人は滅多におりません。それに比べると,私がこの六冊の本で述べているようなことを実践すれば,少なくとも私程度の小金持ちにはなれる,場合によっては私以上の世界的な大富豪になれるという自信を私は持っています。
 ぼくはそのすべてを読んでいる。が,お金持ちにはなっていない。たんに読むだけの人は貧乏なまま。当然だね。

● 続いて,いくつかを引用。
 年を取るということは生きている間,家庭の恥をいかにして世間から隠すかということだと妙な確信を持つようになった(p16)
 家業のスケールだった仕事を上場企業のスケールまで伸ばした人たちを私はたくさん知っています。そうした人たちの中で,最初から自分の子供たちに見切りをつけて、親のつくった企業を継がせることを断念した人もたまにはいますが,大抵は何とかして後任社長に育てあげたいと涙ぐましい努力をします。でもほとんどが成功していません。(p40)
 中国には昔から「状元仔(高等文官試験に合格する子供)は生みやすいが,生意仔(商売の上手な子供)がなかなか生まれない」という諺があります(p87)
 私はお金儲けを球乗りの名人にたとえて,新しく大きな屋敷を構えた家には必ず球乗りのうまい人が一人いて,あとの家族は皆,その人に抱えられて生きている姿を想像します。その人が生きている限り,家族は何の心配もないですが,その人が死んだり,球から滑り落ちたりすると,皆その家から出ていかなければならなくなります。(p125)
 本当のことをいえば,人間の社会はどこまでいっても格差社会が続くのではないでしょうか。そうした格差社会のせめてもの救いは,お金儲けの才能は遺伝しないということです。(p142)
 お金は儲けただけではまだ半製品で,使ってはじめて完全品になるものです。でも,お金儲けのうまい人は,お金儲けには夢中になりますが,一生をそのために使ってしまって半製品のまま死んでしまいます。(p145)

0 件のコメント:

コメントを投稿