2017年8月6日日曜日

2017.08.06 宮田珠己 『日本ザンテイ世界遺産に行ってみた。』

書名 日本ザンテイ世界遺産に行ってみた。
著者 宮田珠己
発行所 淡交社
発行年月日 2015.07.21
価格(税別) 1,600円

● 暫定世界遺産のひとつに栃木県の足尾も入っている。その足尾にも宮田さんは足を運んでいて,足尾について所感を述べている。まず,そこを読んでみたかった。
 今では,市やNPO法人が連携して植林を行い,ニセアカシアやヤシャブシの森が再生しつつあるそうだ。といっても未だ木の間隔はまばらであり,本当に森が回復するのは,それらが倒れて土となる未来,それこそ何百年も先のことでしょう,と星野さんは言った。(p89)
 もし仮に、トロッコ列車や鉄索が今も残っていれば,結構見応えがあったんじゃないだろうか。私の頭の中では,足尾はもう,いろんな乗り物のレールが張り巡らされた,映画の中の未来都市みたいなイメージである。(p92)
● もちろん,ぼくも足尾には何度か行ったことがあるんだけど,たんに行ったことがあるというに過ぎないな,何も見てしなかったな,と思わされた。
 今は本書を読んだんだから,そのうえでもう一度足尾を訪れて(できれば自転車がいい),本書に出てくるあれやこれやを見ておきたい。

● 他にいくつか転載。
 私は関西生まれだから知っているが,若狭は海もきれいだし,神社仏閣など見どころも多い。それなのに,みんな京都に目がくらんで,若狭を素通りしているのは実にもったいないことである。(p37)
 列車も車も景色は同じじゃないかと思うものの,やっぱり鉄道に乗りたかった。同じ景色でも列車から見るほうが,数倍いい気がする。(p85)
 堰堤の上流側に湿原が広がっており,その景色が雄大で,目を奪われた。ちょっとした尾瀬のような味わいがある。(p88)
 縄文土器は,単に文様がたくさん付いているというだけでなく,その曲線がとても美しい。(p153)
 世界遺産登録の条件として,当時のままに残されている,もしくは正しく復元されているかどうかが重視されるため,縄文遺跡は元の姿がはっきりわからない点が悩ましいところだ。(中略)だからといって,発掘跡の穴ぼこを保存しただけでは,見る人の心に訴えにくいという問題もあり,その両立はどの遺跡でも苦心しているようだった。(p160)

2017年8月2日水曜日

2017.08.02 ブング・ジャム 『筆箱採集帳 増補・新装版』

書名 筆箱採集帳 増補・新装版
著者 ブング・ジャム
写真 鈴木省一
発行所 廣済堂出版
発行年月日 2014.10.20
価格(税別) 1,500円

● ブングジャムとは,きだてたく,他故壁氏,高畑正幸の3人組。この世界ではいずれも有名な人たち。写真は鈴木省一さんが担当。

● 年齢,職業を問わず,いろんな人に,筆箱見せてとお願いして,それについてブングジャムの3人が語っていくという内容。
 増補・新装版ではない,以前の『筆箱採集帳』も読んでいる。というか,見ている。

● 以下に,いくつかの筆箱について高畑正幸文具王が語っているところを転載。
 小学生漢字王・小林逸人さんの筆箱 鉛筆・消しゴム・定規,小学生の筆箱であることは間違いないが,そこからは物に対する執着をほとんど感じない。おそらく彼にとって鉛筆は鉛筆でしかない。しかし同時に,(中略)ただひたすらに内なる知的探求にのめり込んだ人たちに共通する匂いのようなもの,本質的な何かに強烈な指向性を持つ人たちに特有のベクトルを感じる。(p40)
 専門学生・山口冬馬さんの筆箱 大切に使われるべくして生まれたものが使い込まれて風格を持つケースは,紳士の道具にはよく見られることだが,ごく普通の日用品が酷使され続けた結果,持つに至った説得力にもまた,前者とは異なる魅力がある。無関心な信頼の集積が,層を成す漆のように深みを持ち,いつしか魂を持ち始める。(p79)
● そうそうそう,これなんですよ。「ごく普通の日用品が酷使され続けた結果,持つに至った説得力」っていうやつ。
 自分が使っている「ごく普通の日用品」にそうした説得力を与えてやりたい。文具を選ぶんじゃなくて,何気に手に取ったモノ,人からもらったモノを,ガシガシ使っていって,傷だらけになったそのモノが自ずから帯びる説得力。
 そういうモノに囲まれたいんですよ。使いこまれたモンブランのたたずまいも美しいと思うんだけど,同じように使いこまれて,セロテープを巻かれ満身創痍になったPreppyも同じように美しいんですよ。

