2017年4月23日日曜日

2017.04.22 番外:FLIX 2017年6月号

編者 松下元綱
発行所 ビジネス社
発売年月日 2017.06.01
価格(税別) 917円

● 映画雑誌。したがって,表紙は木村拓哉。で,これも購入。

● 読んだのは冒頭の木村君のインタビュー記事のみ。そこからいくつか転載。
 “一緒にやりませんか?”と言っていただき,本当に快諾させていただきました。監督ご本人の口からそういう言葉をいただけるのが,僕らのような仕事をしている人間にとっては一番恵まれた瞬間だと思うので。
 (三池監督からは)一度も演出はしていただかなかったんです。でも,何て言ったらいいんだろう? 現場では本当に,監督が作り込む作業,のめり込む作業が三池組を象徴している気がして。(中略)その情熱を全員が感じ取れる現場でしたね。
 安全第一で作業すればするほど,どうしても痛みって忘れがちなんです。実際は,痛くも何ともないので。けれど,やっぱりヴィジュアルから伝わるであろう痛みを伝えるのは自分の責任だ
 役としての痛みは自分の責任だけど,自分自身の痛みは撮影に関係ない。
 自分自身で万次を作り上げるというよりは,杉咲花ちゃんが演じてくれた町や凜のことを感じ,自分の中で解釈したり,飲み込んだりして,自分の表現に変換させていただく感覚でしたね。彼女が苦しめば苦しむほど,万次としてはアクセルの回転数が上がる。
 彼(市川海老蔵)の何がすごいって,動いても着物が全く着崩れないんです。
 (妹の町が殺されるシーンは)本編の中では冒頭にあたるんですが,実は僕のクランクアップのシーンで。(中略)あのシーンに限っては手を決めないでやろうとなりました。“とにかくこっちは殺しに行くので,それに対して反応してください”と言われて,“分かりました”と。(中略)非常にライブ感のある撮影でした。やるからにはという思いもどこかにありますし。しかも,肘から先しかフレームの中に映っていないんじゃない? という人まで,全力なんです。(中略)そういった出演者の方々に,出演者の方々の1カットにかける思いや情熱に,自分も触発された部分は大きいと思います。
● というわけで,今月29日の封切りが待ち遠しい。言うも愚かながら,この映画(「無限の住人」)は絶対に見る。

2017.04.22 番外:FRaU 2017年5月号

編者 岡田幸美
発行所 講談社
発売年月日 2017.05.01
価格(税別) 694円

● これも木村拓哉が表紙を飾っている。で,そういうものは一応見てみよう,と。

● 彼のインタビュー記事から転載。
 ずーっとやるべきことは詰まっていたので,やるべきことがしっかりあるという状況が自分を支えてくれたなって思います。
 (サンタクでは)さんまさんがあまりにも野性的なんで,自分がけこう常識的なポジションになるんです。
 初めてじゃないかな。20数年やってきて。“撮休”っていうスケジュールがあるんだっていう。 -作品のスケジュールが休みのときは,初めて共演者と同じように休めるようになったということですよね。 そうですね。今はいろいろ別の仕事も入ったりしてるけど。
 (ロングバケーションのこと)今思っても,これはほんとに,山口智子さんっていう共演者に恵まれたっていうひと言に尽きるんじゃないですか。アクトって,要は,カメラマン,音声さん,照明さんという傍観者がいる状況で,目の前にいる相手に対して,たとえば“好き”っていう気持ちをずっと抱いていられるかどうかっていうことじゃん。あの作品をやらせていただいたときには,(中略)その姿勢になり直す必要がないっていうか。山口さんに対して,自分は,そのまんま思っていればよかった。(中略)いちいち計算する必要がなくて。
 “あ? 待って,待って。ここまで全部自分でやってきて,その1カットだけ違う人?”って思って。結局,自分でやりました。朝イチで。顕微鏡の中のシーンだけ。 -指も映らないのに? はい。せっかくやるなら,ガッツリやったらないと。
 やっぱり周りの人たちがモチベーションを高めてくれるんだと思います。基本,すべてにおいて,自分がやらせてもらっていることって,相手がいて,初めて成立することだから。
 ふつうに(刀を)当てていたよ。(中略)監督も撮る前に“立ち回りではなく,殺し合いを今から撮影させていただくので,みなさん,よろしくお願いします”って言ってくださって。“あ,同じ感覚でいてくれる”と思えて,すごくうれしい気持ちをベースにして動けた。(中略)(市原)隼人なんかも,“撮影”という形で立ち合うのを嫌がっていたし。だからすごかったよ,ほんとに。最高ですよ。ああいう真面目で,ちゃんと熱意をもっている人が同じ現場に立っていてくれると・・・・・・。
 もうそれは,求められたら,動きます。自分は,そのためにちゃんとコンディションを整えていようと思っています。
 -以前のインタビューも,「楽しい,嬉しいといったポジティブな感情だけでなく,悲しい,寂しい,辛いといった感情もしっかり味わった方がいい」と言っていました。 うん,それが結局は,人生を豊かにしてくれると思うよ。

2017.04.22 番外:婦人公論4月25日号

編者 横山恵子
発行所 中央公論新社
発売年月日 2017.04.11
価格(税別) 528円

● これも表紙が木村拓哉。写真は篠山紀信が撮っている。

● 彼のインタビュー記事からいくつか転載。
 今の僕にしても,何のために命を燃焼させているかと問われたら,やっぱり自分のためではない気がする。作品のためであったり,誰かのためであったり・・・・・・。(p44)
 真冬の京都で,セリフを言うと,寒さで白い息が出てしまう。だから,カメラを回す直前まで口に氷を含んでおいて,「本番!」の合図と同時に氷を吐き出し,セリフを言うようにしていました。(中略)寒いとかつらいとかいう僕自身の感情は,万次には関係ない。(p44)
 僕自身,逃げない,それから,やるからには全力を尽くす。この二つは,ずっと自分に課してきたことです。(p45)
 思いを作品という形にして,たくさんの人たちに向けて放つというのは,ものすごいエネルギー。僕は,そこに一員として参加させてもらっているだけです。一人じゃ,なんっにもできないんですよ。「自分一人で」という感覚は,僕の中では皆無です。(p45)
 映画なら映画,ドラマならドラマ,何かひとつの仕事にフォーカスを合わせ続けられるようになったことは,すごく新鮮ですね。前は(中略),チャッチャッと,仕事ごとにチャンネルを切り替えないといけなかった。(中略)これまで,“無駄”ってわりと避けてきたんです。時間も限られていたし,最短ルートで結果を出そうとしていた。でも今は,役について,ああでもない,こうでもない,と考えることができる。あ,無駄,いいなぁって。(p45)
 志は高くありたいですけど,高い場所に行きたいわけではない。(p45)
● 作家の佐藤愛子さんのインタビューもある。90歳にして『晩鐘』を世にだした。創作意欲が衰えないこと,その質を維持していること,この二点においてこの作家は野上弥生子以来ではないか。っていうか,野上弥生子を凌ぐのかも。
 何もない平穏な状態はいいことだけれど,いざというときは,平穏なんて何の役にも立たないと思いますよ。(p14)
 93歳の作家の言葉だ。

2017.04.22 番外:キネマ旬報5月上旬号-開眼,覚醒,前進 木村拓哉は銀幕にいる

編者 青木眞弥
発行所 キネマ旬報社
発売年月日 2017.05.01
価格(税別) 850円

● 書店のエンタテインメント雑誌の棚を見ると,木村拓哉が表紙になっている雑誌が並んでいた。「無限の住人」の封切りが近づいているからね。
 「無限の住人」,もちろん見る。

● この雑誌も木村君のところだけを読んだ。以下にいくつか転載。
 木村拓哉は自分もことより,共演者のことより,スタッフのことを語る。彼にとって現場は,単に芝居をするだけの場ではないのだ。(p8)
 万次がいまも生きているとすれば,それは木村拓哉なんじゃないか。そういう一致の凄みを感じるんですよね。キャスティングをする上で迷いがなかった。(この原作を)やるんだったら,木村拓哉がいないと無理だよねと。根拠はないんですけど,なぜかそう思った。(三池崇史 p12)
 万次が,スーパーアイドルとしての役割を果たしながら生きていく木村拓哉という人とものすごくリンクするんです。誰も味わったことのない,木村拓哉にしか見えていない世界がある。わけですよ。明らかに。万次にしか見えていない世界があるように。(三池崇史 p14)

2017.04.22 番外:POPEYE5月号-もし東京に友達が来たら,君はどこに案内するか?