2017年8月1日火曜日

2017.08.01 管 未里 『毎日が楽しくなる きらめき文房具』

書名 毎日が楽しくなる きらめき文房具
著者 管 未里
発行所 KADOKAWA
発行年月日 2017.02.24
価格(税別) 1,500円

● 最初にいくつか転載。
 実用性は,もちろん大切です。でも,私のような不器用な人間にとっては,感性面はもっと重要なんです。(p8)
 高校生のときに,もうなくなってしまった,表参道のデルフォニックスでこのペン(トンボ鉛筆のZOOM707)に一目ぼれをしたんです。(中略)「一目ぼれ」というのがポイントです。機能性よりルックスだったんですね。それは今も変わりません。(p22)
 私にとっては何といっても,(ぺんてるサインペンの)デザインが魅力です。全体としてはミニマルなのに,愛嬌を忘れていない。(p78)
 インクにとって,香りは何の実用性もありません。でも,特に理由はないけれど,楽しい。これって,大切なことだと思います。(p92)
● そうなんですよね。感性とか,ルックスとか,特に理由はないけれど楽しいとか,それがないと文具に限らず,何だって遊びの対象にはなりませんよ。
 だからぼくは,文具は好きなんだけど,まったく遊べていない。書けりゃいいやってところがあるもんね。

● もうひとつ。遊びには蕩尽が付きものなんですよ。文具で遊ぼうと思えば,大量に買いこむことになる。
 つまり,ケチなやつは遊べないんだよね。ぼくが文具で遊べないもうひとつの理由がここにある。

● 本書で紹介されている文具で,ぼくが使ったことがあるものは次の3つ。
 エルバン カートリッジインク用ペン
 ぺんてる サインペン
 ポスト・イット 透明スリム見出し

● ただし,いずれも途中で放ってある。エルバンではなくプラチナのプレジールを使っているし,サインペンは使うことがなくなったし,ポスト・イットの透明スリム見出しもいくつか転がっているけれども,ダイソーの極細フィルム付箋を使用中。

● 右の記事は(たぶん)今年の4月2日の読売新聞に載ったもの。片岡義男さんが本書を紹介している。

2017年7月31日月曜日

2017.07.31 茂木健一郎・羽生善治 『「ほら,あれだよ,あれ」がなくなる本』

書名 「ほら,あれだよ,あれ」がなくなる本
著者 茂木健一郎・羽生善治
発行所 徳間書店
発行年月日 2015.12.31
価格(税別) 1,000円

● 「物忘れしない脳の作り方」というのが副題。その副題も含めて,本書の名は体を表していない。
 茂木的脳科学概論という趣の本。茂木さんと羽生さんの共同講演会をそのまま本にしたものらしい。読みやすい。

● 以下に転載。
 私の専門の脳科学の世界では,いろいろな人が研究してみたところ,脳は1秒でも長く生きたいものだということがわかっています。(p12)
 どうして,日野原先生が100歳を過ぎてもお元気かというと,脳を若々しく保つ方法を実践しているからです。それは好奇心を持つということです。(p13)
 最近の研究では,運動を定期的にしている人は,認知症になりにくいことがわかりました。つまり,運動したほうが肉体だけでなく,脳も若々しくいられるということです。(p14)
 脳はその人がチャレンジできるギリギリのものに挑戦している時が,楽しいのです。もともと「生きる」ということは,そういうことだと思います。楽して生きるというのは,実は生き物にとってそんなに嬉しいことではないのです。(p16)
 ドーパミンをいかに前頭葉に与えるか,というのが脳の老化を予防するために,いちばん大事なことなのです。(中略)どういう時にドーパミンが出るかというと,「サプライズ」の時に出ることがわかっています。(p23)
 近頃,1年の経つのが速いと感じている人は,はっきり申し上げて,ドーパミンが出ていません。どういうことかというと,脳は初めてのこと,サプライズのことを経験している時には,その時間を長く感じるという実験結果があります。つまり,それだけ起きていることを細かく見ているからです。(p26)
 特に男性で,人差し指と薬指を比べて薬指が長い人は,リスクテイク,つまり,危険を承知で行動することができる人,いろいろなことに挑戦できる人だということが,科学的な研究でわかっています。
 これはウソだろ。ほとんどの人は薬指が長いのじゃないか。こう言って励ましてくれてるんでしょうね。
 子どもの心を忘れてはいけないのです。誰もが自信のない根拠があったのですから。(中略)子どもの脳が素晴らしいのです。大人の脳は不完全な子どもの脳で,大人は不完全な子どもだとされています。(p38)
 ドーパミンを出す上でのいちばんの敵は「らしさ」です。(中略)「私らしさ」というのはドーパミンからいうと敵なのです。(p40)
 これからの世の中を生きていくうえで,いちばん大切な能力は学力ではないと思います。社会の中で仕事ができる人とは,毛づくろいができる人です。(中略)人との絆を深めるためにいちばんいいのは,雑談です。どうでもいいような,雑談が大事なのです。(p61)
 人間は苦労して追い詰められるとUFOに乗ります。銀色の宇宙人が飛び回ります。脳は感情がものすごくつらくなると,幻を生み出すことでバランスをとろうとすることが,科学的にわかっているのです。(p74)
 そういう人が自分の身近にいた。それほどに追い詰められていたとは思いが及ばなかった。それが幻視であることを悟らせようとしてしまった。
 その人の傍に寄り添うことをしなかった。自分を鞭打ちたくなるほどの痛恨の思いでだ。 
 苦労した人ほど明るくなれるというのは本当です。(p75)
 だいたい自分の欠点とかダメなところを隠している人というのは,他人の欠点とかダメなところを攻撃します。それで自分を守ろうとするのです。(p88)
 挑戦を邪魔するものがあるのです。それは劣等感です。(中略)人は往々にして自分の欠点とか短所を劣等感にしてしまい,それが深いところに隠れたりしています。脳科学的に言うと,個性というのは長所と短所が一体となったものなので,それを受け入れるしかないのです。(p96)
 最近,脳科学では脳の個性と適性が研究されています。そして,「勉強ができる」というのは,企業の経営者としては欠点なのかもしれないという説が出てきています。(p103)
 人々は結婚だとか,子どもだとか,お金だとか,なにか幸せの条件があるかと思ってしまいがちです。ところが調べてみると,そんなものはないのだということがわかります。人それぞれの幸福があるのです。もっと言えば,皆さんは今のままで完全に幸福なのです。それに気づくかどうかが大事なのです。(p113)
 棋士の場合もパソコンに入っているデータベースで,1試合を1分間くらいで見ることができるようになっています。(中略)実はこのようにして簡単に見たものは,簡単に忘れてしまうのです。(羽生 p128)
 そういう緊張とか,プレッシャーがかかっている状態というのは,けこういいところまで来ているということが多い(中略)プレッシャーのかかる状態に挑戦していくとか,緊張している状態に身を置くことによって,初めてその人が持っている能力とか才能とかセンスとかが,開花するということもある(羽生 p142)
 私自身が感じるのは,少し疲れている時のほうが,感覚的には冴えてくるというところがあります。(羽生 p149)
 大山十五世名人との対局が,強く印象に残っています。(中略)非常に印象的だったのが,大山名人はほとんど考えていないということでした。(中略)本当に考えていないのです。(中略)そういう大山先生の最後の状態というのは,もう運もなにも関係なかったという感じがするのです。(羽生 p164)
 忘却力っていうか,忘れるって(ストレスマネジメントとして)けっこう大事ですよね。(羽生 p175)
 私,方向音痴なんですけど,迷ってその場所に辿り着くの,好きなんですよね。(羽生 p181)
 人間の伸びしろって,まだ誰も行けていない領域があるという実感をそれくらい速く持つかっていうのが,大事なカギのような気がしていて。(p189)
 将棋の世界の制度って,現状維持を目指そうとすると,必ず落ちてしまうようになっているんですよ。(羽生 p199)
 だいたい天才って,親は普通の人なの。(p202)
 “三手の読み”というのはまず自分がこう指して,それに対して相手がこう来る,そして次に自分はこう指すという,読みの基本のプロセスでもあります。とても単純な事に聞こえますが,これがとても大切で,誤ってしまうと何百手,何千手読めたとしても無意味になってしまうのです。鍵となるのは二手目の相手が何を指してくるかという点です。(中略)この時にずれやすのが相手の立場に立って自分の価値観で判断してしまうことなのです。(羽生 p214)
 どこかに正解があると思っている人生は,堅苦しい。ましてや,正解が一つだと思っていたら,息苦しい。そのような狭い世界にいては,脳が,いきいきと伸びる,その余地が失われてしまう。(p219)
 羽生善治さんは,もちろん,特別な人である。しかし,それを言うならば,あなたも特別な人である。羽生さんだけが特別で,他の人は特別ではないと考えることは,結局,正解が一つしかないと考えているのに等しい。(p219)