編者 木下孝浩
発行所 マガジンハウス
発売年月日 2017.04.10
価格(税別) 722円

● 主には食堂やレストランの紹介。が,それ以外のものもあって,たとえば最初に出てくる「カストリ書房」。台東区千束にある。遊郭・赤線・歓楽街に関する古書と新刊を扱っている。けっこうエロいのもあるらしい。
 浮世絵は性交場面をデフォルメして描いているものが多いわけだけども,その伝統って江戸時代で絶えてしまったわけではなく,現在まで連綿と続いている? ひょっとして,その中から後世の人たちが驚くような作品もあるのかもしれない。と,妄想してみた。

● 銀座にも「蔦屋書店」ができるらしい。

● 山口瞳さんのエッセイにしばしば登場していた,国立の「ロジーナ茶房」は現在も健在。
 行ってみたいと思ったのは,中目黒の「おにやんま」。立食いうどんの店だ。ここなら一人でも入れる。旨そうだ。

● 昨年大晦日に泊まった「トレインホステル北斗星」も紹介されていた。清潔だし,3千円未満で泊まれるし,イートイン・スペースはあるし,コンビニがすぐ近いところにあるし,何より馬喰町駅に隣接しているという立地が移動者を助けてくれる。

2017年4月1日土曜日

2017.04.01 永江 朗 『小さな出版社のつくり方』

書名 小さな出版社のつくり方
著者 永江 朗
発行所 猿江商會
発行年月日 2016.09.26
価格(税別) 1,600円

● 出版界(出版社,取次,書店)の問題点を整理して,どこをどう直せばいいか,どうすれば出版界が活気づくのか,を検討している。
 背景には本が売れなくなったという事情がある。が,売れないのと読まれないのは違う。

● そういったところを,しつこく,いろんな観点から深掘りしている。その方法論として永江さんが採用したのが,小出版社を現に運営している人たちに取材して探ってみるというやり方。
 実際には,小出版社を取材するという仕事が先にあって,では何を訊けばいいかというのが後からついてきたのかもしれないけれども。