2017年7月30日日曜日

2017.07.30 増田宗昭 『増田のブログ』

書名 増田のブログ
著者 増田宗昭
発行所 CCCメディアハウス
発行年月日 2017.04.11
価格(税別) 2,500円

● 副題は「CCCの社長が,社員だけに語った言葉」。

● たんに活字を組んだだけの本ではない。二つ,工夫が施されている。
 ひとつは綴じ方。折丁を細かくしているんだろうか。パタンと開く。真ん中だけじゃなくて,最初の方や終わりの方を開いても,パタンと開いたままになってくれる。
 もうひとつは,豊富な写真の挿入。CCCの事務室(?)の写真,蔦屋書店の写真,風景の写真。増田さんが写っているものも多数。

● この写真がヘタウマっぽいんですよ。自分にも撮れるんじゃないかと思わせるんだけど,実際は・・・・・・っていう。
 しかも,気持ちを落ち着かせてくれる写真が多い。写真集としてパラパラと眺めてもいいだろう。あるいは,その中の1枚をジーッと見て,湧きでてくる妄想に遊んでみるのもいいだろう。

● 以下にいくつか転載。
 相互に矛盾する文章があるようにも思うんだけど,企画というのは数えきれないほどの多面で構成されているもので,そもそも矛盾を内包するものなのだろうと考えておく。
 お客さんが,「それ欲しい」と思うことを提案すれば,成約出来る。答がわかれば,企画は百発百中当たるのに,みんな「答え」を探そうとしない。答を探すことをしないで,鉄砲の玉を打つことばかり考えている。商売で,その「答え」を見つける方法は簡単。お客さんの立場で考えればいい。あるいは,お客さんの気分で考えればいい。(p21)
 できないことにチャレンジした人は時間が経つとできるようになって成長するけど,できることばかりをやっている人は年を重ねても,できる範囲が広がらない。(p26)
 活躍している経営者には,ある共通点があることに気づいた。彼らの多くは,他者(お客さんも含め)がどう思うかではなく,自分が欲しいと思ったり,自分が正しいと思ったことを実践している。周りをキョロキョロ見ないで,ひたすら,自分が感動することを探している。(p32)
 執念なきものは,問題点を指摘し,執念あるものは,可能性を議論する(p44)
 役割分担が進むと,情報が分断され,全体的な情報が共有されなくなる(p87)
 情報は,血液と一緒で,滞ると体にとって良くない。(p137)
 人数が増えると,仕事の分担が進み,誰に何を伝え,誰に何を相談したらいいかが見えにくくなる。だから,少人数にするか,単純な組織にする必要がある。(p137)
 企画力の源泉はできないことを引き受ける勇気かもしれない。(p164)
 一生懸命考えたり,報告までの時間を長く確保しても,結局アウトプットは変わらない。だからとりあえず,「すぐに」,アウトプットしろと要求。(p167)
 企画の質は,いかにみんなから情報をもらうことを知っているかに比例する。自分のデータや,自分のプログラムなんてたかがしれている(p167)
 先日,Tカードの営業で会った人から質問された。「生活提案,って一言でいうと,どういうことですか? いろんな人に聞いているけれど,わからないので,教えて欲しい」と。増田は即座に「元気のでる生活イメージを見せることです」と答えた。(p169)
 コンセプトをカタチにするのに,一番必要なのは「執念」。執念の強さが企画をカタチにする。執念のない人が,お金を持とうが,部下を持とうが,経験を持とうが,いい企画は,決して生まれない。(p216)
 生活提案というのは,これがいいとか悪いとか,頭で考えることではなく,自分がいいと思って,あるいは体験したことを他の人に「これいいでしょ」と提案することに他ならないと思う。(p225)
 人間は,風景の中に,無意識に意味を探している。その人にとって意味のある風景があれば,記憶に残るし,意味がなければ,記憶に残らない。(p229)
 来ないと損をするくらいの企画を,1センチ単位で積み上げないと,わざわざ来てもらえる空間にはならない。(p241)
 1500兆円と言われる日本の個人資産は,その7割を60才以上の人が持っていること。働いている人の7割弱(おおよそ3600万人)が年収400万円以下であること。(中略)だから,企画会社,あるいは企画マンとしては,昔のようにお客さんを一括りにしてはいけないと思う。(p244)
 年収が400万円以下である7割弱の人たちに申しあげたい。
 臆することはない。生活を楽しむのにお金は必須ではない。最近は特にその色合いが濃くなってきたと思う。
 だいたい,お金を使って得られる楽しみなんて,すぐに飽きてしまうものだ(たぶん)。

 本は蔦屋書店で買うことはない。たいていのものは図書館にある。借りて読めばよいのだ。今どき,所有にこだわるのはド真ん中のバカだろう。
 文字を書くのに10万円の万年筆は必要ない。千円ので充分すぎる。ぼくは愚かにも,若い頃に前者を使ってしまったことがあるのだが,かえって千円の万年筆の方が使い勝手が良かったりする。
 ノートは百円ショップにいいものがある。

 何と言っても,インターネットという無料で使える膨大な情報バンクがあるのだ。音楽の音源もたいていのものはネットに落ちている。落語を聴くのも,語学の勉強をするのも,ネットでタダでできるのだ(やろうと思えば)。コミュニケーションもタダだ。SNSは暇つぶしにも絶好の手段だ。
 そのためにも(スマホだけではなく)パソコンは買った方がよいと思う。中古で充分。2万円も出せば立派なのが手に入る。
 ちなみに,スマホも3大キャリアで使うのは,お金をドブに捨てるようなものだ。MVNOに限ることは言うまでもない。

  運動するのにお金を払ってジムに行くバカがどこにいる? 自転車を買えばいい。初期投資は10万円を超えるけれども,あとの維持費はタダ同然。
 できれば通勤も自転車にすれば,運動しながら実用になって,電車賃やガソリン代も浮かすことができるのだ。運動するのにお金は要らんのだよ。

  グルメはB級に限る。高級レストランに通って食味評論を語っていたやつが,じつは肉と形成肉の区別もつかないほどお粗末だったというのが,数年前の阪急ホテル事件で明らかになったではないか。
 そういう輩が,普段からいいものに接していないと一流はわかりませんよ,なんぞと言うのは笑止千万である。
 無農薬だの有機農法の米や野菜にこだわるのも,知性の欠如(あるいは,エビデンスの確認を怠る横着さ)に由来する。
 旨いものを安く食わせてくれる大衆食堂があなたの街にもあるはずだ。隣町まで視野に入れれば,必ずあると断言する。そういうところで食べればよいのだ。グルメにもお金はさほど要らないのだ。

 あとは見栄と横並び発想を捨てることだね。本人が望みもしないのに,子供をお稽古ごとや学習塾に行かせるなんてのは,自分の見栄から発するものだから,そういうことをやめること。もともと,何の効果もないんだから,そんなものに。
 自分のお金をドブに捨てるならまだしも,子供の時間をドブに捨てさせるのは,親といえども犯罪行為に近いのではないか。