● 以下にいくつか転載。
 新聞広告を出したことは何度かあるが,書評ほどの効果はないというのが実感だ。(p22)
 返品削減はじめコストカットは,短期的には利益を増やしても,長期的には市場を収縮させ,自分たちの首を絞めることになる。(p40)
 一人ひとりの給料が高いので,経営側は人件費を抑えるために従業員を減らそうとする。従業員が減ると,ひとりあたりの労働量は増える。余裕がなくなり,アイデアも生まれにくくなる。(中略)給料を下げて人を増やしたほうが,長期的には出版界活性化につながるのではないだろうか。(p41)
 取次の社員はリスクを恐れる。自分が口座開設をOKした出版社が倒産したら,責任を問われるからだ。だが,出版というビジネスは,うまくいくこともあれば失敗することもある。(中略)できるだけリスクを回避しようと石橋を叩いてばかりいるので,誰も橋を渡らなくなり,出版界は活力を失ってしまった。(p55)
 読者にとっては,出版社が大手か零細かなんて関係ないし,本の内容だけで買うとは限らない。たとえ1000円でも2000円でも,ふつうの人は本を買うときシビアになる。チープな造本では購入意欲が失せる。こうした感覚は出版業界に長くいると鈍くなってしまう。(p57)
 出版社には企画会議があるでしょう? あれでだいたいつまんない企画になってくる(p62)
 ある大手書店チェーンの幹部は(酒の席での発言ではあったけれども),出版社が淘汰再編されたほうが書店の仕事は楽になるといっていた。売上は落ちているのに仕事量が増え続けている書店現場の悲鳴とも聞こえる。(p75)
 近年,美術館の展覧会は進化していて,60年代や70年代のようにただ泰西名画を集めただけ,あるいは個人の作品を年代順に並べただけという展覧会は少なくなった。明確な,しかも斬新なコンセプトで,展覧会そのものが表現であるかのような企画が増えたし,個人の回顧展にしても切り口が重視される。(p84)
 アートというものが時代のひとつ先のイシューをとらえるものだから,『BIOCITY』をつくりながら,このテーマは何年か前にアートで取り上げられていたものと感じることはよくあります。3.11以降,アートは変わったと思います。9.11以降にアメリカで起きたようなことが,日本でも起きている。たとえば,参加型の作品など関係性のアートが増えている。(p90)
 「(著者が)無名でさえなければ」という言葉は身も蓋もないように聞こえるけれども,これも重要なポイントだ。無名で,後ろ盾もなく,なんの実績もない出版社が最初に出す本で,著者も無名というのでは,売る自信がなかった。(p102)
 「風」だ。なんとなくの「風」を感じられるかどうか。人が書店でワクワクしている感じが減っている(p117)
 AKB48など秋元康氏のアイドル・ビジネスは漫画雑誌のつくり方に似ている。アイドルグループを運用するためにメンバーを新陳代謝させていく。 「一方,手塚プロとか藤子プロなど個人事務所のあるコンテンツは寿命が長いんです。コンテンツ側で管理する人間がいないと,コンテンツの寿命は短くなる」 佐渡島さんの感覚では,作品の80%は運用によって寿命を長くできるという。ところが出版社のしくみでは,長期的に運用できるのは5%程度にとどまる。(p119)
 作家に限らず,クリエイターにとって自己模倣は危険な罠だ。スタイルを確立したなどといえば聞こえはいいが,同じことの反復である。(p127)
 本を世に送り出すためにつくった出版社が,いつのまにか出版社を存続させるために本をつくるようになる。書店も取次も同様。存続することが自己目的化して,手段と目的が逆立ちしてしまう。「本が売れない」という状況は,その帰結だ。しかし「本が売れない」のは「新刊書が新刊書店で売れない」のであって,「本が読まれていない」のとは違う。(p133)
 店舗をつくるにあたって,ほかの書店は参考にしなかった。ヒントになったのはニューヨーク滞在中に通ってインデペンデント系の書店だった。日本の書店はビジネスモデルとして終わっている世界だから,参考にしても意味はない。(p143)
 セレクトした本がハマりすぎないこと。完璧すぎると図書館のような,博物館のような棚になってしまうのだ。鑑賞するにはいいけれども,購入意欲は刺激されない。人が買う気になるには,隙間というか,ノイズが必要だ。(p144)
 SNS全盛の時代になって,ふつうの人が共感するものがリツィートされたり拡散していくようになった。とくに消費の現場ではいい意味での“ふつう”“等身大感”みたいなものが重要になってきたと思う。(中略)出版界にはいまだに「80年代リブロ池袋店神話」みたいなものが生きているが,そんな化石にしがみついていては滅びるだけだ。(p150)
 そこの客層と向き合わずに自分のスタイルだけ貫くほうがよほどかっこ悪いと思ったんですね。お客さんを無視するのはどうなのか。お客さんに合わせるべきだと思った。(p152)
 ここ数年,本を置くカフェや生活雑貨店,洋服店などが増えた。だが,そうした店で本が売れているのを見たことがない。装飾品以上の役割を果たしていない。(p154)
 自宅を仕事場にすると際限なく仕事をしてしまうか,逆に怠けて遊んでばかりになるかになってしまい,ほどよく仕事と休息のバランスを保つのは難しい。(中略)曜日に関係なく朝の5時半に起きてパソコンに向かい,晩ごはんを食べたあとの夜の10時までダラダラと仕事を続けるのは我ながらよくないと思う。つい仕事をしてしまうのは,私が働き者だからではなく,仕事をしていないことに漠然とした後ろめたさを感じるからだ。よくないことだと思う。(p181)
 体力は歳とともに落ちていく。とくに回復力が落ちる。(中略)内面のほうはどうか。時代の変化についていけないということはないけれども,新しいことへの好奇心が感動が薄れる人もいるだろう。感性が鈍るというよりも,「新しい」ともてはやされることに既視感を抱くのだ。(p184)
 予算がないと,どうしても料金の安い業者を選んでしまいがちだが,料金にかかわらず信頼できる担当者のいる会社と取引するほうがいいと下平尾さんはいう。とくに小規模な出版社にとっては,印刷所やデザイナーも巻き込んで,いっしょに一冊の本づくりに参加するチームになってもらえるかどうかが大きい。(p206)
 さまざまなアンケートでも読者の購入動機のいちばんは「書店店頭で見て」という衝動買いである。(p226)