 というわけで,年収は400万円もあれば充分だ。楽しい人生を謳歌できるはずだ。年収を増やすことよりも,方法論の改善が先ではないかと思うがいかがか。
 そして,最後に言う。年に400万円しかもらっていないのだから,仕事に身を捧げるのはほどほどにしておくこと。
 ぼくはそうしてきた(そうしてきてしまった)。
 人間には向上心がある。努力することも日本人は好き。だけど,戦略的に,自分の成長を仕掛ける工夫に欠ける。(p285)
 オフィスの整理は,アルバイトや,一般社員にはなかなか出来ない。大事かどうかの判断ができないから。(p293)
 もらった情報を自分なりに咀嚼したり,理解できるまで自分の手元に置きたがる社員がいたら,その間,周りの人は考える時間を奪われる。(p305)
 結果は原因によって生まれる。結果を求めても,結果は生まれない。(p306)
 今日も,たくさんの会議に出ていると,儲かるとか,会社のイメージをあげるとか,人が育つ,とか,何かを計算して決めていることが多いけれど,本当の決断というのは,答がないし,計算もない。えいや,の世界。(p312)
 新入社員の面接とは,会社に入りたい,と思う人を,偉い人が選ぶ,と思いがちだけれど,実は逆。新入社員は,いろんな会社を訪問し,自分の人生を賭ける会社を選んでいる。だから,会社が選んでいるようだけれど,実は選ばれている。(p314)
 結局、希望っていうやつは,そういう絶望の淵に立った人にだけ,見えるものかもしれない。恵まれた生活や,能力以上のことにチャレンジしていない人にとって,希望っていうのはあるんだろうか?(p368)
 親切にしなさい。あなたが会う人,全ては,厳しい戦いを戦っているのだから(p371)
 新しいことには,常に違和感を覚える。逆に,違和感を覚えないような生活や仕事は,進歩がない,ということかもしれない。(p375)
 企画するということは,違和感を受け入れることかもしれない。一生懸命,理解しようとすればするほど時間がかかり,いいものはできない。(p376)
 人や会社という主体は,存在そのものがメディアであり,メッセージを内包する時代になっていると思う。(p379)
 この鬱陶しさや,この行き場のない閉塞感こそが,新しい光の源泉だ(p383)
 音楽を楽しんでいるひとはうつ病になりにくいらしい。(中略)しかし,大人になって,自分で問題を解決できるようになると,音楽の価値は相対的に低くなるらしい。(p386)
 人は,自分のことがわからないことが多い。人を傷つけている人も,自分が人を傷つけている,とは思わない。(p399)
 「悲観は気分に属するが,楽観は,意思である」という言葉。(p408)

2017年7月29日土曜日

2017.07.29 小山薫堂 『人生食堂100軒』

書名 人生食堂100軒
著者 小山薫堂
発行所 プレジデント社
発行年月日 2009.11.16
価格(税別) 1,429円

● 小山さんが当代のグルメの一人であることには,どなたにも異論がないと思う。しかも,高見に昇って食を語るという感じではない。
 本書にもセブンイレブンや吉野家の話が出てくるけれども,旨さや食の快楽を幅広く拾える人っていう印象。

● 調理人に対する目線にも優しさが満ちている。もっとも,優しさを籠められないようなところは取りあげないだろうけどね。
 食もまた,自身との関わりを通して語るしかない。したがって,食を語ることは自分を語ることになる。その面でも,本書は面白い。つまり,小山さんは魅力的な人であると思える。

● 以下に転載。
 味覚を磨いてうまいものに辿り着く人生も幸せですが,それ以上に,何を食べてもうまいと思える人生のほうがもっと幸せだと思います。(p3)
 ソースはフランス料理の命と言ってもいいが,ソースが主役になることはない。しかし,日本のカレーライスの主役はソース。これほど素晴らしいソース料理はない。(ポール・ボキューズ p16)
 メニューを開発している時点でたとえ「100点満点の味」ができたとしても,それを実際の営業でそのまま再現することがこんなに難しいとは思わなかった。(中略)毎日同じ味をつくり上げる・・・・・・この最も単純で,最も大切なことが難しい。(p17)
 食事と人生にユーモアは欠かせない。(p19)
 吉野家は一人でふらりと入ってかき込むように食べるのが正しく,楽しい。さらに最近は牛丼以外のメニューもどんどんおいしくなっている。うますぎてずるいと思うくらいだ。(p20)
 青春の食欲に吉野家の牛丼は欠かせない。大人になり,人間として余裕ができたときに吉野家をどう楽しめるか,あるいはどう遊べるか。人生の幅は案外こんなところで広がるのかもしれない。(p21)
 レストランはおいしいだけでは感動はない。人をもてなすこともできない。心から楽しくなれるような空気感が大切なのだ。(p33)
 そこそこうまくて,毎日通っても疲れない,居心地のいいワイン居酒屋。うますぎて疲れるレストランが増えている今,こういう店は貴重だ。(p44)
 いつの間にか僕たちは(セブンイレブンの)店内で宴会を始めていた。飲み物とつまみは無限にある。ビールを買って飲み,レジの横でおでんを買ってつまむ。最後にはカップラーメンを食べた。こうしておよそ2時間,店員さんの身の上話なども聞きつつ,僕たちは店内で最高に楽しい時間を過ごしたのである。(p50)
 帰り際,客に「あぁ,おいしかった」と言わせる店は名店だと思う。「あぁ,楽しかった」と言わせる店は完璧なる名店だと思う。(p51)
 食べ手も楽しく食べるために努力しなければいけないのである。(p69)
 すっかり童心にかえった僕たちに徳岡さんが出してくれたのは,究極の卵かけご飯。吉兆が特別に取り寄せている卵,特別な醤油,削りたての鰹節,そして海苔をかけて食べる。世の中にこんなご馳走があったのかと驚くほど,それは贅沢で深かった。(p78)
 生きるとは,別の命を犠牲にすることであり,食べるとは,命のバトンタッチなのである。(p119)
 普通,旅館の食事はいかに見栄えをよくするか,足し算の論理が働く。しかし,井雪の朝食はまさに引き算の美。余計なものがない,不足がない,野心がない。簡潔にしてキレがある。(p164)

2017年7月28日金曜日

2017.07.28 茂木健一郎 『「超」東大脳』

書名 「超」東大脳
著者 茂木健一郎
発行所 PHP
発行年月日 2014.03.12
価格(税別) 1,300円

● このタイトルを付けたのは版元でしょうね。このタイトルの方が売れると踏んで。
 本書の内容は教育論。ひとつは大学入試をペーパーテストだけで決めることの愚かさを説く。もうひとつは,英語の必要性。英語で読み書きができないと,インターネット社会では大きく遅れを取るぞ,と。三番目が独学のすすめ。

● 以下に転載。
 問題は,グローバル化,IT化の進展によって,ほとんどすべての情報がリアルタイムで共有され,すごいスピードで進化しているということだ。(中略)そんな時代には,時間をかけて翻訳をする時間はない。学術情報の「リングァ・フランカ(共通言語)」である英語で思考し,新しい知の付加価値を生み出していかなくてはならない。それでこそ,世界に発信できる学問が可能になる。(p36)
 制度改革よりも大切なことがある。それは,ペーパーテストの点数の高い順番に合格させることが公正だと考える悪しき伝統から脱することだ。(p41)
 偏差値偏重は,別の問題も引き起こした。尾木さんはそれを,「農学部から文学部まで,全部の学部がフラットになってしまった」と表現している。「自分は何をしたいのか」「この学部はどんなカリキュラムか」「教授陣はどうか」といった基準よりも,偏差値の高低で学部が選ばれるようになったのである。(p47)
 個性は,点数化も偏差値化もできない。だから多様性,可能性があり,重要であるのだ。(p55)
 ピーター・F・ドラッカーは,「歴史の本には,学校の成績は優秀だが,人生では何もできなかった人たちのことは出てこない」と言っている。(p56)
 たまたまペーパーテストの点数がよくて,「偏差値の壁」に隔てられた「高偏差値側」に行った人間は,自分は優秀だという思い込みの上にあぐらをかいて努力を怠りがちになり,壁のない自由な国の人間に負けてしまう。たまたま「低偏差値側」に行った人間は,自分はダメだという劣等感から才能を伸び伸びと開花できず,こちらも自由な国の人間に負けてしまう。お互いに大きな損ではないだろうか。(p58)
 コンピュータの理論的原型をつくったイギリスの天才数学者アラン・チューリングは若き日,教室で何かの説明を受けている時,ほかの学生たちが納得した顔をしている中で,1人だけ当惑した顔をしていたという。私はこのなにげない話に,チューリングの天才性が感じられて仕方がない。(p64)
 新しいものが出る時は,多くの人から「そんなのムリだ」と言われるものだ。その声にとらわれずに前に進む人が創造性を発揮することになる。(p68)
 「これが正解だ」と教えられて,それを鵜呑みにするのは二流の知性にすぎない。本物の知性は,前提とされていることを疑う。(中略)こうした苛烈とも見える知性と態度こそが,イノベーションには不可欠である。(p69)
 学問の区分にこだわる愚かさは,スティーブ・ジョブズがはっきりと教えている。ビル・ゲイツとの対談の中で,「なぜアップルは成功しているのか?」と質問され,ジョブズは,こう答えている。「われわれは科学技術とリベラルアーツ,常にその交差点にあろうとしたからだ」(p81)
 ジョブズは,コンピュータやインターネットといった最先端技術の現場にあって,人間に寄り添う芸術的な完璧さを追求した。とかくデータ処理の道具になりがちなIT機器を,使いやすくデザインされた美しい作品に仕上げた。(中略)ジョブズにとってパソコンは「安くて,いい道具」以上のものだった。(p81)
 (ジョブズは)のちに「創造性とは?」と聞かれ,「ものごとを結びつけることにすぎない」と答えている。そして,創造的な人間はたくさんのことを経験して,つなぎ合わせる点をたくさん持っているが,こうした点をあまり持たない人には創造的な仕事は難しいと断じている。(p83)
 日本人がたくましい知性をみにつけるために,ぜひとも必要な要素が,偏差値からの脱出や英語の習得とは別に,もう1つある。それは,自分たちは世界に影響を与えるアイデアや思想の発信者になれると信じることである。少なくとも、その可能性を疑わないことだ。(p84)