2017年3月21日火曜日

2017.03.20 湯浅邦弘 『貞観政要』

書名 貞観政要
著者 湯浅邦弘
発行所 角川ソフィア文庫
発行年月日 2017.01.25
価格(税別) 800円

● 「ビギナーズクラシック 中国の古典」の1冊。貞観の治として,高校の世界史の教科書にも出てくる唐の名君,太宗の言行録。
 ただし,本当に太宗がそう言ったのか,後世の人がいうなら捏造したものなのか,そのあたりはじつは分明としないのではないかと思う。

● 『貞観政要』じたいに,過去の皇帝や宰相のエピソードが引用されている。範を過去に求めている。十年一日ならぬ千年一日であれば,それでいいだろう。
 経済成長も技術革新もなく,たんに王朝が変転を重ねるだけの静的な時代であれば,それでいい。

● とっくにそんな時代ではなくなっているわけで,昔の話が現在においてどれほどの有効性を持つのかはかなり疑問だ。
 『貞観政要』は政治家に宛てたものだろうと思われるんだけど,ここで想定されている政治家というのはいわゆる文人政治家だ。
 今は文人であることは政治家の資質を損ねるかもしれない。最近でいうと,宮澤喜一さんが文人政治家ぽかったけれども,彼の内閣は,自民党内閣の中でワースト3に入るのではなかろうか。文人政治家では政治はできない時代だ。
 要するに,“文”の価値が摩耗しきっているのが今という時代だ。

● 『貞観政要』は儒学のプロパガンダではないかとも思ってしまう。何らかの意図があって編まれた本。儒学者の益に資するわけだから,彼らが企んで編んだに違いない。
 後漢以降,三国六朝から隋の混乱期には,この儒学が衰退していきます。唐王朝が目指したのは,儒教国家の復活です。(p144)
 しかし,儒教国家で巧くいった例などあるのかい。

● 混乱の後に太平の世が来て,太平の後は必ず乱れる。太平の世は,混乱期に溜めたエネルギーを消費しているときのかもしれない。
 となれば,太平の世に大切なのは儒教などではない。儒教などなくても混乱期のエネルギーを食べればいいのだ。他に何が要るのか。

● 今でも,大学の文学部で中国文学を囓った人たちが,こういう本を出して,今の政治や政治家はなっとらんとオダをあげているのかもなぁ。
 この本にも何度かそうした論調の文章が出てくるんだけど,床屋政談の域を出ていないわけでねぇ。っていうか,床屋政談の方がまだまともかもしれない。
 この本をビジネス書として読もうとする向きもあるかと思うのだけど,ビジネスをまったく解さない学者が編んだ本だ。そういう読み方はしない方がいいと思う。

● さて,大いに称揚されている太宗だけれど,「こうした太宗の教育も,皇太子の承乾には効果がありませんでした」(p128)ということらしい。世の多くの父親族にとって,これはホッとするエピソードではないか。
 教師の子どもがマトモじゃないってのもよく聞く。そんなものなのだよねぇ。

● この本で唯一同意できるのは「自薦を認めれば,分をわきまえない者どもが,自画自賛で殺到するでしょう」(p143)という一文だ。
 国や自治体の審議会とかで,公募委員というのが最近は増えている。公募委員にはロクなのがいないという印象がある。自薦はダメだ。