 アインシュタインはただひたすらに物理だけをやっていたのかというと,そうではない。時間の多くを研究に割いていた一方で,ロシアの文豪ドストエフスキーの小説や,イギリスの代表的作家シェークスピアの悲劇と喜劇,ドイツの詩人ハイネの詩集,カントの哲学書といった古典に親しんでいた。(中略)また,自らバイオリンを演奏するほど音楽への造詣も深かった。(p86)
 先進的な富裕層は,もう日本の教育を相手にしていないのだ。日本の学校へ行かせることなど,ハナから考えていない。とうに日本離れが始まっている。そこまで教育の惨状は進んでいるのである。結局,今でも子どもを進学校へ行かせ,できれば東大に進ませたいと願うのは,いわゆる一般的な市民層に限定されつつあるのだ。(p90)
 2011年に日本人で初めてMITメディアラボの所長になった伊藤穣一さんに,「ハーバードはどう?」と聞いたことがある。返ってきたのは「ハーバードなんて終わりだよ。あんな大学,何もつくらないし,しゃべっているだけだから」という答えだった。伊藤さんは「ユニーク,インパクト,マジック(驚異)」を標榜するクリエイティブな人間だ。その彼から見れば,ハーバードでさえ評価はこうなる。(p96)
 合計点では合格にわずかに届かないが,英語だけ,数学だけの点数が合格者よりずっと高いとか,ある科目だけは満点に近い点数を取っているといった学生を,合格点だけで振るい落とすのは愚かなことだ。(p101)
 今では,ネット上で,論文や古典的文献など,多くの学術情報が簡単に手に入る。しかも,多くの場合は無料だ。いわば,独学者の時代となったのだ。もはや大学の唯一の役割は,「もったいぶること」だと冗談を言いたくもなる。(p109)
 独学者に注意すべきことがあるとすれば,独善的になったり,変な癖がつかないようにすることだ。各分野における標準的な体系は何なのかという知識は身につけておいたほうがよい。その点で大学のカリキュラムは参考になる。(p111)
 グローバル化時代は,世界中からの才能の獲得競争時代でもある。すぐれた才能をいかに発掘し,迎え入れるか。そこで大学や企業の優位性が決まってくる。だから,各大学はこうしたネットの無償講座に力を入れている。その意味では,オープンコースウェアは過酷な世界でもある。 中にはハーバード大学のマイケル・サンデルの授業のようなよくできているものもあるが,つまらない授業だってたくさんある。ネットで比較するのは,商品の価格ばかりではない。知の世界においても,いいものと,そうでないものを簡単に比べることができる。(p120)
 アメリカのアイビーリーグの学生は,卒業するまでに本を平均して500~600冊くらい読むという。私自身も,大学ではそのくらいの冊数を読まないと学問には追いつけないという感覚を持っている。だが,残念ながら日本の学生はそういう体力を持ち合わせていない。私は早稲田大学の国際教養学部で教えているが,ある時,すごく厚い専門書を「読むといいよ」と紹介したところ,次の週までに読んできたのは日本人の女の子1人だけだった。(中略)その子はスイスの寄宿舎学校の出身だった。(p128)
 西欧の概念をみごとに日本語化した和製漢語の豊穣さは,翻訳文化の優秀さを示してあまりある。それは私たちの誇りでもある。しかし一方で,翻訳文化の優越は,日本人が英語で世界のクリエイティブ・クラスと直接やりとりすることを妨げてもきた。(p137)
 人は忙しすぎると新しい何かを考える余裕をなくす。また,しばしば仕事と無関係のことに熱中している時にひらめきは訪れる。創造性をはぐくむ上でも,受験勉強はほどほどにして,大好きな何かに没頭する時間を持つといい。(p177)
 採用ひとつとっても,世界を相手にビジネスを展開する企業が欲しいのは「才能」であって,必ずしも「日本人」である必要は何もない。(p187)
 スティーブ・ジョブズがいつも心がけていたのは,Aクラスの人間だけでチームをつくることだった。そのためには国籍なんかどうでもいいというのがグローバル企業の考え方だ。(p188)